第22話 素直になれば桜は咲くのでは?

「あっという間に終わってしまった。」


 説明と実演のプレゼンテーションを終えると全てが終わったという達成感と脱力感が襲ってくる。

 それはどのような仕事やどのような場所であっても大差はない。

 武田は温泉町の二日間が終わってしまった事にごちた。


「今日のはイベント会社だから当然ウチのようなシステムがあれば業務は短縮出来るし、他の仕事に人員を回せるからありがたいことだろうし。」


 武田は続けて今日のイベント会社について思い出していた。

 考えてみれば、もう少し早ければ昨日の結婚式にも使えたのではないかとも。


「効率だけが全てとは言わないけど、楽に出来るところは楽にして、人は人にしか出来ない事をする方が良いからな。」


 真糸は後輩の言葉に続いた。

 パソコンを閉じると、ケーブルを抜いてケースにしまっていく。


「あぁあ、もう一泊したいなぁ。めくるめく混浴の渦にのめり込みたいなぁ」


 武田が妄想を駄々洩れさせている。


「昨日の結婚式で一般客はこの二日間取ってないみたいだぞ。」


 他の機材をしまいながら真糸は返答する。

 武田も当然手を動かしているが、口の方が回っていた。


「なんでそんな事知ってるのさ。」

 

 振り向きざまに武田は真糸に問いかける。


「昨日宿の関係者とバッタリ会ってな。軽く世間話をしたんだ。」


 真糸は昨夜の露天風呂での一時を思い出していた。

 あの後菊理は無事に休めただろうかと心配していた。


「あー、今誰の事を考えてた?その関係者って女性だよね。絶対女性だよねぇ。」


 武田がアナウンサーのようにしつこく聞いている。

 真糸は軽くあしらおうと思ったが、菊理と茶梅のやり取りを思い出すと、二人を話題に出して良いかどうか思案する。

 態々武田に言う必要もあるまい、という結論一択に落ち着いた。 


「もう一泊するのは良いけど、空いてるかどうかわからないし、空いてても自腹だぞ。」


 真糸はごもっともな返答をする。

 真糸は武田の言葉に、もう一泊する事に悪い事はないと思ってはしまうが、恐らくもう菊理と茶梅はいない。

 そろそろ帰路についているだろうなと思うと、無理してもう一泊する必要はないと考えていた。


 しかし、予期せぬ出来事があれば……泊まるのはやぶさかではないとも思っていた。

 それだけ、温泉や夕飯が心に残っていた。

 帰りの電車は駅についてから買うため、無理して帰る必要もない。


 まだ昼であるため、真っ直ぐ帰れば余裕で夕飯は自宅で摂れる。

 隣県で乗り換えが必要とはいっても、数時間後には自宅に戻れるのであった。


 それに明日は公休になっているとはいえ、今日もう一泊してしまうとその公休でゆっくり休めなくなってしまう。


 天秤に掛けると、どちらに傾くか微妙な駆け引きとなる。


「自腹でももう一泊したいくらいには良い宿だったよ。混浴に女子がいないのは残念だけど。」


 武田は相変わらず混浴に若い女子を求めているようだった。


「まぁ台風時期でも大雪の時期でもないから、帰れないなんて事はないだろうし公休をどう使おうが自由だとは思うが。」


 

 片付けが終わるとイベント会社を後にしようとする。

 会社の担当者に見送られ一歩外に出ると真糸は声を掛けられる。


「あら、咲真さん。今からお帰りですか?」


 声を掛けてきたのは昨日真糸の入浴中に混浴露天風呂に入って来たロイヤルガーデンしろやまの店長・白山茶梅であった。


「あ、はい。ちょうどプレゼンが終わったのでこれか……」


 真糸が帰宅を伝えようとしたところで、横から武田が乱入する。


「あれ、咲真。この女性と知り合い?……と、どこかでお会いしたような……?」


 髪の色等は違っても菊理と茶梅は従姉妹であるため若干似ていても仕方がない。

 気付く人は気付くかもしれない。


 武田は菊理を遠目では見ている。確率としてはかなり低くても何かを感じる事はあるかもしれない。


「ん?あぁ。まぁ、さっき話した宿の関係者……」


「どういう関係?」」


 武田は首を傾げて訊ねる。真糸は真面目に答えるべきか悩んだ。

 茶梅を説明するには菊理の事も話さなければならず、意外と聡い武田は茶々を入れてくるに決まっていると踏んでいた。


「只ならぬ関係?」


 しれっと茶梅が代わりに答える。その言葉を真糸が否定する前に別の声によって遮られる。


「茶梅ちゃん!?何勝手な事を……」

 

 悲鳴以外で真糸がこれまでに聞いた中で一番大きな声で菊理が声を上げた。

 遅れてやってきた菊理が、茶梅の言葉に否定の意味で大きな声をあげた。


「あ……」


 流石の武田も察したのだろう。世間は狭いと。


 収集がつきそうもないので、場所を変えようと茶梅の案内でホテルの食堂に案内される。

 ホテルとイベント会社は歩いても10分掛からない距離であった。


 移動の間に茶梅がざっくりとは説明する。

 茶梅の友人の結婚式をホテルで行い、その結婚式の新郎新婦の会社がイベント会社であり、新婦が茶梅と同級生だったと。


「しかし、それと咲真とが知り合いってのが繋がらないのですが……」


 流石の武田も面識のない相手には敬語を使う。そこまでチャラ男ではない。

 ホテルの食堂に着くと、全員分のお茶が用意される。


 茶梅が、自分の従姉妹でもあり自分の店で働く菊理の窮地を真糸が救った事。

 これは当時武田も目撃していたので、それを離れた場所からとはいえ見えていたので知っている事を伝える。


 話の流れで、救急車を呼んだのが武田だという事も自分の口から説明する。

 そのため、話は通じ易くなる。


 しかしその話の説明の間、真糸も菊理も一言も言葉を発していない。

 帳尻合わせの話は武田と茶梅の二人で進んでいた。


 茶梅は自分の大事な従姉妹である菊理を救ってくれた真糸に、とても感謝している事を改めて伝えた。


 そして何度か花を買いに来てくれる真糸に好感の持てる青年である事も。

 その時に真糸の出張話、自分達の出張の話、昨日偶然ホテルで会った話も伝える。


 という事を全員が実感する。


 それで武田は察する。



「あぁ、つまり。咲真に春が来た……という事ですか?」


「そういうことですね。」


 武田がおちょくり、茶梅が乗っかっていた。


 しかしそれが本当に武田のおちょくりなのか……真糸の心は知っている。


 武田に乗っかった茶梅もまたおちょくっているのか……菊理は気付いている。


 こいつらが素直になれば桜は咲くんじゃね?と武田と茶梅の内心で一致していた。

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