3-8 それからとこれから

 結論から言うと僕の希望で、狩衣さんによる僕の誘拐未遂は残りのメンバーには勘違いだったということにした。

 僕の希望で思い出深いこの廃工場に移動してお話をしていた…そんな感じの雑な言い訳で通したけどめちゃくちゃ探し回ってくれたらしいし申し訳ないことをしてしまった。


 和泉が無事ならそれで良い、と言い切ってくれた九条くんにも、泣きながら何もなくて良かったわと言う浅木さんにも、心配だからこれからは逐一何をしてるか報告してください!なんて怒る河合ちゃんにも、感謝の念が絶えない。


 ところで、半日ごときでどうしてここまで大事の捜索になってしまったかと言うと、我が愛しの妹ちゃんである鳴海が祐姉さんに連絡をして、

 今日の午前中に部活メンバーの何某と会うと出ていったがまだ帰ってこない。

 今日は夕方からあたしと約束がある。

 ハル兄はあたしとの約束を連絡もなしに破る人じゃない。

 何か知っているなら話せ。

 のコンボをキメたらしい。それで祐姉さんから残りの部活メンバーに事情を知っているかの確認連絡が行き…という流れだったとか。


 妹よ…不肖の兄のような姉を信じきってくれていてありがとう…。ちなみに僕のスマホにもメッセージや不在着信が鬼のように入ってた。心労をかけただろうからこれから数日好物でも多めに作ってやろう。


 さて、陸前くんに蹴られた狩衣さんだが、幸いにも打ち身程度で済んでいた。かなり吹っ飛んでたから骨でもいってるかな、と思ったけど比較的軽傷で良かった…。

 そして問題だった狩衣さんの精神状態だがそちらも問題なさそうだった。…いや、問題なさそうというか…問題は…あるんだけど。


 あの後、目覚めた狩衣さんは僕に由緒正しい綺麗な土下座をした。まずそこから話をする体制に持っていくのが一苦労だったが、狩衣さんはもう僕のことは諦める、とのこと。

 そのスッキリした諦める発言の理由が次の僕の悩みの種になってしまったのだが…。


「私、あの、うっすら意識が戻った時に、見ちゃったんです。ハル様が陸前先輩と、その、抱き合ってるところ…!キャッ!お声は聞こえなかったのでなんの話しをしているかは分からなかったのですが、その時のお二人のお顔を拝見し…!えへ、えへへ…そうですよね…!そりゃ私や河合さんや浅木先輩…いや他の女の子と付き合う気なんてあるわけないですよね…!」


 そう言われて僕はどうやら女だとバレた訳では無いぞと思いつつ、かなり嫌な予感がしていた。


「大丈夫ですっ!私、秘密にしますし…!絶対応援しますし…!あの、なんならそっちの方もいけるというか!は初めてですけどかなり萌えるっていうかむしろ主食…うへへ!なので!頑張ってください!モブ女が恋路を邪魔してすみませんでした!えへへ!」


 …そう言われて僕は天を仰いだ。どうやらこの子、僕を男だと思ったまま、ベーコンがレタスな方で今度は思い込んでしまっている。

 思い込みが強いタイプなのは分かったけどまさかの展開。

「カプ名は何…?まそはる…?そらはる…?へへっ」なんて呟く狩衣さんを尻目に陸前くんが


「春色に危害を加えたという一点で一生許さないけど俺と春色を応援するって流れは悪くないな」


 なんて言ってたけど、いいの?陸前くんそっちの人だと思われたよ?


「俺は男でも女でも春色を守るためにいるから問題ない」


 そう言い切られたら、直接すぎる好意に「アッハイ」しか言えなくなる僕。

 女子相手だと同性だし進展とかするつもりなかったから1歩引いた視点から対処出来てたし、もちろん学校で男子からそんな目で見られたりもなかったから、

 正直、異性からの好意に、まっったく慣れてないのだ、僕は。これはやばい。挙動不審になってしまう。

 そんな僕を陸前くんもわかっている上で意識してくれればいい、卒業までに落とせたら御の字、とか僕本人に向かって言ってくるからもう僕の手には負えない…とりあえず何とか表面上だけでも平然を取り繕えるようにならなくっちゃ…!



 ***



 夜、祐姉さんには家に寄って貰った。漫研に急に入部させられた日以来、久々の作戦会議である。作戦会議というか基本僕が文句を訴えて祐姉さんに丸め込まれるだけなんだけど。


 とりあえず今日のあらましは伝えてから、今日の議題に早速入っていくことにする。


「…ってことで、陸前くんに女バレしてるから僕を主軸に置くストーリー構成で資料集めるのやめない?僕が、姉さんが前言ってたモブ系主人公の特徴とか、「男装女子枠」とかいう希少属性とかなのは理解したから。観察対象として部活に残るのは別にいいからさ」


 そう、これだ。

 元々初めの時も「女の僕をラブコメの主人公においてどうすんの?!」という訴えはした。


 それに対して、

 そもそも僕単品としても、「モブ系主人公属性の人間」「男装ボクっ娘」とかいう資料としては是非とも手元に置きたい人種だから入部は覆らないと言われてしまった。…まあ、男子として学校に通わせてもらっているという大きな恩含め、日頃祐姉さんにはお世話になりまくっているから必要だと言われたら入部くらいはする気はあったけど。


 僕を男主人公ポジションにするのもやっぱり理由があったようで、なんでも異性交遊のいざこざが起きないための処置だとか。


 これで本当の男を置いたとして、誰かひとりの女子と付き合い出すならまだしも、自分を慕ってくれている他の女子とも…なんてことになったら流石に部を立ち上げた祐姉さんも立場が悪い。

 でも僕なら男装はしてるけどこれは最近は落ち着いたけど元は一種の恐怖症からの自己防衛であって、恋愛対象はストレート。間違っても付き合う以上に発展する可能性がない、だからドキドキ片想いのやり取り甘酸っぱい青春みたいなのだけ観察出来て美味しいとこ取り!という魂胆らしかった。

 女の子たちに悪いと思わんのか…?と言ったら、「私が何もしなくても春色を好きなんだから何も問題ないだろ。むしろ振られて新しい恋に向かえるかもしれん。良い事尽くし。win-winの関係ってやつだ」と、しれっと言われた。

 そんな流れもあって僕は告白されたら絶対断るルールを作ったんだけど。


 おっと、回想が長くなった。とにかく初めはそうだったとして今!こうなった以上、僕を主軸に置き続けるのはキツいよ祐姉さん…1人には女バレしてるし1人にはBLだと思われてるよ…。


 だと言うのに祐姉さんは何処吹く風。


「問題ない。だって、陸前が春色のこと知ってる元・岬真空だと知った上で勧誘したからな」


「ええ?!!?!」


 驚愕する僕に「いやいや…当然だろ」と竦める祐姉さん。それからニヤリとして続けた言葉に


「私は確かに当初は資料集めが捗ると思ってヒロイン候補を見つけてこいとは言ったが、ヒロインにしろとも、男主人公ものだけが書きたい、とも一言も言ってないぞ春色」


「は?」


「それに私は言っておいたよな?もし気に入ったら、いつでも告白は断るってルールは反故にしてくれていいぞって」


「……はぁーー」


 僕はため息が止まらない。

 どうやらこの人、最初から、「男主人公とヒロインたちのラブコメ」と一緒に「秘密を持った女主人公とヒーローのラブコメ」の資料を同時に集める気満々だったようだ。


「青春は有限だぞ~春色。お前もさ、バレないように迷惑かからないようにって目立たない学生生活ばっか送ってないでさ、好きにやれよ。どうせ陸前がカバーしてくれんだろ」


「…カミングアウト後はそれも織り込み済みって訳か」


「まーな。頼もしいナイト様じゃないか」


 とんでもない人だ。それに、最高にお節介。

 もちろん自分のためもあるだろうし、本人に聞くと絶対買い被りすぎだとか言うだろうけど。

 どうやらこの幼なじみのお姉さんは、

 僕の学校生活に派手な色を付けるためにこんなことを始めたらしい。





 なんとも前置きが長くなってしまった。

 これは事情があり男装して高校に通う

 僕、和泉春色が

 その秘密を隠しながらもアクの濃い美男美女に囲まれて青春をドタバタと過ごすことになるしょうもない話。

 …一言で言えば、ラブコメである。


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こんなの僕の知ってる漫研じゃないっ! 蝋石雪 @MashiroKuhara

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