3-5 愛が重いと書いてヤンデレと読む?
ズキズキとした痛みに目を覚ました。
目隠しをされたり口枷を嵌められたりはないけど、前に浅木さんの親衛隊の人達に拉致された時みたいに縛り付けられていた。椅子ではなくてなにかの柱にみたいだけど…
少し薄暗その空間がどこなのかは少し見渡せば分かった。
幼い頃、よく遊んでいたあの廃工場だ。
どうやら、狩衣さんを振った直後に気絶させられて、ここに運ばれたらしい。
狩衣さん1人じゃ僕を動かすのは無理だろうし…誰かに手伝ってもらったのだろう。
服はそこそこ汚れているが身体検査などはされた感じではない。ズボン越しにスマホが入ってるのも分かるくらいだし…。
うーん。怒らせた僕にも非があるだろうし、あまり大事にはしたくない。いやでもさすがに音沙汰無しってのもあれだし、うまいことスマホを取り出して通話ボタン押したりとかメッセージ遅れたりしないだろうか…
そんなことを考えていると、狩衣さんがどこからか現れて「あ、ハル様!目が覚めましたか?」と明るい口調で話しかけてきた。
これは交渉の余地ありなのかな?割と穏便に事が済んで家に帰れたりしない?
そんな期待を少ししつつ、僕は狩衣さんに声をかける。
「えっと、僕みたいなド平凡人類に振られたのがとても遺憾なのは分かるんだけど、この体制じゃ話し合いも難しいし、まずは縄を解いてくれたりしないかな?」
「…?ハル様は王子様なのでド平凡なんかじゃないですよ?冗談がお上手ですね」
おおう…きょとんとしたマジ顔で言われてしまった。
そしてにこにこと「縄も逃げられたら困りますし今は解けないから我慢してくださいね」と一刀両断されてしまいしょんぼり。
気を取り直して目的を聞くことにする。
「…狩衣さんは僕に何をさせたいの?」
「して欲しいことですか?沢山ありますよ。でも今ってことなら、ここに来てもらった理由は記憶を上書きするためです」
そう言い切られて次は僕がきょとんとしてしまう。
「記憶の…上書き?」
「はい。もう一度聞いていいですか?…ハル様、私と初めて会ったのはどこですか?」
笑っているのに急にじっと僕を見る目に力が篭もる狩衣さん。きっと彼女にとって大切なことなのだろう。だから、僕も正直に答える。
「同じことを答えることになるけど良いかな。今日呼び出してもらったあの路地だと僕は思ってるよ」
また狩衣さんの顔から表情が抜け落ちた。
しかしすぐに笑顔に戻り、「ハル様、意地悪。また嘘つくんですか?」と聞いてくる。
「違いますよぉ。ハル様が中2で私が中1のときにこの近くの脇道で私を助けてくれた時です。この間ハル様も覗き込んでたじゃないですか。言い訳みたいにこの廃工場で遊んだ話をして」
ね?そうでしょう?と狩衣さんに言われて僕は考えて…結論を出す。やっぱりいつの事だか分からない。…というよりあの女の子たちの中のどれが狩衣さんだったのか分からない、と言った方が正しいか。
中学時代の僕は、困ってそうな女の子を見掛けると誰彼構わず押し付けがましく手を貸そうとしていた。自分のし始めたことへの罪悪感がすごくて、逆に承認欲求が膨らんでいた結果だろう。(今もまだ、ついやってしまう事が多いがあの頃よりマシだと思いたい。)
特に人は困った時に大通りにそのままいるより少し横に避けてから対処をする場合が多い。だから、脇道付近で余計なお世話をした女の子自体がかなりいるのだ。その中の1人に狩衣さんがいてもおかしくはない。
「だって、あの後学校内で何回も何回も私に会いに来てくれましたよね?私の文具を拾ったり、重いもの持ってくれたり…傘も貸してくれたじゃないですか。なんで忘れたフリするんですか?柏原先生とかに脅されているんですか?ストーリーを作る上でまだ特別なヒロインを作るな、とか」
どうやら僕が忘れているのではなく、周りの人に言われて仕方なく特別扱いをしないようにしている…と思っているらしい。
本当に申し訳ない。狩衣さんは僕がしていた善意の押しつけ行為の被害者である。
もちろん外だけでなく中…学校内でもめちゃくちゃに偽善的なことをやりまくっていた。
その中に狩衣さん相手のものが何件かあっても…全くおかしくない。
狩衣さんからしたら外で手を貸してくれた男が、学校が一緒で、校内でもよく手助けをしてくる…という感じだったのだろう。
少し思い込みが強いタイプの人間なら好意があるんじゃないかと感じていまうというのも充分有り得る。
つまり僕がここに縛られているのは…自業自得というわけだ。
そんなことを考えている僕の様子をどう解釈したのか、狩衣さんはまた話し始めた。
「でも、私との思い出の道を見て、他の思い出…そんな小さい頃の遊び相手の子なんて思い出されるのすごく嫉妬しちゃうので。こうやってお話して2人の距離が縮まったって思い出の場所にしちゃえばここも私のものになるなって。だからここに連れてきました」
とりあえず彼女の言い分はわかった。
狩衣さんにはとても申し訳ないけど、ここで曖昧にしてしまうのは彼女にとっても良くないと思うからしっかり伝えるしかないと腹を括る。
…僕に未練なんて残らないように、少し意地悪な言い方にして。
「…まず、僕は君を特別助けたわけじゃない。偽善的な行為に酔ってた時期だったから誰にでも手助けを押し付けていた。だから、僕は君の考えるような王子様じゃないし、今後もなるつもりもないんだよ。
あと…もしここで他の人との思い出を作ったとしても、子供の頃の楽しかった思い出は消えない。
…だから、ごめんね。君のしたいようには何一つなってあげられない」
王子様になることも、恋人なることも。
記憶の独占権だって。
僕が狩衣さんにあげられるものなんて何一つなかった。
狩衣さんから笑顔が消えて、カタカタと震え始める。
「…うそ、嘘だ。王子様はそんなこと言わない」
「言うよ。これが僕なんだ」
「私の事特別にしてくれてたじゃないですか、だって、」
「君が僕の特別だったことは申し訳ないけどないんだよ」
「なんで!!」
特別じゃないと言い切ったところで狩衣さんは何故と叫びながら僕の胸ぐら…というか首を掴んだ。綺麗に手入れされた女の子の爪はかなりの凶器だから安安と皮膚に食い込む。
「なんで?なんでそんなこと言うんですか?あの女どもですか?浅木さんか、河合さんを好きになっちゃったんですか?それか別の女が…」
言いながらどんどん力が籠っていく。微妙に苦しいし、これはつめの後が残るだろうなとも思う。が、浅木さんたちに迷惑がかかりそうな方に話がシフトしてしまったので、これもはっきり言っておかなければならない。事実だし、まあ良いだろう。
「浅木さんも河合ちゃんも、他の女の子たちも、僕の特別なんて誰もいないよ。強いていえば妹の鳴海だけど、これは恋とか関係ない家族愛だから…」
付け加えて僕のルールも公開しておこう。
「元々。万が一、誰か女子に告白されたら、付き合うこと考えられないし、絶対断るって決めてたんだ」
だいぶ苦しくて咳き込みながら声を出した。
狩衣さんは僕の言葉を理解出来ているのか出来ていないのか、1人言のように嘘だ嘘だと呟く。
…というかそろそろ息とかやばい気がする…多分爪くい込んで血とか出てるか鬱血痕とか出来てそう…。
「狩衣さ、ちょっ…と、離し…」
離して欲しいと頼み込む前に大声で僕を呼びながら扉を蹴破って入ってきた1人の男。
「春色!」
僕らを目に捕らえた瞬間、ものすごい速度でこっちに近付き…狩衣さんを蹴り飛ば…えっ?女の子を蹴り飛ばした…!やばい…!躊躇もなかった…!
そんなことを思いながら、一気に体へと入ってきた酸素に喘ぐ僕を、支えながら縛られた腕を解放してくれようとしているその男は…
…いやまあ、助けに来てくれた時点でお察しなんですけど。
ー…陸前くんだった。
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