第18話 真糸の出張

「出張ですか。別に良いですよ。」


 咲真真糸は上司に突然の出張を言い渡される。

 横に並んで立っている同僚の武田にも同じ事は耳に入っている。

 


「来週の日月で一泊二日となるけど、特に接待があるとかないから夜は普通にホテルで寛いで構わないよ。」


 飲酒の場があまり得意ではない、好きではない真糸にとってはそれは有難い申し出でもあった。

 仕事は勿論全力を尽くして務めるが、それ以外は業務外となるので真糸はホッとしている。


 日月と仕事のため、火曜日は公休となる。


 一つ心配なのは自宅にある花達の事だった。

 もっとも一日くらいであれば、水やりがなくても枯れる事はないが、それと心情は別である。


「それで一泊二日ってどこなんです?態々宿泊って事は近くはないけど遠くもないって所なのでしょうけど。」



「咲真と武田の二人で群馬の〇〇まで行って欲しい。そこで新製品の説明と実演をして欲しいとの事だ。」



 真糸と武田は出張の件を承諾すると通常業務に戻っていった。

 隣接する社員からは出張良いなぁなどとささやかれていた。




 休憩室で缶コーヒーを片手に真糸と武田は並んで座っていた。

 同じように休憩している他の社員もまばらに休んでいる姿がある。

 休憩時間は特に何時と決まっているわけではない。

 昼食時間以外は個人で適時取るようになっている。



「咲真、群馬の〇〇って事はだよな。仕事の後に温泉に浸かれる出張って良いな。」


 歳は一つ下だけど、同期としてしっかりと徹底している武田。 

 社会は入ったもの順というのが定説なので、間違ってはいない。

 人によってはそれでも敬語を使う人もいるのだけど、武田は普通に同期として真糸とは付き合っていた。


 真糸自身、そこに対して何も思っていない。寧ろ同期として扱ってくれている事に好感も抱いている。


 


「温泉に浸かれるかも知れないけど、翌日も仕事あるから浮かれてはいられないだろう。」

 真糸も同期に対しては砕けた口調をしている。

 無関係や少し離れた関係、女性陣や上司に対しては丁寧な言葉を使っていた。 

 武田という同期は、真糸の数少ないタメ口を使う存在であった。


 上司からの出張は同じ地域の二つの企業に新製品の実演説明を行うというもの。

 何度も出張させると、経費も人的にも嵩んでしまうので、上手く日程を調整して一泊二日になるように設定したのは上司の手腕によるものだった。


「スーパーコンパニオンは自腹だからな。」


「呼びませんよ。」


 休憩中、偶然一緒になった上司から釘を刺される武田。


「まぁ武田だしな。そういうイメージが強いから言われても仕方ないだろう。それに同じ部屋に呼ばれても俺が困る。」


「だから呼ばないって……一人部屋だったらわからないけど。」


「いや、本当に止めような。仕事で行くんだから。」


 菊理を強引なナンパから救ってから真糸の態度や口調が少し柔らかくなっていた。

 武田はそれを強く実感している。以前はこうして休憩していても殆ど口を開かなかった。

 聞かれた事に対しては返事をしていたけれど、会話のキャッチボールのラリーまではしていなかった。


 一つ聞けば一つ答えるくらいであった。

 今みたいに態々自分から入り込んで来る事はほとんどなかった。




「花にもよりますが、一日くらいでしたら大丈夫ですよ。」


 仕事も終わり、帰りにロイヤルガーデンしろやまに寄った真糸は出張で一日家を開けるため、花の水やりについて尋ねていた。

 残念ながら菊理は本日休みなのか見当たらない。

 真糸によって他の顔なじみは店長くらいだ。他の店員は顔と名前はわかるけれど、それほど会話が出来る程でもなかった。

 そのため、真糸は店長を見つけると話しかけたというわけだった。



「あ、それと先日はありがとうございます。例のお礼という事で戴いた機会でしたが、遊園地なんて子供の頃以来だったので、とても楽しめました。」

 真糸は15度頭を下げた。会社で染みついた会釈である。


「いえいえ、大事なウチの店員エースを救ってくれたお礼ですし、それに彼女は私の大事な従姉妹……妹みたいなものですからね。」


「そういえば……同じ白山さんでしたね。今言われるまで気付きませんでした。」

 苗字が同じだなとは気付いていたので、親族なんだろうなとは感じていたので今気付いたというのは語弊がある。

 確証がないし、態々聞く事もなかったので気付かない振りをしていた。

 それにこうして話の中で確証を得た時の謳い文句にもなる。



「でもあれ……カップルチケットでしたよ。新聞屋も何を考えて配ってるんですかね。」

 ただのペアチケットだと思っていたので、当日受付に行くまで真糸は知らなかった。


「おほほ、そうですね。最近の新聞屋はおませさんなんですかね。」

 あのチケットは新聞屋がくれた事になっていた。茶梅は菊理にそう言って手渡し、菊理も軽く真糸に説明しただけだった。

 実際は茶梅が購入し、期限が近い事を確認してあの時期に行くしかないような裏事情もあるが、これは茶梅の心の中にしまってある。



「水やりの事を聞かれるって、どこか長期のお出かけの予定でも?」

 茶梅は余計な事と思っていたけれど、真糸に訊ねた。


「来週の日月と泊りがけで出張となってしまいまして……ちょっと群馬まで……」


「ほぅ……」

 真糸には聞こえない程度の声を漏らした。悪魔の頷きと言うべきだろう。


「実は当店も来週の日月と臨時休業なんですよ。」

 

「結婚式の花飾の仕事を受けておりまして。実は新婦が私の友人なのでそういった仕事が回ってきたと言えなくもないですが。」

「田舎故に大手ウェディング会社を通してないので回ってきたとも言えますけどね。」


 新郎新婦の職場と実家が絡んでいる話なのであるが、まさかこの結婚式と出張が真糸と菊理を引き寄せる事になるなどとはこの時は誰も想像していいない。

 この場合は引き寄せるではなく、造語・当て字になるが「惹き寄せる」が適するかもしれない。


「そのため月曜日に来店されてもお休みですと伝えたかったのです。」


 基本的には金曜日に来店している真糸であるが、それ以外の曜日に来店しないわけでもない。

 念のため伝える程度の話だったのだけれど、茶梅も従姉妹の事を考えてか少し余計な事を口にしていたに過ぎない。


 

 真糸は少し店内を回りますと花を観覧する。

 菊理がいないのでどうしようかと思ったけれど、せっかく寄ったのだからと秋の花を見て回っていた。


「秋といえば秋桜か、あぁでもあの作品の事を考えれば金木犀かな。」


「出張は佐賀ですか?」

 サガに纏わり、金木犀が関係しているといえば……


「愛ちゃん推しです。それと出張先は佐賀ではありません。残念ながら隣県です。」

 突然聞こえてきた声に返答をする真糸。

 それは不意打ちにも等しく、条件反射で答えていた。

 質問された事柄にサガに纏わるゾンビィに関した作品となると一つしかない。


「へぇ、イメージと違いそちらの話も合いそうですね。ちなみに私はサ〇ちゃんです。参考までにきくりんは純〇推しですよ。」


「きくりん?」


「あの子の学生時代の渾名です。あ、これはオフレコでお願いします。」

 ある意味では個人情報であるし、客との突っ込んだ関係は良くないと考えてもいたので、真糸はこれ以上は聞かないように考えていた。


「あまり外出もしないので、必然的にテレビも夜点ける事が多いので。多少は深夜の番組も見る事が増えました。これはオフレコでお願いします。」

 お互いに秘密を言い合うというところで、おあいことする事にしていた真糸だった。


 それにしては推しとかコアな言い方を知っているなと思った茶梅であるが、これ以上の深い話は控える事にした。

 それこそ本人達が会話の中で引き出しあえば良いと。



 金木犀の花言葉は「謙虚」「初恋」

 当人も気付いてはいないけれど、今の真糸には合っている言葉だった。


 この言葉を知っていれば、過去に過ちを犯していなかったかもしれない。


 

「ありがとうございました。」


 結局真糸は金木犀の花を購入していった。

 最近は明るい花も購入するようになっていた。

 特に意識をしているわけではない。


 無意識に、マイナスイメージのある花言葉を持つものより、明るいプラスイメージを持つ花を選ぶ事が増えていた。

 花からすればそんなもの迷惑でしかないのだけれど、真糸の心境の変化の現れなのかもしれない。

 今日もまた、真糸の部屋の住人は増えていく。


 初めて花が部屋に置かれるようになってから、季節はまた一つ廻っていた。

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