1-3 九条くん(顔が良い)と河合ちゃん(顔が良い)

 その時、祐姉さんの後ろから、仰々しい物言いの凛とした声がした。


「柏原教員、部室の入口付近で話し込むのは宜しくない。この俺が中に入れず立ち往生するなどあってはならないのだから」


 あー、悪い悪いと退きながら、祐姉さんは僕に「噂をすれば来たぞ、「もっとすごいの」」と耳打ちしてくる。

 僕だってこの人が来るとは思ってなかったけど?!


 九条雅くじょう みやびくん。ハーフだという九条くんはブロンドの髪のイケメン。王子様そのものの見た目に加えて、お家も財閥だとかでかなりのお金持ち。頭も良く、運動神経もかなり良くて…いや、ほんと、祐姉さんのチョイスは何も間違ってない。「漫画に出てきそうな人」と言ったら誰より先に九条くんの名前が挙がっておかしくないほどスペックがぶっ壊れな人だから。

でも、信じたくない…だってさっきの祐姉さんの言ってたことが本当なら、九条くんもまた「僕」という撒き餌に釣られたということになってしまう。そんなわけあるか。


「…ここは俺が過ごすには些か美しさが足りんな」


 部室内を一瞥しため息を吐いているだけなのにやたらと絵になる九条くん。

 彼の行動基準はこの「美しい」に寄るらしく、お金持ち私立ではなく僕たちが通うこの平々凡々な高校に進学してきたのも彼の感性で一番美しい場所だったからだと言っていた…みたいな話を風の噂で聞いたことがある。有名なものや高価なものだからとかは関係なく、完全に彼の感性で決まるとか。

 しかも彼の審美眼はかなり正確で、これまでに何人もの無名芸術家の作品が九条くんに「美しい」と評されて、注目を浴びているそう。

 …高校生になるまでに何人もの人生変えてるの控えめに言って凄すぎない?もう別次元だよ存在が。


「少々手を加えるが構わないな?」


「ああ、好きにしていいぞ」


 祐姉さんと会話しながら視線を移し…僕と目が会った瞬間、片手で顔を覆い「…ふーー」などと深い息を吐き出す。

 何?平凡な顔すぎて視界に入れたくなかったとか?


「…この距離は中々に。慣れるまでが苦労しそうだ…美しすぎる」


「は?」


 なんだか今日一訳の分からないセリフを聞いてしまった。気のせいだろうか。気のせいであってくれ。浅木さんのことだと言って欲しい。


「和泉春色…お前に会いに俺はここに来た」


 浅木さんのことじゃなかった…。


「これからはお前の価値もわからんやつらにその美を振りまく必要は無い。俺の近くで存分に輝くことを許そう」


 振りまいたことない…。しかもよく分からないことを許可された…。

 もう陸前くんと浅木さんでHPがゴリゴリ削られてた僕は既に瀕死状態。それでも無視は良くないよなと思い、何とか持ち直して挨拶しようと手を伸ばす。


「え、えっと。九条くん、こ…」


 これからよろしく…と続くはずだった言葉が消えてしまった。急に九条くんが仰け反ったからだ。なんで?


「至近距離だと声までこの威力なのか…恐ろしい逸材だな…」


 恐ろしいのは九条くんだよぉ…。もう僕は涙目である。

 助けを求めて視線をさ迷わせると「処しますか?主」と笑顔で自身の首の辺りを手でシュッシュッと斬る動作をする陸前くんと目が合ってしまい全力で首を振った。処さないよ。


 そうしているうちに廊下の方からパタパタと走る足音が聞こえて、僕はそういえばあと一人いるんだったな…と震え上がる。


 頼む、もう、これ以上アクの濃いのは…!


「ごめんなさい~!もしかして萌、遅刻しちゃいました?」


「…え?」


 聞き覚えのある声に僕は目を瞬かせる。


「いや?新入生は連絡事項が多いだろうからHRが長くなるだろうなと踏んでたし、問題ないよ」


 祐姉さんにそう言われ、良かったぁ~と胸を撫で下ろしているのは、見間違えでも何でもなく…


「あ、はるちゃん…じゃなくて、はるちゃん先輩!」


「河合ちゃん?」


 彼女が小学6年生のころに出会って以来交流が続いているひとつ年下の子…河合萌留かわい もえるちゃんがそこにいた。


「え?河合ちゃん、ここの高校入るって言ってたっけ?」


「えへへ、サプライズ~。はるちゃんと同じ学校通いたくて受験頑張ったんだ」


 ふわふわとした肩までの髪を揺らしながら河合ちゃんは微笑む。


「入学試験の日に柏原先生に会ってね、はるちゃんがいるからって部活に誘われたの」


 なるほど…。じゃあ残りのひとりは河合ちゃんだったのか。

確かに河合ちゃんは浅木さんとは別ベクトルの美少女だ。小動物っぽい守ってあげたくなる可愛さだ、と中学の頃も男子たちの人気を掻っ攫ってたっけ。


「あ、またはるちゃんって呼んじゃった…!」


はっとして口元を押さえる河合ちゃん。


「別に今まで通りでいいのに」


と僕が言うと、ううん。と首を振る。


「他ではやっぱ癖でいつもみたいになっちゃうけど、高校にいる間はせっかくだしちゃんと先輩後輩らしく敬語使ってこうかなって思って!」


ここから頑張る!ます!と真剣な顔で意気込む河合ちゃんに僕はくすりと笑ってしまう。


「頑張るから見ててくださいね、はるちゃん先輩!」


そう言ってから部室内の他のメンバーに挨拶しに行く河合ちゃんから祐姉さんに視線を戻した僕は少しほっとしながら「もっと早く教えてくれたら良かったのに」と言った。


「同じくらいすごい…って脅かすから凄く警戒しちゃったじゃないか。確かに河合ちゃんは漫画に出てきそうな位男子たちに人気な子だけどさ、河合ちゃんなら別に僕だってそんなに緊張しないのに」


すると何故か目を丸くした祐姉さんは突然堪えられないという感じにくっくっと笑う。


「あー、なるほどな?春色お前、分かってないな?」


「何を?」


「いや?知らなくていいさ。その鈍感さ、正しくモブ系主人公だよお前」


「だから何を?!」


結局僕が何を聞いても祐姉さんは教えてくれず、ニヤニヤと笑ってメモを取るだけだった。

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