第14話 フードコート

 ベンチに言葉を発することなく座っている男女。

 片手にはこの遊園地で販売されている紙コップ。

 紙コップには遊園地のロゴが記されている。中には透明な液体と氷。

 零れないようにキャップがされており、その一端にはストローが差し込まれている。


 しかしその中身は数口分しか減っていない。

 減っても暫くすると溶けた氷で量は戻ってしまう。


 あまりの絶叫振りに真糸はダウンしていた。

 一方の菊理ははしゃぎすぎてダウンしていた。


 ジャイロボールの後も二つ程絶叫マシーンを乗った二人。

 もちろん一つ一つのアトラクションの間には時間を置いている。

 情けない話かもしれないが、真糸は合間に5分程のベンチタイムを設けて貰っていた。

 しかし菊理はそんな真糸に幻滅することなく付き従っている。

 

 人間、得手不得手あるのだからこういうところがあって然るべきだと思っていたからだ。

 ただ、普段の冷静な大人びた態度から受けていたイメージとは違って、思いっきり怖がっていた真糸の姿に可愛いなと人間味を感じていた。

 強面ヤクザみたいな人が、甘い物好きとかギャップ萌えで好印象というのと似ている。

 実際プロレスラーにもそういった人はそこそこ存在する。

 

 周りのカップル、家族が次々楽しんでいちゃいちゃしている中、真糸と菊理はベンチで投手交代を待っていた。

 ジュースのカップ周辺が結露で水滴を作り、手を冷やしていく。

 垂れた水滴は真糸のズボンに染みを作っていく。

 

 照りつける太陽のせいか、その染みは時間を掛けずに消えていく。


「開幕3連続絶叫マシーンは……遊園地から遠ざかっていた身としてはかなり堪えますね。」


 真糸は純粋に絶叫マシーンに参っていた。

 しかし菊理は別の事でテンパっていた。

 一つのアトラクションを終える度にフラついて抱き付かれるのだ。

 男性に免疫のない菊理には戸惑う事ばかりであっても仕方がない。


 もちろんそれが、不謹慎な意味で抱き付いてきているわけではないから嫌がる事も出来ない。

 寧ろ、嫌というか安心を覚えていた。

 なぜ安心なのかは本人にもわかっていない。


 自分を頼ってくれる……というのは正解であり違うかもしれない。

 

「うわっ」


 突然真糸の吃驚した声が響く。

 真糸の頬にはジュースのカップと菊理の細くて白い指。

 指毎冷たい感触を味わえば吃驚もしてしまうもの。

 

 小さな子供が、妹だろうか……兄が手を繋いで横について引っ張っている。

 その先には風船を配っている、この遊園地のマスコットキャラクターである「カバ組長」 

 着ぐるみの中は大変だろうなと大人の視点では考えてしまうが、子供は中に人はいないと信じている。

 兄がカバ組長の前に着くと、組長はピンク色の風船を妹の方に差し出した。


 妹がそれを受け取ると笑顔となり、兄はそれを誇らしげに見ていた。

 当然次に兄も緑色の風船を受け取ると笑顔となった。

 二人は組長の足に抱き付いてから去って行った。


 その先には若い夫婦の姿。JKとも見間違う程若く見える母親に、周囲で見ていた人は驚いていた。

 夫婦だとわかったのは、兄妹が「ぱぱー」「ままー」と呼んでいたからに他ならない。

 JKには見えるけれど、実際は23,4なのだろう。


 その風船の一部始終を真糸と菊理は見ていた。

 真糸の頬にジュースのカップを当てたままの状態で。


「アツアツですね。」

 菊理が口を開いた。目の前の家族の微笑ましい状況を見ての事だろう。


「暑そうだね。」

 カバ組長の様子を見ていた真糸は答えていた。


 ジュースを自分の元に戻した菊理は恥ずかしさを払拭するためか一気に飲んでしまう。


「うぷっ」

 色々なモノをどうにか堪える。それもそのはずで、この透明な液体はジンジャエールだったりする。

 つまりは炭酸飲料だ。年頃の女性であれば、異性の前で粗相するわけにはいかない。

 「うぷっ」であれば可愛いで済ませられるのだが、菊理にそこまでの計算はない。

 人前で出したら恥だと思っていたくらいで、可愛くみせようという意図はない。

 絶叫マシーンで叫んだから喉のためにもと、生姜でもあるジンジャエールにしたのが正解なのか間違いなのか。


 真糸もそれに続いて残りを無理なく飲み干した。


「次、行きましょうか。」


 真糸が立ち上がると右手を差し出した。それはもう自然に差し出したものだから、菊理も自然とその手を取って立ち上がった。


 


 その後はコーヒーカップにメリーゴーランドといくつかのアトラクションを懐かしみながら楽しんでいた。

 コーヒーカップで回し過ぎて、今度は菊理の方から抱き着いてしまったのは愛嬌か。

 優しく抱き留める真糸を見て、周りの人も「おー」と声を上げたりしていた。



 午後も少し過ぎたところで昼を取る事にした。

 実のところ、本当は菊理は手作りで何か作ってこようとしていた。

 しかし、叔母である店長から、いきなりそれはハードル高いからよしておきなと言われたので断念していた。

 最初から作る約束をしていたのなら別だろうけど、やはりそこまで親密になっていない状態では高レベルスキルだとも実感していた。


 フードコートに入ると、何が食べたいかという話になる。

 最近のフードコートには様々なものがある。

 一昔前であれば、ラーメン、焼きそばなど定番メニューしかなかったものだけれど、ちょっとしたレストラン並みにメニューは豊富だった。


「何か好きなものとか食べたいものってあります?」

 真糸が菊理に訊ねた。菊理は複数ある店舗とメニュー表見て悩んでいる。


「う~~ん。味噌カツ煮定食かとんかつ定食でしょうか……」


 そこまで言って菊理は「ハッ」とした。女友達と一緒の体で言葉を漏らしていた。

 菊理は言葉の通り、それなりに肉食なのである。胸が示す通り、太らない体質なので……油断していたのだ。


「別に変な事じゃないから気にしなくても。まだまだ回るわけだし、体力も必要だしがっつり行くのも頷けるけど……」


 実際真糸も唐揚げ定食かラーメン定食にしようと思っていた。

 それを伝えると、菊理はホッとしたように安心していた。


「では私は味噌カツ煮定食にします。真糸さんは……はっ」

 あまりに自然に出てきた名前呼びに、呼ばれた真糸自身が驚いて耳を一瞬疑った。

 

「俺は気にしませんよ。呼びやすい方で呼んで貰えれば。真咲も真糸も【ま】で始まりますからややこしいとは思いますし。さらに同じ三文字ですから。」

 気付いた菊理は耳まで真っ赤になってあうあう言っている。

 これまで異性の下の名前を言葉にする機会もなかったために、抱き着いてしまった時と同じ位の恥ずかしさを感じてしまっていた。



「では俺は唐揚げ定食にします。注文に行きましょう、菊理さん。」


 真糸は敢えて自分も下の名前呼びをする事で恥ずかしさを消してあげようと思ったのだけれど……


「あうあうあ~」


 逆効果であった。真っ赤に真っ赤を重ねて、もはや表せないくらいの赤が菊理を襲っていた。

 ダメ押しに、手を繋いで前に進んだ事が「ぷしゅ~」となるトドメとなった。




 それから5分後、漸く注文に辿り着く。

 店員のおばちゃんに、「若いって良いわねぇ」と言われてしまった二人だった。


 出来上がるまで少し時間が必要との事で先に席を確保する事になる。

 水と食券を持ち、向かい合わせで座れる席を確保した。

 カップルや家族連れ、友人同士などでグループになっている場所が多く、探す前は席の心配をしていたものだが、実際にはゆとりを持って席を確保する事が出来た。


 

「中学生の頃ならクリームソーダとか頼んだかな。」

 座席にも置いてあるメニュー表を見て菊理が言い出した。

 一昔の中華屋のような白地に黒の文字で書かれたメニュー表。

 ある意味では趣が合っているし、古くからあるこの遊園地にはマッチしていた。



「クリームを鼻下につけて【髭男爵】~とか言って遊んじゃうとかかな?」

 真糸はクリーム系のネタと言えばこれでしょ!みたいに返す。

 

「ぷっふふふっ」

 菊理が突然笑い出した。


「失笑でしたカーズ様。あ、いえ。白髭を付けてる姿を想像したら……」 

 右の人差し指の背を鼻下に置いて笑いを堪えている菊理の姿に、妙な安心感を得る真糸。

 やっと笑ってくれたという安心感が、緊張を良い意味で破った。


「4番の番号札をお持ちのお客様~」


 真糸の唐揚げ定食が完成を告げるアナウンスが、先程聞いた「若いって良いわねぇ」の人の声だとわかった。

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