第20話 のぼせてしまう前に

「な、なんでここに白山さんが?」

 湯船に首まで浸かり菊理たちからは反対を向いた真糸は疑問を口にした。


「それは……ねぇ。日曜月曜とお店お休みに言ったと思いますが、それは出張のお仕事だからですよ。」

 答えられる状況にない菊理に変わって茶梅があっさりと答えた。

 湯船の波紋ですら敏感に感じてしまう程、真糸は焦っていた。


 同じ湯の中に二人の白山。片方はあの白山菊理。

 真糸が意識をしないはずがない。恋愛感情は別にしておいて、気になる相手である事は薄々自覚してきているため、そこら辺の通行人Aと同じというわけにはいかない。

 これが別の全く関係のない女性であれば、さほど気にならずにやり過ごせただろう。


「きくりん、恥ずかしがらないで少し上がれば?速攻でのぼせちゃうよ?」

 真糸と同じ位首まで浸かっている菊理。顔が赤いのは羞恥と温泉の温度と両方だろう。

 


「物凄い偶然てあるんですね。自分の出張先と被るなんて。」


「運命とか奇跡ってやつですかねー。果たしてそれは私なのかきくりんなのかどっちですかねー。どっちもですかねー。」

 茶梅は少し揶揄っているような言い方をする。

 湯を伝わって3人は一体化している。

 そう考えてしまうとどうしても恥ずかしくなってしまう。

 

「出辛いでしょうから、私達先に出てますね。」

 脱衣所は男女別になっている、先に二人が脱衣所に入ってくれれば真糸も無難に脱衣所に退避する事が出来る。


 せっかく湯に浸かったばかりなのに先に出て貰うのは気が引けるが……

 先に真糸が出ようとすると、真糸の視線には菊理が、菊理の視線には真糸がロックオンされてしまう。

 思春期の学生のように意識してしまう二人には目と精神の毒となってしまう。


 二人が湯船から出ると、波紋となって真糸の首の後ろに到達する。

 直接でないはずなのに、何故か二人を感じてしまう真糸であった。


「後ろ振り向きますよ。良いですね?」


 返事がないのでゆっくりと後ろを振り返る。念のため目を瞑った上である。

 二人の姿がない事を確認すると、真糸はそそくさと湯船から出て脱衣所へと向かった。


「俺の馬鹿……」

 真糸は下を向いて呟いた。

 それは真糸の息子さんが起っきしてしまっていたとう事だ。

 同じ湯の中に知り合いの女性二人が湯浴み着越しとはいえ存在していたのだ。

 反応してしまっていても仕方がない。


 真糸は苦しかった少年院時代を思い出す。

 娯楽もえっちな事も何もなかったあの頃を……と。

 男ばかりだったあの頃を。


 

「ふぅ。落ち着いた……のか。」


 真糸はこれ幸いにと身体を拭いて下着、浴衣と身に着けていく。


「流石に部屋に戻ってるよな。」

 それを世の中ではフリと言う。

 そして真糸の元にもそのフリ神が降臨していた。

 真糸が脱衣場から部屋に戻ろうとすると、湯あたり処で休憩している白山菊理と茶梅の二人の姿があった。

 

 もっとも、菊理は横になってタオルを顔に掛けて茹蛸状態で寝かされているという感じである。

 それを団扇でパタパタと茶梅が仰いでいた。


「あら、ここでも一緒になりましたね。」

 ニヤリと微笑ながら話しかける茶梅に真糸は一瞬たじろいだ。


「揶揄わないでくださいよ。それよりも菊理さんは大丈夫ですか?のぼせてしまっているようですが。」


 

「二重の意味でのぼせてるからね。意識はあるから少し休めば大丈夫よ。」


 浴衣を着ているとはいえ、其処から覗く手や足の先等が妙に艶やかに映ってしまう。

 真糸は先程鎮めた左腕……左目……股間が反応しないように違う事に意識を集中する。


「もう、若い女性二人もいるのに何も反応しないなんてヘタレですねぇ。」

 だからそう煽らないでくれと真糸は切に願う。


 

 一つ隣の椅子に深く腰を下ろし真糸はタオルを股間の上に置いた。

 万一反応してしまっても少しでも隠せるように。


「結構筋肉ついてるんですね。」

 それは今見えている手や足を見て言っているのか、それとも先程湯船で見られていたのか。


「きくりんはどうかわからないけど、私は見ちゃいましたからね。下手に隠したり言い訳したりしても仕方ありません。」

 ただし、何処までを見たとは言っていない。


「まぁ、あまり言いたくはないですが、色々やってましたからね。無駄に筋肉はついてますよ。」

 ヤンチャだった故に鍛えていたというのはある。そして少年院の中でも色々と行っていたので筋肉が落ちる事はなかった。


「確かにしつこいナンパから身を呈してきくりんを守ってくれた時も、結構殴られたみたいだけど思った程酷い怪我ではなかったみたいですしね。」


 そこまで筋肉の鎧というわけではないが、鍛えていない人よりはダメージは少なくて当然である。


「少し落ち着いた今だからいえますけど、咲真さん大人の色気ありますよね。」


「あはは、そういうのは自分ではわかりません。会社ではあまりしゃべりませんし、飲み等の付き合いも殆どしませんから他人の目というのが分かりません。」

 

 のぼせてタオルで視界を覆っている菊理ではあるけれど、意識は大分はっきりとしてきていた。

 それはつまり、真糸と茶梅の会話がほぼ耳に入って来ているという事でもある。

 今更起き上がるタイミングがつかめないでいた。


「自分は今日はこのホテル、明日はイベント会社に新商品を納入しているのですが、それの使用説明と実演のために来てるんですよ。」


 真糸は自分の出張理由を話始める。このままだと、茶梅に主導権を握られこの場にいるのが照れ臭くなってしまうと感じていた。


「そうなんですね。私達も同じようなものです。私の友人夫婦が結婚式を今日挙げたのですが、それがこのホテルだったんですよ。」


「え?もしかしてあの結婚式の案内とかって……」


「そうですね。今日は他にないはずなので間違いなく友人夫婦ですね。新婦の方が友人なのですが、このホテルって実家なんですよ。」

「そんなツテで私のお店に花の依頼があって、セッティングから撤収までの仕事を請け負ってたんです。」


「それで、この夫婦がですね、とあるイベント会社に勤めてるんですけど……」


「自分が明日行くのは〇〇〇という会社なんですけど。」

 イベント会社と聞いて真糸は思わず明日窺う会社名を口にしてしまう。


「あぁ、うん、それ。何この奇跡の塊は。その会社に勤めてるんですよ、友人夫婦。」



 茶梅の新郎新婦が務めている小さなイベント会社。

 この会社は結婚式からオタイベントまで幅広いイベントを企画運営する会社である。

 新婦自身の結婚式は職場のイベント会社を利用している。

 そして会場となるのは、実家でもある温泉宿であるこのホテルであった。

 部屋数は20程度の小さな温泉宿。


 温泉は露天ありの混浴風呂。それは真糸や菊理達が鉢合わせしている事からも分かる通りである。

 もちろん男性専用、女性専用もある。


 この新郎新婦の仲が進展したのは、とあるオタク系イベントを主催した時であったという。


 主催側もコスプレをした時に、趣味が一致しているという事で意気投合。

 それ以来プライベートでも仲良くなったというのがきっかけだった。


 そして晴れて入籍、結婚式という流れである。


「式も参加させてもらえたから見てたけど、本当に羨ましかったわ~。友人特権で私もきくりんもブーケ貰いましたけどね。どうです?私達二人?」

 そんな、どうですお客さん?お安くしときまっせ?というテレビの一幕のように茶梅はアピールする。

 これもまた、茶梅なりの菊理への後押しなのだが……


「な、ななな、なに言ってるの茶梅ちゃん!?」


 慌てた様子で起き上がった菊理は茶梅に抗議のツッコミを入れた。

 その声は、真糸がこれまでに聞いた事のないはっきりとした大きな声だった。

 そして突然起き上がったものだから、僅かに胸元が開封され下着が見えてしまっていた。

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