2-3 狩衣さん(顔が良い)
多分僕に会いに来てくれたのだろうと思いみんなに軽く断って席を立つ。
廊下に出て少し邪魔にならないように扉から離れると、その子も今どき珍しいくらい立派なツインテールを揺らして、素直に後をついてくる。
リボンが青なのでなるほど高校1年か、と納得する。うちの学校はネクタイやリボンを学年ごとで色分けをしており、制服をいくら改造しても怒られないが学校指定のネクタイかリボンを服のどこかにつけていないと校則違反になってしまうので、基本的にそれを探せば相手の学年だけは判別できるようになっている。
余談だがうちの学校は中高一貫。中等部と後頭部の敷地が少し離れてはいるが、基本エスカレーター式。高校の方が外部受験も受け入れているので、少し規模が大きくなっている。妹の鳴海も実は同じ学校の中等部に通っているのだが、やはり敷地が離れているので構内で出会ったことは未だない。
ここでいいだろうと足を止めて女の子に向き直る。目の前に立つその子は緊張しているのか両手で抱え込むように持ったノートや本をぎゅうっと握りしめているのを見ながら、僕は出来る限り優しく声をかけた。やっぱ上級生の教室なんて怖いよね。
「えっと、昨日の子だよね?あの後特に何もなかった?大丈夫だったかな?」
僕の問いかけに首を縦にこくん、と振る。なんて呼んでいいか分からずえっと、と言葉に詰まっている僕に彼女は
「…
と自己紹介をしてくれた。そして何やら言いたげに口を開いたり閉じたりしているので、焦らせないようにそのまま待っていると
「…これ、」
狩衣さんは本に隠すように持っていたらしい可愛らしい包みを渡してきた。
「あの…。い、一応昨日は助かったわけだし、感謝しないでもないから、これあげるわ」
若干上から目線の口調なのに反して、頬を染めつつ視線を逸らしながら言うその姿は大変可愛らしく…って僕は何を考えてるんだしっかりしろ。
「ありがとう」と言いながら受け取ろうとして僕の不注意で指先が触れてしまい、
大変動揺したらしい狩衣さんは包みももう片手で支えていた本類も全てバサバサっと落としてしまう。
「きゃっ」
「あ、ごめん!大丈夫?」
急いで拾うのを手伝おうとして、僕がその本のタイトルを見るのと「ダメ、あっ、拾わないで…!」と狩衣さんが言うのは同時だった。
[これであなたも激モテ!ツンデレのなり方入門編]…?
微妙な空気が流れて無言のまま狩衣さんは持ち物を拾い集め、僕もそれを手伝う。包みだけは僕が持ったまま後は狩衣さんに手渡して、やっぱこれは僕から何事も無かったように話しかけるべきかな?と思っていた矢先、「…男性はツンデレポニーテールが好きと聞いて…」とぽつりと狩衣さんが呟く。
「…なるほど?」
確かに一定の需要はあるんじゃないかな…?現実世界にはあまりそこまでテンプレなひとはいないとは思うけど…?
「ちゅ、中学まで陰キャだったので、高校デビューってやつ、しようと…」
「新しいことをするのには1番始めやすいタイミングだよね」
どんどん赤くなりながらも言い訳というか本の説明をしようとしてくれる狩衣さんに僕の方が申し訳なくなってくる。
モテるために高校デビューでツンデレキャラをはじめてみた…なんて話したくはないだろう。そこまで律儀に話さなくていいのになと思うけどそれを口にしたらしたでなんかまた空気が微妙になりそうなので、僕は大人しく当たり障りのない返事に努める。
「まだ慣れておらず…不安でこの教科書を…持ち歩いておりました…」
「なるほど…」
なるほどしか言えない僕の語彙力…!無い語彙を捻るんだ…!せめて、せめて一言、気の利いたやつを…!
「…その、すごく上手くできてたよ」
捻り出してこれ。絶望的すぎる。
それなのに狩衣さんはちょっと微笑んで「ありがとうございます…」と言ってくれる。優しい。
「でも、私には向いてなかったです…。上級生に偉そうに話すのはハードル高すぎでした…別キャラを模索する所存、です…舐めた口きいて申し訳ございませんでした…」
何やら所々硬い言葉を交えながら深深と頭を下げる狩衣さんに、頭を下げられるようなこと何一つしていない僕はそんなの気にしてないよ頭上げて?!と逆にワタワタしてしまう。
というか狩衣さん、今のままで十分キャラ立ってるんじゃないかな?
そう思ってたのがつい口から出てしまう。
「…えっと。そのままで十分可愛いと思うよ?」
セクハラかお前は!自分で自分にツッコミを入れる。そういう意図じゃないんだごめん狩衣さん…!
でも気持ち悪がられるんじゃないかという僕の予想に反して狩衣さんは少しキラキラした目でこちらを見て
「え…えへ。い、和泉先輩がそう言ってくれるならこのままで…えへへ」
なんて笑っていた。良かった…下級生にセクハラ発言したとかで人権失わずに済んだ…。
包みの中はチョコだと説明して何度も昨日のお礼を改めて言いながら、狩衣さんは去っていった。
僕は包みを開けて中のチョコを取り出し(可愛らしい形をした、the女の子の手作り!みたいなチョコだ。)口に放り込もうとして背後から手を抑えられる。
振り向くとそこにはいつからいたのか陸前くん、そして他3人も何故かいた。
「春色…人からものを貰った時には毒味を俺に」
「現代社会に生きるゴリゴリの一般人の僕に毒味は必要ないかなぁ」
真面目な顔でアホな提案をする陸前くんに断りのツッコミを入れつつ、何だかこの1日ちょっとで既に陸前くんの扱いに慣れ始めてる自分が居ることに少し遠い目をしてしまう。
九条くんに今のは?と聞かれて昨日助けた子だと簡単に説明すると
「春くんは大丈夫だったの?心配…怪我したりしてない?」
「お前はそうやって無差別に美を振りまくんじゃない。お前の光に当てられて更に害虫が増える恐れがあるだろうが」
と2人に別々の観点から心配をされた。九条くんの方は何を言っているのか分からない。
「うーん。さっきの子、クラス違うからか知らない子ですねぇ」
と、河合ちゃんが「ふーん。狩衣さんって言うんだぁ」などと呟いているのを聞きながら僕はそういえば、と首を傾げた。
昨日出会ったばかりで、その時名乗ってないのになんであの子は僕の名前を知っていたんだろう?
教室前で聞いたんだろうか?
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