第13話 ジャイロボール
真糸と菊理がカップルチケットの真実に虚をつかれて唖然としていると、受付の女性と後ろに並んでるカップルが「はよなんかくっついたりしろよ。」という目線を送って来る。
正確には二人にはそのように見えていた。
実際には受付のキャストは営業用スマイル、後続のカップル自分達はどうしようか前の二人と被らないと良いなという好奇心を孕んでいるだけであるが、当の真糸達が知るはずもない。
時間にすれば数秒であるが、数分にも数十分にも感じてしまう。
背中に冷や汗でも流れているのではという錯覚にも陥る状況に、真糸は決心をする。
視線を送るが菊理に通じているかわからない。真糸はこのまま時間だけが過ぎて他の人に迷惑にならないよう、菊理へ身体を寄せた。
キャストに聞こえない程度の小声で、「嫌でしたら後で謝ります、このままだと他に迷惑かけてしまいますので。」と言って身体を密着させると腕を背中に回した。
「おー」
キャストが羨ましそうに二人を見ている。リア充め、やっと行動に移したかという目ではない。
「あ……」
菊理は突然身体が密着し、真横に真糸の顔があって、囁かれて……
無意識のうちに自分も腕を真糸の背中に回していた。心臓の鼓動が高鳴り、自分の感じる温度が高くなっている事を実感する。
10月と言えども暑い時、涼しい時は混在する。今は確実にアツアツで間違いはない。
その証拠にキャストの次の言葉で明らかとなる。
「あーもう、こんちくしょーあつあつだですねー、ひゅーひゅーだよっ。というわけで、当園を心行くまでお楽しみください。」
2秒程度の抱擁はキャストの声で強制解放させられる。後ろのカップルは自分達はどうしようかと話し合っていた。
真糸はカップルチケットを収納するパスケース(ハート型)を首に掛けられる。
続いて菊理にも同じものを首に掛けていた。
真糸は水色、菊理はピンク色と、男女でわかり易い作りをしていた。
各アトラクションは、このケースに入れたチケットの半券を見せるだけで乗れる仕組みとなっている。
態々財布や鞄から出してから見せなくていいので、便利ではあった。野球などのスポーツなどでも利用している人は多い。
ただ、ハート型なので恥ずかしさは拭えない。
何歩か進んで真糸は横に着いて来ていない事に疑問を感じ後ろを振り返る。
「嫌じゃありません……」
菊理は消え入りそうな声で答えていた。
少し遅い返答ではあったが、真糸には聞こえていなかった。
☆ ☆ ☆
「本当コレから乗るんですか?」
既に並んでいるのに往生際の悪い事を言い出す真糸。
真糸達が並んでいるのは、何故か入場口から直ぐにあるジェットコースターの列に並んでいる。
「最初に乗ってくださいと言わんばかりに聳え立ってますからね。」
入場口前でカップルチケットの真実に気付いた時の菊理はもういない。
おどおどしてなければ消極的でもない。
他の来園者も最初に並びに行く人は多い。ぞろぞろと列の後ろに並んでいた。
「えげつない回り方をするんですが……」
誰が命名したのか、このジェットコースターの名前は「ジャイロボール」
スタート直後からジャイロ回転のように右回転をしながら真っ直ぐ進む。
そのまま2回も円のように回る箇所もある。
「楽しいと思いますよ。」
真糸、遊園地に入って早々死を覚悟する事になる。
刻一刻と迫って来る。少しまた少しと人は前へと進み、死刑台に送られていく死刑囚のようだった。
20分もすれば自分の番が来る。先程大体20分待ちのラインを超えたのを目にしていた。
周囲では楽しみだとか、怖そうだとか、両極端な意見が飛び交っている。
昨日のテレビ見たとか宿題やってないとか関係ない話をしている者達もいる。
夏は終わったというのに、太陽の熱がぶり返してきているように思えてくる。
真糸の背には謂れのないプレッシャーと冷や汗が同居していた。
横に女子がいるのに逃げるわけにはいかない。
これでもかつては何人もの相手を病院送りにしてきたのだ。ここで逃げるわけにはいかない。
「はーい。ここで区切らせていただきますねー。」
キャストの明るい声が響く。
「え?」
キャストが区切ったのは真糸達の前だった。それはつまり次の回の先頭になるのが真糸と菊理という事になる。
どこに座っても大して変わらないのだけれど、それでも一番前は怖いイメージがある。
後ろであれば、前の人の様子が見れるだけまだ心理的なゆとりが生まれるのかも知れないが、一番前だと見えるのはレールと景色だけ。
落ちる時は一番最初というのだから一番前に限りは少し恐怖が大きいかもしれない。
「だ、大丈夫ですよ。ジョジョ宴に行って、お会計の時に財布がない事に気付くよりは怖くはありません。」
菊理の言葉が勇気付けになるのかはさておき……
前のグループが終わりスタート地点に戻って来る。
レールの音と同じくらいの声が響いてくるのが真糸には恐怖を増大させてしまう。
覚悟を決めて真糸は死刑台と相違ない一番前の座席に座る。
隣には楽しそうに乗り込む菊理の姿。
死刑台の椅子に座ると上から逃亡防止と言う名のロック装置が……安全装置と安全バーがセットされる。
「あ゛……」
「ひゃぁっ」
その言葉を最初で最後にジャイロ回転をしながらコースターは進んでいく。
そして真糸が次に気付いた時にはスタート地点に戻っていた。
決して気絶をしていたわけではない。目を瞑っていたわけではない。
怖いと思って心を無に努めたら、あっという間にぐるんぐるん回って過ぎていただけだった。
その間中、隣の菊理からは「ひゃー」とか「きゃー」とか言う声が聞こえていたけれど、その言葉の中には楽しいという感情が乗っていた。
統計を取ったわけではないけれど、怖いと言いながらも女性の方が絶叫マシーンを楽しめる傾向にある。
あの悲鳴はイコール楽しいという感情の現れなのだと。
「ちょ、ちょっといきなりハードモード……いや、鬼モード……」
真糸の足はふらついていた。
どうにかアトラクションの出口は出る事が出来たが、おっとっとと菊理に向かって身体がふらついて菊理に抱き付いてしまう。
奇しくも入場口でやったハグの形となっていた。
「ひゃいっ。」
そして抱かれた菊理は奇妙な声を上げてしまう。
「あ、ごめんなさい。頭がぐるぐるで……」
いきなり抱き着かれた事で今度は菊理の脳内処理がハードモード、鬼モードとなっていた。
しかし男性が苦手というのはどこへやら、引き離すどころかそのまま身を流れに任せていた。
真糸を見ていた他のカップルも、真糸の行動を真似するようにふらついて抱き付いていた。
完全に真糸達の二番煎じではある。
もうしょうがないなぁと背中をぽんぽん叩かれている彼氏多数。
今、この瞬間だけ、数組の男女がシンクロしていた。
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