2-5 お花見と九条家執事

「さてと。今日お前たちに集まってもらったのは狩衣を紹介するのともう1つ目的があってな」


 祐姉さんが話し始めると皆静かになる。


「春色に出してた課題は、一応クリアということにしてやるとして…。新歓お花見パーティするぞ。まあまだ1~2週間は様子見だが、花の盛りの頃にな」


 パーティと聞いて女子メンバーの顔が明るくなった。こういうの好きなんだなぁ。

 確かにまだ4月上旬。祐姉さんの言う通りもう少ししたら桜が満開になることだろう。

前に言っていたヒロイン枠を見つけてこいというやつ、狩衣さんが入部してくれたから1人部員が増えたということでクリア扱いにしてくれたんだろう。割とガバガバ判定で良かった…。


「今のうちに幹事を決めておいて良い感じの時期になったら皆に声をかけてもらうかと思うんだが…部長か副部長にやってもらっていいか?」


 まあそれくらいならいいかと思い、僕がやるよと言おうとして「柏原教員」という九条くんの声に遮られる。


「ん?どうした九条」


「俺が幹事とやらを引き受けても構わないだろうか?」


 まさかの立候補に祐姉さんも少し目を丸くする。


「ああ、問題ないよ。九条はそういうことに興味はないかと思っていたがそうでもないんだな」


 祐姉さんにそう言われるとふっと笑って髪をかきあげる九条くん。なんで普通の人がやらなそうなポーズ似合うんだろうこの人。


「ただ意味もなく騒ぎ立てるためだけの集まりには興味はない。が、美しいものが美しいものを見る、美と美のコラボレーション空間となれば当然この俺がプロデュースしないわけにもいくまい」


 そう言って視線を僕に向ける九条くん。アッ、ハイ、察した。


「和泉と桜、そのふたつを同時に鑑賞するに相応しい「花見」、俺が完璧につくりあげてみせよう」


 僕を美しいというその感性、何度聞いても慣れない…。


「適した日取りの確定と通知、花見の場所や食事の確保をすれば良いのだろう?」


 九条くんのセリフを受けて、お弁当を詰める九条くんや早起きしてブルーシートで場所取りをする九条くんが僕の脳内を駆ける。…に、似合わない…!そんなこと九条くんが出来るのか?!

 僕が色々と想像をしていると、おもむろに片手を上げた九条くんが指を鳴らした。めっちゃいい音するじゃん。


「坊ちゃん、お呼びでしょうか」


 その瞬間九条くんの座っている椅子の横に現れた初老の男性…ってびっくりしたどこから出てきたんだこの人?!陸前くんといい最近身の回りに気配を消すのが上手い人が多すぎて僕のノミの心臓はついていかないよ…

 僕に向かって九条くんは「当家の執事、三枝さえぐさだ」と紹介してくる。僕じゃなくてまずは祐姉さんとかに紹介してくれ…


「坊ちゃんがお世話になっております。九条家にお仕えさせていただいております、三枝と申します」


 美しいお辞儀をする三枝さんに僕らもぺこりと頭を下げた。生執事だ…生の生きてる執事初めて見た…すごい…いや、生じゃない死んでる執事も見たことはないけど。


「三枝、話は聞いていたな?」


「はい、坊ちゃん」


「今日から近場の花見スポットの開花状況の観察をして最も適した日を割り出してくれ。前日の夜から3人体制で場所の確保、料理は…」


 つらつらと三枝さんに指示を出す九条くんを見てこの人金持ちの坊ちゃんだったなと改めて思う。そりゃ自分で場所取りするわけないわ。

 その様子を見て祐姉さんは


「そしたら学校のブルーシート使っても使わなくてもいいから持ってってもらうか。一応部の行事の一環だしな…重いものだし、陸前、ちょっとついてきて一緒に運んでくれ」


「了解です。じゃあ春色、ちょっと行ってくるな」


「よーし。残りのメンバーは適当に雑談でもしててくれ。行くぞ陸前ー」


 と、陸前くんを連れて部室を後にする。

 祐姉さんたちの動きなど気にも留めない九条くんは三枝さんに指示を出し終わるとマイペースに晋太の入れたお茶に口をつけ…


「なんだこれは」


 と顔を顰めた。そして何故か僕の方を向き


「…和泉は正確な手順で淹れた紅茶を飲んだことはあるか?」


 と聞いてくる。普通の料理屋さんのセットドリンクとかコンビニのペットボトルのとかしか飲んだことないのでその通り答えると、九条くんは至極真面目な顔で「味にも美醜はある」と語り始めた。


「そのものが本来出せる味を引き出した食べ物は美しいと俺は思う。大衆のものが悪いとまでは言わんが、本物に触れておいて損はない。人生を豊かにしてくれる。幸いにもこの部室でもコーヒー紅茶煎茶焙じ茶はそこそこのクオリティのものを飲めるように道具を用意しておいた。俺が今からお前に本当の紅茶を飲ませてやろう」


 そう言って席を立つ九条くんは「友人E、ついてこい」と呼んだ。もしかして友人Eって晋太のことじゃない?そう思って晋太を見ると、晋太も「え?今のって俺?」と僕に聞いてくる。知らんよ?


「お前に決まっているだろう。早く来い。二度とあのような茶を淹れんように俺から作法を学べ」


「あれ?!いつの間にEに?友人Aって呼んでたじゃん九条」


「あんなものをこの俺に出す奴はEに降格でも生ぬるい」


「嘘でしょ降格制?!」


 そんな会話をしながら部屋の奥に消えていく2人を見ながらやっぱり仲良いよな?と僕は少し笑ってしまう。


 余談だが、チェス部に吸収合併させることにより祐姉さんが奪ったらしい将棋部と囲碁部の隣同士の部室は2つとも漫研のものになっていた。その片方がいつの間にかインフラが整備されており、簡単な軽食まで作れるようになってしまっている。恐らく九条くんの力。


 紅茶を淹れるべく、席を離れた九条くんの背中を見ていた三枝さんが不意に僕に向き直り


「貴方が和泉春色様ですね、坊ちゃんから伺っております。ありがとうございます、和泉様」


 と、またも深深と頭を下げた。それにぎょっとした僕は


「えっ、いや何もしてないので?!頭をあげてください?!」


 とかなりテンパる。すると首を振りながら三枝さんは


「いえ、今まで坊ちゃんは大層つまらなそうな顔で学び舎に足を運んでいました。が、今はどうでしょう。和泉様だけでなく、他にもこんなに御学友が出来、先程の有川様ともなんとも軽快にお話をされて…。これもあの日坊ちゃんに和泉様が出会ってくださったおかげです」


 そう言って眩しげに目を細めて部室内を見回した。


「あの日?」


 どうしよう全く記憶にない…。その「あの日」とやらはいつだろう?九条くんに後で聞いてみようかな。

 僕の記憶にないのも予想通りだったのだろう、三枝さんは頷いた。


「はい、和泉様にとっては何でもないことだったのでしょうが、坊ちゃんにとっては運命の出会いだったのでしょう…年相応の坊ちゃんを見ることが出来、拙老は感無量でございます」


 これからも坊ちゃんをよろしくお願い致します。そう言ってまたお辞儀をする三枝さんに僕も「こちらこそいつも助けていただいて…これからもよろしくお願いします」とぺこぺこと頭を下げる。


 そこに九条くんと晋太が戻ってきて、お互い頭を下げ合う僕と三枝さんに首を傾げて「なんの遊びだ?三枝」などと言っている。僕と三枝さんの「なんでもないよ」と「なんでもございません」がハモって尚更首を傾げる九条くん。


「…?まあいい。ほら、和泉座れ。これが俺直々に淹れた紅茶だ」


 と、僕の前にティーカップを置いてくれる。


「ありがとう九条くん」


 続いて晋太が「どーぞ」と言いいつつ浅木さんたちの前にもカップを並べて行く。


「和泉1人に用意したとなると、和泉が気を使うかと思って、特別にお前たちにも持ってきた。飲むといい」


「ありがとう、頂くわ」「ありがとうございますー」「い、いただきます」と口々にお礼を言う3人に


「それは俺監修の元、友人Dが淹れたものだから気にするな」


 と、九条くんは感謝の言葉も鬱陶しいというように手をぱっぱと振った。

 晋太、良かったね。ワンランクだけ上がったじゃん。


「めっちゃ頑張ったのにDだぜ?どう思う?」


「頑張れ」


 晋太には適当に返事をしつつ、僕はふわりと湯気が揺れるティーカップを口に近付けた。

 香りが鼻からすーっと身体中を回る。紅茶ってこんなに匂いってするものなのか。


「いい匂いだね」


「そうだろう」


 僕の言葉にふふん、と笑って頷く九条くん。自分の分も淹れてきたらしく1口啜ってまた頷いた。どうやら合格の味らしい。

 僕も1口。


「…!美味しい」


「良かった。また淹れよう」


 そう言って笑う九条くんはいつもの大人びた彼ではなく、年相応に見えた。

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