2-6 魔女裁判というか吊し上げというか(仮)

 僕は和泉春色。周りを濃い人ばっかに囲まれて圧で窒息死寸前の一般人。

 今日もいつもの如く陸前くんと登校して、浅木さんと九条くんに挟まれる賑やかな朝時間を過ごし、午前の授業を終えて昼休み。


 白状すると自分がどこにいるのか全くわかっていないのが現状だ。


 校内で迷子になったわけじゃないから安心して欲しい。見知らぬ同級生に話しかけられたと思ったら、とある教室に連れ込まれて、目隠しをされた上で移動させられたってだけだから。

 …うん、だいぶ困った。

 現在、後ろ手に縛られて目隠しをされて座った状態で足も椅子の脚に固定されている状態でお送りしています。


 ふいに目隠しを解かれる。カーテンを締め切った薄暗い教室…ということは視聴覚室かどこかだなここ。そして僕の座らされている(縛られている)椅子の前を囲うようにコの字に設置された机と席に着く数人の人影。よく見ると教室の壁沿いに立ってる人も何人かいるようだ。え?怖い。


 …まあ目隠しを取られた瞬間から、僕はこの拉致事件の犯人たちが何なのか分かってしまっているのでそこまでの恐怖はないんだけど。


「手荒な真似をしてすまなかった」


 僕の真正面に座った人物がおもむろに口を開く。するとその横に座る人々が続けて名乗りを上げた。


「我々は浅木乙鳥さん親衛隊の者だ」


 …うん。知ってた。いや、存在は知らなかったけど。

 だって全員浅木さんの名前とかハートとかLoveとか命とか書いてある法被とハチマキしてんだもんなぁ…

 しかもみんな真剣な顔してるしなぁ…


 ほんとにこういうのあるんだぁ…と僕は現実は小説より奇なりと言ったような心境に陥る。


 まあ十中八九これはあれだ。「お前ごとき凡人が我々の女神浅木さんに言い寄られるなど100億年早い」みたいな、あのテンプレっぽいお呼び出しだ…。

 恐らく聞き耳は持って貰えないだろうけど、僕にはその気がない事をしっかりと伝えて無害ですアピールをしなくちゃ…。

 おそらく真ん中の人が親衛隊の長なのだろう。彼の目を見て話せばいい。


「あらかた予想はついていると思うが…」


 はい、来たよ。こういうのは最初が肝心。先にドーンッと結論を伝えよう。僕は恐れ多くも浅木さんと付き合うとか全く考えてませんって。


「我々の天使、浅木乙鳥さんと君の仲を応援をしていると伝えようと」

「大丈夫です!これっぽっちも浅木さんと付き合おうとかそういう気はないので!!」


 …ん?

 なんかおかしいなと思い相手の顔を見ると相手も同じような顔をしていて、周りの人々もざわついて「嘘だろ」「聞き間違いか…?」などという声が聞こえる。


「あの、ちょっといいですか」


 混乱に乗じて声をかけると頷いてくれたので先に「これ手足縛る必要ありました…?」と聞いてみる。

 いや、魔女裁判というか吊し上げかなって思ってたからこの体制に甘んじてたけど。さっきの発言からこの人たち僕に害意ある感じじゃないな?と分かったし。じゃあなんで縛った?という当然の疑問である。それに対して右側に座ってるひとりがボソリと答える。


「なんか…こういう時の必要な演出かな…と」


「なるほど…?」


 ノリがいい人たちみたいだ。

 しかも周りに立ってた人達が寄ってきて解いてくれた。優しい。それはよく見ると同じクラスの臼井くんと吉田くんだった。君たちも入ってたんか…。

 気を取り直すようにこほんと咳払いをした親衛隊長っぽい人が「確認するが…」と信じられないものを見る目で僕を見た。


「…今、君は、浅木さんと付き合う気がない…と?」


「え…、はい」


 素直に頷く。すると「なぜだ?!」とめちゃめちゃ大きい声で叫ばれる。感情の起伏やばい。親衛隊長(仮)の叫びに追随するように座ってる人達(幹部なのか?)が声を上げ始める。


「あの…あの乙鳥さんだぞ?!」

「確かに恐れ多いという気持ちも理解できなくはない…!だが!」

「これっぽっちもない、は盛りすぎだろう!本当のことを言え!」

「断る理由がないだろう!」

「可愛いし優しいしいい匂いするし!」


 最後の発言ちょっと気持ち悪いなと思ったら同じクラスの坂口くんだった。幹部クラスも同級にいるんだ…。

 というかここまで騒ぐぐらい浅木さんに憧れている男が集まっているのに顔も頭も家柄も特にいいわけでもない僕を応援するのって不自然じゃないか?


「ええっと…そもそも親衛隊の皆さんからしたら僕って邪魔者なんじゃ…?」


 すると彼らは顔を見合せ、ここ数日のことを語ってくれる。


「初めはそうだったさ。急に名前のあだ名呼びを浅木さんが始めたと報告を受けた時はメンバーを緊急招集して和泉春色抹殺計画まで立てた。そこにいる3rdと6thなんて目を血走らせてな」

「いやいや隊長には負けますよ」

「まあ全員今にも釘バットとか持ち出しそうでしたけどね」


 はははは、なんて笑い合う親衛隊の皆さんに僕も笑っておく。顔が引き攣ってしまうのは仕方ない。

 あっっっぶねぇ…。いつの間にか命の危機に瀕していたらしい。陸前くんの護衛もあながち的外れではなかったということか。

 そしてやはり彼が親衛隊長、周りの人も3rdとか謎の番号を振られているらしいので着席している人が幹部とみて間違いはなさそうだ。

 というか6thといわれてたの坂口くんじゃん…クラスメイトが目を血走らせながら命を狙ってたとか知りたくなかった。


「九条と陸前が身辺を守っていると追加の情報を入手したからすぐに立ち消えになったがな。陸前はともかく九条家を表立って敵に回そうとか思う奴はいないだろうし」


 後で2人にはジュースをお供えしよう。僕は強く心に決めた。


「その後落ち着いてからじゃあどんな人だったら俺らは許せるんだ?という話に流れて」

「俺らの中から1人とかだと絶対袋叩きじゃんってことでなし」

「信仰対象だからな」

「出た女神浅木様派閥」

「うるせぇぞアイドル浅木しゃま派閥」

「まあまあ。総じて浅木さんが素晴らしいということだろう?」

「…そうだな。悪かったよ、アイドル衣装着た浅木さんも最高に可愛いよ。間違いない」

「いやいや俺こそ悪かった。女神ドレスに身を包んだ浅木さんとか神々しすぎて直視できるか怪しいよな」


 話脱線させながら友情深めるのやめてもらっていいかな?


「九条みたいな金持ちとかイケメンとか、陸前みたいなモテ男とかイケメンとかは」

「正直似合うって思ったら心の敗北だと思う」

「悔しいからやだ」

「妬ましい」

「嫉ましい」

「かと言ってあまりにもスペックの劣る人間に浅木さんを任せたくはない」

「そうやって三日三晩夜通し議論しあった結果」

「和泉のような中の上位のスペックでなおかつ浅木さんに好かれたというアドバンテージのある男と上手くいった方が浅木さんのためであるのではという結論に達した」

「和泉は、こう、攻撃的な見た目とかスペックじゃないからな」

「マイルドだよな」


それを三日三晩討論し続けるこの人たちに軽く恐怖を覚えつつ話を頭の中で整理した。

 なるほど、高スペックは悔しいし、低スペックすぎても浅木さんのために良くないから…僕くらいならいいか…みたいな……

 なんだろう、釈然としない。


「まあ、ということで今日は我々は君の味方で応援しているという親衛隊の総意を伝えるべく呼び出させてもらったというわけだ」


 そう言って無理矢理時間を取らせて悪かったねと僕の前まで来て握手を求める親衛隊長。

 別に敵対したい訳でもないので素直に手を差し出しておく。

 向こうも僕に敵対心はなく、僕も浅木さんとどうこうなる気もない。これは双方納得のお別れが…


「君の気持ちは分かったが…我々はあくまで浅木さんの味方だ。君たちをくっつけるための努力は今後惜しまないからそのつもりで」


 あれ?


「いやー?僕は…」


「君の、己が浅木さんに相応しくないと自己分析しているが故の無欲さもまた我々の心に響いた。胸を張れ和泉春色。お前はこの学内で浅木乙鳥さんにふさわしい男だ」


 なんか壮大な勘違いをされてる。僕が浅木さんを好きだけど身の程をわきまえて身を引いてると思ってる顔だこれ…!


 訂正しようにも、その後すぐに「無事か?!こいつらなんだ?!」と室内に乱入してきた陸前くんと「愚物どもが…国宝を閉じ込めようとはいい度胸だ…」と後に続いた九条くんを僕がなだめている間に、親衛隊の皆さんは蜘蛛の子を散らすようにいつの間にか全員消えていたのでそれは叶わず…

 また面倒くさいものに巻き込まれているぞ…と僕は1人頭を抱えたのだった。

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