3-2 思い出せなければそれは「思い出」にはなり得ない

 なんとあのお花見の日から狩衣さんのハル様呼びが定着してしまった。ひぃん。

 何が楽しくて同級生から芸術だの主だの言われて下級生から様付けで呼ばれなければならないんだ…勘弁してくれ。

 僕は目立たず静かに暮らしたいのだ…。


 さて、僕が今日は何をしているかというと、


「ハル様~おまたせしました」


 狩衣さんと買い物である。

 誤解しないで欲しい。これはラブコメ的展開とは違う。れっきとした部活動の一環…というかいつもの祐姉さんの無茶ぶりだ。

 何でも青春っぽい下校後の寄り道が欲しいとのことで、2人1組で放課後、街を散策するように命令が下されたのだ。で、あみだで決まった僕の初回の相手が狩衣ちゃんってわけ。

 九条くんと浅木さん、陸前くんと河合ちゃんもどこかを散策しているんじゃないかな。

 最終的に全員と組めるようになっているらしい。

 ルールは2つ。

 他のペアを見かけても話しかけない。

 もうひとつは、


「よし、じゃあ撮るよ」


「はーい」


 僕はそう言って手持ちのビデオカメラのスイッチを押す。

 これが2つ目のルール。祐姉さんが見返せるようにビデオに全てを収めること。


「写ってますか?えへ」


 と控えめに笑ってレンズに向かって手を振る狩衣さんの姿の上で●RECの文字が光っているのを確認して、僕は頷いた。


「それじゃあ行こうか。僕は特に欲しいものないんだけど狩衣ちゃんの買い物に付き合うよ」


「良いんですか?やったぁ。じゃあ行きましょうハル様」



 ***



 街で1番の規模のショッピングモールにやってきた僕と狩衣さんは、中をぐるりと回った。女性用の服屋に寄ると狩衣さんは「どっちが似合いますか?」などと色んな服を僕に見せてくる。鳴海の服を見てやるような気分で選んでしまい、途中で「口出しすぎか…?」と、ハッとするも


「ハル様詳しいですね!素敵っ!これにします」


 と褒められた。よかった、ウザがられてなかった。


 …というか初めの文具コーナー見てる時から思ってたけど…

 あからさまについてきてんだよなぁ…4人。

 視線を向けないようにしながらため息をつく。おそらく要領のいい人たちだから動画は滞りなく撮っているのだろうが、何故かずっと僕らと一定以内の距離でウィンドウショッピングを続けている。

 先程、男物の服売場で九条くんと浅木さんが、どっちが僕に似合う服を持ってこれるか勝負をし始めた時にはやめてー?!とつい声掛けそうになってしまった。危ない。もうちょっとでルール違反して祐姉さんにチクチクと文句を言われるところだった。


 かなり混んでるのか会計に時間がかかるなぁとか店の前で待っていると、なんと狩衣さんが買った服を身につけて出てきた。


「せっかく選んでもらったので…ど、どうでしょうか?」


 少し頬を染めながら聞いてくる狩衣さんを映しながら僕は


「…、似合うね」


 と笑った。僕は人の見た目を褒めるのがものすごく下手だから、気の利いた言葉一つも出てこないんだけど、それでも狩衣さんはえへへ、と嬉しそうに笑ってくれてほっとした。



 ***



 散策は2時間以内と言われていて、部室に戻ってカメラを祐姉さんに返却したら今日の部活動は終了だ。

 まだ少し余裕があるから、と回り道をして最近出来たというクレープの店に寄って食べながら学校に戻ろうという話になった。


 途中、ずっと地元に住んでいる僕には見慣れた道ばかり通っていく。ほぼ僕の通学路だ。


「…その道が、どうかしたんですか?」


 狩衣さんが不意に、僕が細い脇道を見ているのに気付き声をかけてくる。


「ああ、えっと、ちょっと思い出したことがあって」


「!…それって」


「いや、子どもの頃この道抜けたところにある廃工場みたいなところとその隣の原っぱでよく遊んでたなぁって。僕の幼なじみと遊んでたなぁって」


 本当によく通っていた。今思えば子供だけであんなところで遊ぶなんて少し危険だったなと苦笑する。


「…。幼なじみ…それは柏原先生です?」


「ううん、違うよ。祐姉さんはどっちかって言うと僕の兄さんの幼なじみだからね」


「そうなんですね…」


「…少し色々あって、あの頃の記憶ってぼんやりしてるから何してたかとか全然覚えてないんだけどさ。つい、この道は無意識で覗いちゃうんだよなぁ」


 ぼんやりというか本当は記憶がすっぽり抜け落ちてるのだけど。幼なじみのミサキくんの苗字も思い出せないくらいだ。あれだけ一緒にいたのに薄情なやつだなと我ながら思う。

 …おっと、いけないいけない。狩衣さんが、大人しく聞いてくれるからつい面白みもない昔話を語ってしまった。恥ずかしい。

 慌てて苦笑して狩衣さんに謝る。


「ご、ごめんね?なんか自分語りみたいな…」


 すると、いえいえ楽しいですよー、と言ってくれる狩衣さん。いい子なんだよな。


「ハル様の昔話って興味あります。それ以外にここら辺で覚えてることってないんですか?」


「えー?なんだろ、あ。そういえば」


 そう言われて思い出した。あと少し行ったところにある細い路地、


「あそこの白い看板のところ、狩衣さんと会ったところだね」


「あの時は大変失礼な態度を…」


「いや気にしてないからね?!」


 下手すれば土下座でもしそうな勢いの狩衣さんを止めつつ、2人でクレープ屋さんを目指す。

 狩衣さん、途中から少しぼんやりした様子だったけど、学校終わりに歩き回って疲れたのかもしれない。祐姉さんの思いつきに付き合っていただいて本当に申し訳ないな…と心の中で手を合わせておいた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る