こんなの僕の知ってる漫研じゃないっ!
蝋石雪
1-1 理不尽は前置きなしにやってくる
6時を告げるアラーム音に、僕、
あくびをしながらベッドから起き上がり、誰に向けるでもなく一言。
「…おはようございます」
さて、今日も一日頑張りますか!
***
「
「ん…ハル兄おはよ…」
両親が死んで早3年。夜型の仕事をする兄・
初めのうちは食べられたもんじゃない食事や洗剤の量を間違えた洗濯物など色々やらかした。…が、今ではすっかり慣れたもので、今日の卵焼きも焦がさずつやつやの出来栄えに仕上がっている。
まあ分担しようと思えば妹の鳴海もいるが…うん、いや、あいつに家事はまだ早い。
眠そうに目を擦りながら、少しルーズに制服を着た妹はリビングへとやってきた。
食器がふたつしか並んでいないのを見て「むー兄は?」と聞いてくる。
「昨日も帰り遅かったからまだ寝てるよ」
「ふーん。ハル兄、髪結って」
「…そろそろその位自分でやれるようになりなよ?」
そう言いながら髪をまとめてやる。後は帰ってから洗い物すりゃいいし、洗濯機は先にかけといたから大丈夫。今は5時…
「…あっれ、時計…」
「あーなんか起きた時にはもう動いてなかったよ?…げっ。もう8時半!ハル兄、先出るねー。今日うちの中学始業式だからさ」
「僕の高校も今日からなんだよ!!」
前略、父さん母さん。あわただしい毎日だけど僕らはなんとか3人でやっています。…今日は遅刻しそうですが大目に見てください。
色々を後回しにネクタイと食べかけのパンをつかみ転がるようにして家を出る。もしかしたら六花兄さんが気づいて後片付けをしてくれるかもしれないし。…いや気づいても兄さんはやってくれないな。無駄な期待は止そう。
僕は今日から高校2年生。その記念すべき1日目も、いつも通りどたばたと始まったのだった。
とりあえず遅刻はしたくないんで走ります。
***
僕の全力ダッシュが功を奏したのか、ギリギリ遅刻は免れた。
「おー!春色!また同じクラスだぜよろしくなー!」
教室の扉を開けると友人の
「これで5年連続で同じクラスだね…って席も隣か」
「これも俺と春色の運命の赤い糸のなせる業ってやつっすよ」
「誰もそんなラブな展開求めてねえってば」
「俺も嫌だな…ほら俺って女の子大好きじゃん?春色は男だしちょっとな…ごめんな?」
「いや晋太が言い出したんだろうが。何僕が振られた感じになってんの」
いつものように他愛無い言い合いをしていると、ほどなくしてチャイムがなり教頭先生が教室へと入ってきた。
「え、何しに来たのあのハゲ」
ひそひそと囁く晋太を軽く小突いて教頭先生の言葉を待つ。
「このクラスは今年、新任の先生が担任を務めます。有名な方なので皆さんも知っているでしょう」
どうぞ、と教頭先生に促され教室へ足を踏み入れたのは髪をひとつに束ねた長身の女性。その姿を認めたクラスメイトは騒つき、晋太含む男子数名は「ハレルヤ!」とガッツポーズをし、僕は椅子から転げ落ちそうになるほど驚く。
成程、教頭の言葉は当たっている。多分このクラスに知らない人はいないだろう。
彼女は人気小説家であり、抜群のプロポーションを誇る美女であり、今やメディアに引っ張りだこの存在だからだ。
そして…僕ら兄妹の幼なじみでもある。
「柏原祐だ。お前たちの担任で、国語の授業も受け持つことになっている。一年よろしくな」
少々乱暴な言葉使いで自己紹介した祐姉さんは僕の目を見てウィンクをした。
***
「…何してんすか柏原先生」
「何だよ春色、いつもみたく呼べよ」
ホームルームが終わり、今日はこれで下校できる…はずが何故か祐姉さんに職員室に連行される僕。
あの後祐姉さんの手によって適当な理由を付けて学級長に仕立てあげられ、職員室の机整理まで命じられてしまった。理不尽だ。
羨ましい、と騒いでいた晋太を一発殴ってしまったのは仕方がないと思う。
「柏原先生」
「祐」
「…祐姉さんいつの間に教員免許取ったの」
「大学は教育学部だったからな。教職取ったは良いものの在学中に小説家デビューしちまったから春色が知らなくても仕方ない」
んー、と伸びをして自分の席に座り、じゃあそこから片付けて。なんて命令してくる彼女にはっきり文句が言えないのはひとえにあの愚兄のせいだ。
六花兄さんと祐姉さんは恋人同士であった。もう「祐義姉さん」と呼んでも差し支えない程度まで話は進んでいたのだが…兄さんが婚約の話を白紙に戻してしまったのだ。それも…ここで語ることはしないが…すごくアホな理由で。
そんな兄さんを未だに友達として支えながら「あの馬鹿の嫁になれんのなんて私くらいだろ」と、落ち着いたらまだあの男を受け入れてくれるつもりの祐姉さん。いや、マジ男前です。
…と、それ以外にも僕らの生活の面倒を見てくれたりとか色々ありまして、正直頭が上がらないのである。
だからこの理不尽も我慢我慢。僕はとりあえず机の上に教材やら資料やらを並べることから始める。
「あ。春色、お前帰宅部だろ?」
「そうだよ。家事が忙しいし…」
「ふーん。じゃ、良いな」
「何が」
「おまえ今日から漫研に入部な」
「は?」
「安心しろ。入部届は出しておいた。とりあえず今から部室に案内してやるから来い」
唐突な祐姉さんの言葉にフリーズした僕はその時ひどく間の抜けた顔をしていたことだろう。
そんな僕を無理やり立たせ、祐姉さんは職員室を出ていってしまった。
「まっ…待ってよ、祐姉さん!部室ってうちの学校漫研なんてないし…っ」
確か5年位前に部員がいなくて廃部になったはずの部活ではなかったか。僕の制止も聞かずにすたすたと数歩前を歩いていってしまう祐姉さんの後を僕は早足で追いかける。
「私が新しく作った」
「新しくって…」
「囲碁部と将棋部、あとはチェス部を脅し…いや、話し合ってな。あいつら今は囲碁・将棋・チェス部になったよ。で、空いた部室を頂戴した」
…その人たちに同情を禁じ得ない。きっと勝負を挑んで大人気なく負かしてきたのだろう。昔から祐姉さんは将棋とかの戦略系のゲームが得意だったから。
「でも…5人いなきゃ作れないんだよ?」
「知ってる。お前で5人だよ春色」
「はあぁ?いつの間に人集めたの?!」
「もう去年のこの時期にはここの学校の教師になるって決めてたからな。1年かけて厳選に厳選を重ね集めたが?」
「そんなこと聞いてないよ?!」
「言ってなかったからな…っと。ここだ」
そうこうしているうちに部室に着いてしまった。
「さあ、みんなが待ってるぞ」
「あの、祐姉さん?なんで漫研なのかは知らないけど…僕漫画なんか描いたことないし!無理だよ役に立たないよ!だから…ってうわぁ!」
僕の最後の抵抗虚しく、簡単に室内へと放り込まれた。そこには2人既に人がいて…不思議なことに漫画を描くような道具はひとつもない。
「漫画を描く?何言ってるんだ春色」
背後から祐姉さんは呆れ気味に言う。
「漫研は…漫画に出てきそうな奴らを集めて研究観察する私のための部、の略だが?」
「は?」
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