第15話 希望をへし折るから絶望という
真糸は続けてアナウンスされた菊理の味噌カツ煮定食の札も預かった。
自分が持ってきますからと、遠慮する菊理から番号札をもらい受ける形で。
その際当然僅かながらも手が触れて戸惑う仕草は、「昭和の中学生かよっ」と周囲に突っ込まれてもおかしくはなかった。
プレートに乗った二つの定食。例の店員が何故か「これサービスしとくよ。」とヤクルトを一つずつ置いてくれていた。
この後行われるクライマックスシリーズで、ヤクルトを飲み干して欲しいというおばちゃんの個人的な事情だった。
おばちゃん曰く、「今年は関西ダービー期待出来してたんだけどねぇ。」との事である。
真糸は「はぁ、そうですか。」としか返しようもないが、貰えたものに関してはきちんと礼を言って受け取った。
職権乱用とかコンプライアンス違反とかは大丈夫かと心配したが、「良いの良いの。普段は子供に勝手におまけしてる分だから。」との事だった。
「いただきます。」
真糸は運んできた定食をテーブルに置くと、空腹を満たすためにカラっと揚がった唐揚げを頬張る。
同じく味噌カツを頬張るのは菊理。小さな口の中のどこに消えたのだろうという程の一口だった。
こういった施設の食堂ではあるが、提供される飲食物は定食屋などと比べても遜色はない。
二人のペースを見てみるとそれは垣間見れる。
きちんと咀嚼しているにも関わらずペロっと平らげていた。
それは他の来園者も同じで、喋りながら食べている人やいちゃいちゃしている人以外のペースは早いものだった。
それ故に回転も早く、滅多な事では混雑はしない。
「ごちそうさまでした。」
二人は箸を置いた。食べ終わる速度は若干真糸の方が早かったけれど、小さな口の菊理は真糸を待たせる事はなかった。
「あ、ソースついてるよ。」
こういうのは黙っているのが良いのか、回りくどく話を逸らしながら伝えるのか、ストレートに伝えるのが良いのかは人によりけりだ。
完璧お淑やか超人にも見て取れる菊理の、意外にも抜けているところを見れたのが珍しかったのか、真糸の態度も軟化していた。
「えっ、どどっ、どこですか?」
こういう時は鏡を取り出して自分で拭いたりするものだが、軟化した真糸は身を乗り出すと自身の指でソースを拭き取った。
せめてナプキンを使えと、隣人が居ればツッコミを入れるところだったが、一瞬の事で菊理も反応しきれていなかった。
真糸が何も考えずにそのソースを自分の口に運んだからだ。
「……オンドゥルギッタンディスカー」
菊理の言動が壊れてもしかたがなかった。
その様子を見て、自分が何をしたのか漸く悟る真糸。
菊理が再稼働するまで待つと、真糸は平謝りをし事なきを得る事に成功する。
夕方帰る前にパフェを御馳走するという事を条件に……
周囲の独り者達から「このバカップルめっ」という声がいくつか漏れ聞こえていたが、真糸は甘んじて受け入れていた。
午後のアトラクション廻りは、一人だったら絶対に乗らないものの一つ。
池の中に浮かぶアヒル型ボートに乗って二人で漕いだり、3m程の高さのレールの上を二人で漕いで進む車だったりと楽しんだ。
端から見ればどう考えても恋人にしか見えない行動にも、二人は徐々に慣れつつあった。
どこか「気にしたら負けである。」とタカをくくったのかもしれない。
楽しんだモン勝ちという事に気が付いたようだ。
「ほ、本当に入るんですか?」
そのアトラクションを前にして菊理が震えながら問いかける。
菊理以外にも、周囲の人達も怖そうだとか止めようとか言っている。主に小さな子供達である。
真糸としても苦手なジェットコースターに乗ったのだ、自分だけ苦手なものを乗るなんて割に合わない精神が発動したのか、二つあるうちの一つのお化け屋敷の前に来ていた。
もう一つの方が恐怖度で言えば上であり、今真糸達が行こうかと迷っているお化け屋敷は乗り物に乗って自動的に出口まで進むタイプである。
最近の主流は自分の足で歩いて廻るタイプの方が多いので、こういった旧式は数を減らしていた。
各ゆうえんちも集客のために様々な工夫がなされている。
ここも当然昔のままというわけではない。
怖いだけのお化け屋敷は、飛べない豚と同じなのである。
列が進んで行くと、それまで意識していなかったため気付かなかったが、前の列に違和感を覚えていた。
それは真糸達の直前に、どこかで見た親子が並んでいたのだ。
このお化け屋敷は身長制限もないため、小さな子供でも親同伴でなくとも乗る事が出来る。
どうやら子供同士、親同士で乗るらしく、最初に子供達が乗り、親同士がその次に乗って旅立った。
その次に順番のやってきた真糸と菊理が乗り込んだ。
覚悟を決めた菊理は乗り込むと同時に真糸側へ詰め寄った。
「こここっこわっ、こわくなんかないんだからねっ。」
精一杯の強がりを言うが説得力はなく、その身体の震えは隣接する真糸にはっきりと伝わっていたが声には出さなかった。
「大丈夫だよ。ホンモノはいないんだから。本当に怖いのは夜中でもガンガンドアを蹴飛ばす借金取りとか、平気で携帯弄りながら信号無視とかする人間の方ですよ。」
それはフォローになっているのかわからないが、真糸なりの激励だった。
しかし菊理にはその言葉は届いておらず、かちかちと歯を鳴らして怖がっていた。
「夜トイレにいけなくなるぅ。一人でお風呂に入れなくなるぅ。」
中々に刺激的な恨み節を口にしていた。
お化け屋敷の車はまだ動き出したばかり。暗い場所にすら移動していない。
もう少しで暗闇へ……といったところで前方から声が響いた。
「おまえなんか夜のパパよりこわくなんかないぞー」
前の前を行く子供の声が響いて真糸と菊理の耳に届いていた。
どうやら兄の方がお化けに向かって叫んでいるようだった。
妹を守ろうと大きな声で威嚇しているのだろう、その言葉の真意はともかく頼もしい兄である。
そして真糸と菊理はというと……
ついに暗闇に突入するや否や。
「ひゃー」
悲鳴を上げて恐怖を吹き飛ばそうと懸命になっていた。
「きゃー」
「わきゃー!」
風が横から襲い掛かってくる。まるで夜の墓地にいるかのような感覚。
もっといえば、魔界村を散歩しているかのような感覚。
残念ながら槍も松明も短剣もない。
夢で終わらせないで有名なゲームのパンデミック映画に出演している犬のような生き物が襲っては去り襲って崩れ落ちていく。
一応観客たる主人公サイドがやっつけてる体なのだろう。
しかしその崩れ落ちる描写がおぞましく、せっかく倒してるのにより怖いという二段階の脅しでもあった。
溶けて良いのは異性の衣服だけだという事が理解出来る瞬間でもあった。
「もういやーっ」
音楽も効果音も映像も、オブジェも観客たる主人公達を刺激していく。
真糸は「おぉ」くらいの反応だが、菊理は声帯大丈夫?という程の絶叫マシーンと化していた。
「こっちへこないでー!なにかがふれっ……」
乗り物に乗っているから迫りくるナニカから逃れる事は出来ない。
頬にスライムかこんにゃくのようなものがぺたっと張り付き、恐怖は一層と増していた。
「ころしてーもうころしてーっ」
血の付着したナイフを持った殺人鬼のゾンビメイドちゃんと、チェーンソーを回してるゲームの主人公みたいなのが襲い掛かって来る。
「もろこし?」
菊理の悲鳴に変なツッコミを入れる真糸。絶叫マシーンと違い真糸は常に冷静かつ平常心で……もなかった。
言葉には出せていないが、腕に色々当たっているのだ。「当たってますよ。」「当ててるんですよ。」なんて言葉の応酬も出来ないくらいには。
がっしりと腕を掴まれている真糸は違う意味でピンチでもあった。
当たっているだけなら羨ましい奴というだけなのだが、菊理が絶叫する度に腕をもがれそうなほど引っ張られるのだ。
先程までのお淑やか完璧超人はもはやどこかへ消え失せていた。
「あなたをころしてわたしもしむー」
しぬがしむになっていても気にならない。
どんな絶叫だよという返しもしない。
真糸は天国と地獄を同時に味わっているのだから。
数々の恐怖ゾーンを通り過ごし、終焉の陽が二人の前に……
「まぁだぎでねぇー」
これはお化けの声だ。随分とコミカルな言葉をお化けっぽく「また来てね。」とアピールしていた。
しかしそのお化けの姿はおどろおどろしく、希望の光を見た後に見るものではなかった。
もう終わると安堵したところで、血まみれ脳漿炸裂したゾンビのような受付のおねーさんが登場すれば、大抵の人が恐怖を抱くだろう。
そういえば少し前に「今度は負けないからなー」という兄らしき子供の声が聞こえていた。
一体今回は何に負けたのだろうか。それを確かめる術は真糸にはない。
この子供のおかげで、お化け屋敷が喜劇屋敷にも思えていた。
「た、立てません。ガクブルガクブル。」
菊理はカチカチと歯が16連打しており腰が抜けているようだった。
「おにーさん、これはもうアレをやるしかありません。」
何かを煽って来るお化け屋敷担当の従業員の女性が声を掛けてくる。
ちなみに「また来てね。」と言ったおねーさんである。つまり脳漿ブチ撒けメイクのおねーさんである。
「アレ……とは?」
真糸は聞き返した。みなまで言わなくても、真糸自身にも想像は出来ていたが自ら口に出すのは阻まれるようだ。
従業員の女性はゆりかごを示すように両の手のひらを上にむけ揺らしていた。
言葉にせずとも伝わっている、この女性はお姫様抱っこをしてとりあえず出てってくださいと言っていると。
「やらなきゃだめですか?」
「やらなきゃだめです。次のお客様が出発出来ませんので。」
それを言われては真糸としても実行しないわけにはいかない。
「菊理さん、運びますよ~。」
真糸は身体を入れると従業員に促されるようにお姫様抱っこをする。
未だ怖いのか身体は小刻みに震えていた。
「暗いところ怖い。」「おねーさん怖い」と何度も呟いていた。
真糸が菊理を運んで行くと、残された従業員は車を清掃していた。そして誰の事を見るわけでもなく口を開いた。
「ちっリア充爆発しろっ」
従業員女性(29)の心の叫びが木霊した。
「そうだそうだー」
他のお化け役(?)からも賛同の声があがっていた。
しかし、本当に役かどうかは確かめようもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます