3-1 ジュースで場酔いもラブコメの鉄則

 ***



 今日も夢を見る。


 黒くて長い髪を揺らして女の子は楽しそうに笑っている。

 ずっとこのまま大人になって、おじいちゃんおばあちゃんになるまで、一緒にいるんだって当然のように信じてた。

 いや、当然すぎて考えたこともなかったのかもしれない。



 ***



 ついにお花見の日がやってきた。

 どこの舞踏会の招待状なのかと思うくらい立派な手紙で告げられた日時に、僕たち漫研は近所でも有名なお花見スポットの公園に足を踏み入れていた。

 そこには…


「ちゃ、ちゃんと…ブルーシートだ…!」


 Theお花見の場所取り!という感じのブルーシートと少し立派そうな重箱が置いてあった。「ここだ」なんて言いながら座って本を開いていた九条くんが片手を上げてくれる。晴天に桜が舞い散るなかハードカバーの本を読む金髪のイケメン。ヤバい図だよこれは。一部の層に需要ありまくりだろう。祐姉さんなんかは後ろで資料資料言いながら写真撮ってるし、晋太も小遣い小遣い言いながら写真撮ってる。…こいつ写真を女子たちに売る気か?


 普通のブルーシートで当たり前なんだけど…九条くんのことだから簡易的に机とか椅子とか持ち込んでたりしないかなとか不安がってごめんね?という気持ちになる。

 このチープ感もお花見なのだ。僕はワクワクしながら靴を脱いでブルーシートにあがり…


 もふっ


「?!」


 踏んだ感触が分厚いカーペットなんだけどなにこれ?!他のメンバーも靴を脱いで乗った瞬間に皆脳がフリーズしたような…宇宙猫顔になる。脳が混乱している僕らに向かって九条くんはなんということも無いという風にネタばらしをする。


「見た目を完全にブルーシートに近付けた衝撃吸収マットレスだ。中々の踏み心地だと思うがどうだろうか」


 どうって言われても…。


「や、柔らかいよ」


「そうだろう。この数週間で和泉が見慣れないものや和泉の基準で一般的でないものを見ると少なからず萎縮することが分かったのでな。セットも食事も、見た目は完全に庶民のものと同等にした。これから和泉もかなりハードルが下がって気負うことなく楽しめるんじゃないかと思って」


 そう言って、少しドヤっとした顔をする九条くん。

 どうやら褒めてほしそうだ。…うん、まあどっちにしろ気後れするけど…これは九条くんなりの最上級の歩み寄りなんだろう。その気持ちはとてもありがたいものだなと思う。


「ありがとうね、九条くん」


「礼はいい。気に入ったなら良かった」


 そう言う九条くんに微笑ましいなという気持ちでふふふと笑った僕は


「これでなんの憂いもなく輝く俺の和泉春色と輝く俺の桜の花のコラボが見れるというもの」


 次の発言で固まる。いつの間に桜と並ぶ美まで格上げされてたんだ僕は。

 というかこんなにいい景色なのに周りに他の人が居ないのが今になっておかしいなと思い始める。さっきは九条くんがあまりに絵になりすぎてて周りが気にならなかっちゃったけど…。


「九条くん」


「なんだ」


「他の花見客が見当たらないなー…なんて思ったんだけど」


「当たり前だろう。俺たちがいる時間は貸切だ」


 やっぱりね!そうだと思いましたよ!!慌てて僕は九条くんに貸切を解除するように言おうとする。


「だ、ダメだよ九条くん!公園はみんな物なんだから…」


「何を言っている?ここは俺のものだ。今日だってこの後からは自由にさせるつもりだし、普段は一般公開をするから何も問題あるまい」


 キョトンとした顔をする九条くんがいった言葉を飲み込めない。

 お、俺のもの…?そういえばさっき輝く俺の桜とか言ってた…まさか


「今日のために…買ったの?」


「せっかくの鑑賞会を有象無象の騒ぎに邪魔されたくないからな。必要な出費だ」


 必要という言葉を辞書で引いて欲しい切実に…!



 そんなこんなで始まったお花見は混沌を窮めた。

 まずは席。横すぎると鑑賞しづらいと辞退した九条くんと僕に興味ない晋太、引率の祐姉さんを除く4人が、僕の横を取り合って、座るまでにもかなりの時間を要した。

 副部長決めの時の陸前くんを知らない狩衣さんが「じゃんけんで」と言って忘れてた僕も良いんじゃない?といった結果、もちろん陸前くんが隣をゲット。

その後のジャンケンで狩衣さんがもう片側をゲットで、じゃんけん大会inお花見は幕を閉じたのだった。


 その後は河合ちゃんと浅木さんが僕に食べ物をとりわける勝負をニコニコしながら始めちゃって、キャパオーバーになるくらい食べるはめになった。陸前くんのお皿にこっそり乗せることで事なきを得た。食べたことないくらい美味しかったけどあの量はキツい…。


 余談だが重箱の中身も見た目は完全な庶民が作るちょっと豪華なお弁当って感じだった。お肉齧ったら溶けて消えたり、いなり寿司食べたはずがなんの味か分からないけどとにかく美味しいことだけは分かる…みたいな創作フランス料理みたいな味がしたりとすごい弁当だったけど。


 えんもたけなわになってきた頃(九条くんが美しいと言って涙を流した事件とかまあいろいろあったけど割愛。)、狩衣さんがコップを握りしめてぺこりと頭を下げてきた。


「あの時は助けて下さって本当にありがとうございますハル様~」


 彼女が飲んでるのはオレンジジュースのはずだけど…これは、あれだな。場酔いしてる。

 というかまた新しい呼び方をされて僕は小恥ずかしくなり頬をかいた。


「いやいやもう何回も聞いてるから大丈夫だよ。ていうか普通に呼んでよそんな、様とか…」


 僕の言葉に「いいえっ!」と少し大きな声を出す狩衣さん。完全に酔っぱらいのそれ。この花見はアルコールのない完全な学生花見ですよー!


「ハル様は私の王子様なのでっ!様をつけたい!」


「お、王子様…」


 もっと恥ずかしくなる僕に気付かず、ガバッと立ち上がって1人劇を始める。


「あの時悪漢に襲われそうになり、涙を流し震えていた私っ!そこに「そこの君、その麗しのレディから汚い手を話すんだ」と颯爽と現れ助けてくれたハル様っ!」


 そんなこと言った覚えないけど?!

 僕のツッコミは届かず、逆に浅木さんと河合ちゃんは何だかニコニコしながら拍手しながら見てる。なにこれ?2人も酔ってる?


「「家まで送るよ、君を放っておけないんだ」と言われた時、本当なら頷きたかったけどこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないと走早にその場を去った私…しかし!なんと、助けてくれた貴方は!同じ学校の先輩だったのです!運命っ!これが運命というやつですよねハル様っ!昔からハル様はそういう方でした…えへ。そして、お礼の品を持った私に、ハル様はウインクしながら近づいて来て…ーー」


 どんどん狩衣さんの中で盛られていくのが耐えきれずそっとその場を離れる。

 やばい~、狩衣さんに僕はどう見えてるんだ…!


「なんか…俺は居なかったことになってたな、さっきの話。本当は俺もあの時いたのに」


 当然のようについてきている陸前くんがおもしれー、と言いながら笑った。


「ほんと困った…ちょっとあの話が終わるまでここら辺に避難いるから、陸前くんは戻っていいよ?」


「いや?俺もここでいいさ」


 そう言って草に寝転ぶ陸前くんを見て僕も近くに座った。こんな時まで護衛ご苦労様です…。

ひらひらと落ちる花びらを偶然にでも掴めないかななんて思って手をさまよわせながら、

 桜綺麗だなー、あっち戻りたくないなぁーと少し遠い目をする。


「…、ね」


「…?なんか言った?陸前くん」


「いや何も?」


 陸前くんは拳を僕に向けて「手ぇ出して」と笑う。おとなしく出すと、いつの間に取ったのか花びらがひらり、と僕の手に落ちた。


「俺動体視力ヤバいって言ったじゃん?こんくらい余裕ー」


 そう言って陸前くんは「昼寝でもするわ」と目を閉じた。

 それを見てたら僕もなんだか眠くなってきて、

 結局、祐姉さんが起こしに来るまで眠ってしまったのも、花見の思い出と言えるだろう。


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