3-3 決め事
***
夢を見る。
女の子がいつもの待ち合わせ場所で自分を今か今かと待っている。
お気に入りだと言っていたピンクのワンピースを着て。
これは過去じゃない、自分で勝手に作り上げた捏造の記憶だ。
だって、この日、自分はここに行くことが出来なかったから。彼女はいつまでもここで来るはずもない自分を待ち続けて、そして
***
僕は周りの女性にかなり周りに恵まれているな、と思う。
晋太とかに言ったら惚気か?!などと怒られそうだが、そういうのでは断じてなく。
例えば浅木さん。
グイグイ来てるように見えて、自分の中で一線を決めて行動しているようで。
僕が本当に困って声を上げる直前に必ず1歩引くのだ。
まるで、これ以上やったら僕に距離を置かれると分かっているみたいに。
「ゆっくりで良いから春くんも私を知っていってね」と笑って言っていた通りに、ゆっくりと進めていくつもりなのだろう。妻だの未来のお嫁さんだのはよく言っているけれど、話の流れとかではともかく、面と向かって「あの単語」は言われたことは無い。
例えば河合ちゃん。
昔から僕への好意を全く隠すことなくアピールしてくるし、祐姉さんには前に「気付いてないのか」と言われたけれど、僕の前ではかなりの猫を被っていることなんてとっくに知っている。
けど彼女もそこまで、なのだ。僕の交友関係を狭めようともしないし、僕が何か言う前に真っ先におとなしく、聞き分けよくなってしまうのだ。
以前、「そのうちはるちゃんの方から言ってきちゃうように、萌、頑張っちゃうんだから」と言っていた通りに、やっぱり彼女も「あの単語」を言うことはこの短くない付き合いの中で1度もなかった。
祐姉さんから、この部に入るように言われたその夜に、僕が決めたルールを彼女たちは知らないはずなんだけどな。
狩衣さんもそんな2人の様子を見て似たように振舞ってくれていた。少し距離の詰め方は急だったけど。それでも。
狩衣さんもきっと大丈夫だと思い込んだ。
白状しよう。僕は正直油断していた。
狩衣さんに手紙で呼び出された時も、本気でなんの用事か理解していなかった。
この僕が少し困るだけの、心地よい距離感を続けていけるなんて思い込んでいたのだ。
人気のないそこに呼び出されて
顔を赤らめて、そわそわして僕を待つ狩衣さんを見た時に、
(あ、これは…)
と察してしまった。
最低で最悪な自分を棚に上げて、なお、自分の良心に従ってこれから彼女にしなければいけない事を考える。それを覚悟しながら、
いつものように僕は狩衣さんに声をかけた。
「ごめんね、狩衣さん。待った?」
「ハル様…呼び出してすみません」
いいよ、どうかした?と、自分で言ってから、
しどろもどろに狩衣さんが、僕に助けられたことを筆頭に色々と伝えてくれている言葉は、ほとんど耳に入ってきてくれない。
この後の展開を考えて、心臓がどくどくと鳴っている。きっと、目の前の狩衣さんも別の意味で同じような状況だろうけれど。
そして、狩衣さんはついに
「…私、ハル様が好きです…付き合ってください」
その言葉を言った。
だから僕は前から決めていた通り
「ありがとう、嬉しいよ。…でも、ごめんね。僕は、君とは付き合えない」
そう頭を下げて狩衣さんの決意を踏み躙った。
***
「でもなんで僕を…まかり間違ってもし、こ、告白とかしてもらっても、僕どうしようもないよ」
「知ってるよ。だからお前がいいんだよ春色。教師が色恋のドロドロを積極的に生み出すわけにはいかないからな」
「…ほんと、そういうところだよ祐姉さん。本当に早めに言っておいてよね…心の準備が」
「そんな準備期間入れたらあの手この手で避けただろお前」
「うっ…」
「図星か」
「…はぁ。…とりあえず分かったけど。もし本当にあの子たちに告白でもされたら、どれだけ部の雰囲気に関わろうと、祐姉さんの執筆に影響しようと、お断りするからね。それが条件」
「ああ。それでいいさ。もしその告白してきた誰かがあまりにも気に入ったら、いつでもその約束は反故にしてくれていいぞ」
「分かってるくせにそういうこと言うんだもんな」
「分かってるから言うんじゃないか」
***
あの夜のことを思い出しながら僕は頭を下げ続けた。
罵られるだろうか、傷つけたよな、泣かせてしまうだろうか、
そう思っていた僕の頭に振ってきたのは
「嘘」
狩衣さんの温度のないそんな一言だった。
「…?狩衣さ…」
顔を上げて真顔の狩衣さんが目の前まで距離が近付いていたことに気付き、少し後ずさりしそうになって、手を掴まれる。
「ハル様、私と出会った場所を覚えていますか?」
急に聞かれて僕は首を傾げる。
だって、呼び出されたこの場所が陸前くんと一緒に彼女と出会ったその路地だったから。それを分かってて聞いてくる意味がわからなかった。
だから正直に「…ここだよね?」と答えて、
体に衝撃と痛みが走る。
いつの間にか狩衣さんの片手には黒くて四角い何かがあり、バチバチと音を立てていた。
(…スタンガン…?)
「嘘。私の王子様は愛の告白に対してそんなこと言わないし、私の王子様は忘れた振りをしてるだけでちゃんと覚えているもの」
もう一度それを押し付けられて僕の視界は暗転する。
意識を手放す瞬間に見たのは狩衣さんの笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます