3-6 夢を見る
「春色…!」
突如現れて、怪我は?無事…じゃないな、すまない、今外すからな、ちょっと待っててくれ…など言って動いてくれてる陸前くんより、蹴り飛ばされて動かなくなってる狩衣さんが正直気になる…え?待って、死…?あ、大丈夫だ服が上下してるから息してる!焦った…!
…などと思考しているうちに自由になった両手。改めて陸前くんにお礼を言おうとして、言葉が止まる。
急に思いっきり抱きしめられたからだ。え、待っ、ちょ…?!
気が動転している僕に
「…今回も間に合わなくてごめん!俺が守るって言ったのに…!」
震える声で陸前くんが言った言葉に違和感を覚える。…今回も?
「俺は本当に…大事な時にお前のそばにいてやれないな…春」
はる、と呼ばれて朧気な記憶の中の少年と重なっていく。
でも、だって、名前が違う。見た目も…。そう思うのに、何故か確信がある。陸前くんは…
「ミサキくん…?」
困ったように笑うのが癖な少し気弱だった僕の幼なじみの名前を零すと、陸前くんは「うん…」と肩に顔を埋めながら頷く。
「俺、ずっと春にごめんって言いたかった。あの日、俺が急に引っ越さなければお前は今もお気に入りの髪を切らなかったんだろうなって」
***
毎日夢を見る。
俺を責めるような夢を、見る。
春色と俺は幼なじみで、いつもこの廃工場で遊んでいた。親には危ないからダメって言われてたけど2人きりの秘密基地みたいでここで遊びたかった。春色はいつも「ミサキくんのしたいようにしていいよ」って笑ってついてきてくれた。
春色は名前の通りというかピンク色が好きで、自慢の長い黒髪に桜の形の髪飾りを付けてピンクのワンピースをよく身にまとっていた。
ガキの頃の俺にとっては何だかお姫様みたいなやつで、俺が守ってあげるなんてよく言っていた。その度に春色はありがとうなんて笑っていたっけ。
いつまでもずっと2人で一緒にいられると思ってた。
その日は急に訪れた。
うちは俺にとっては良い親だったけど、両親同士の仲が非常に悪く、いつも喧嘩だらけだった。
学校から帰った俺は父も母も休みの日なのに言い争いの声が聞こえないのは珍しいな、なんて思いながら部屋に行こうとして、母に呼び止められた。
ばあちゃん家に行くから荷物をまとめろという。大事なものは全部持つようにと言われた。
急に遊びに行くことになったのかな、なんて思いながら言われた通りにお泊まりセットを作る。ガキの持ち物なんてたかが知れていてすぐにまとめられた。
そして、母に手を引かれ家を出て…ここにもう戻ることはなかった。
この日父と母は離婚をしていて、俺は母に引き取られたのだと遅れて理解した。
名前は岬真空から母の旧姓である陸前に変わった。
それ自体は仕方ない。母と父の人生だ。俺が口を出すものじゃない。
俺にとって最悪なのは、その次の日が土曜だったこと。
いつもなら春色と遊ぶ日だったから、もちろん春色は俺を待っていた。待ち合わせ場所になっていた、人気の少ない脇道で。
正直、伝聞での情報だから俺は詳しくは知らない。
でもその日、春色は不審者に絡まれて、「女の子らしい見た目をする事」がトラウマになり恐れるようになってしまったのらしい。
…俺がばあちゃん家でお菓子を食いながらゲームをしていた時に。
俺のせいだと思った。俺なんぞ死んでしまえと思った。
守るといいながら、一言も告げずに、駆けつけることも出来ない場所でのうのうと過ごしていた俺のせいなのだから。
*
本当は春色の噂を聞いてすぐこの街に戻ろうとした。でもダメだった。こんな俺がそばに戻ってもあの子を支えられるはずはないと、贖罪にもならないのに体を鍛えたり勉学に励んだりした。
そうして中学卒業と同時に家を出て、春色の通う高校に進学し、一人暮らしを始めた。
本当は1年目から春色を見つけていた。
あれだけ綺麗だった髪をばっさり切って男子の制服に身を包む春色を見て、
出来るだけ目立たないようにひっそりと学校生活を送る春色を見て、
俺はまた死んでしまいたい衝動に駆られた。あれから5年、まだ春色の傷は癒えていなかったのだから。当然だった。心の傷は根深く、治りにくい。
俺はどの面下げて春色に会いに行けると言うのだろう。
しばらくして校内視察をしていた柏原先生に見つかった。
実はかなり驚いた。昔と全く印象の違う外見になっている自覚はあったから。
さすがは小説家。観察眼は優れているらしい。
そこで色々と話をして…有り体にいえば、発破をかけられた。うじうじ悩む暇があったらどんな面下げてでも側にいて今度こそ守って見せるくらいやったらどうだと。
そうして2年目…俺は春色に笑顔の仮面をかけながら会いに行った。昔やってたごっこ遊びを少し改変して、主従ごっこを始めるために。
今度こそはと思っていた。何からも守ろうとそう思っていたのに。
春色が女子生徒にさらわれて気が動転した上に、やっとの思いで見つけたら首を絞められていて…俺の目の前は真っ暗になった。
お前は大事な子1人守れない。いつまで経っても無能のままだと。
毎晩見る夢が語りかけてくるが…
確かにその通りだと、思った。
***
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