第11話 メッセージは苦手な二人
家に帰って入浴を済ませると携帯にメッセージが入っている。
「こんばんは、白山菊理です。届いていますでしょうか。私も久しぶりの遊園地なので、実は少し楽しみです。前日楽しみで眠れなかったらどうしようと心配です。一週間お仕事頑張ってください、それではおやすみなさい。」
メッセージの内容を確認しする真糸。
「この締め方だと、こちらからの送信していいか悩んでしまうな。それにしても楽しみか……それが実現出来るようにしないとな。」
真糸は学生時代、殆ど遊んだりはしていない。
やり直した高校生活は勉強と身体作りに勤しんでいた。
身体作りというのは体のいい言い方をすればその通りなのだけれど……
実際は自分の身体を苛める事で苦しみを味わおうとしていた結果だ。
それが結果的に身体を鍛えるだけだったという話。
「それでも返信はしておかないと良くないよな……」
そこで真糸は気付く。
これまで仕事で会社内や顧客へのメールは打った事はある。
しかし携帯で個人にメッセージなるものを送るのは人生で初めての事だった。
白山菊理を見倣って文章を打てば良いかと考えた。
「こんばんは、白山さん。咲真真糸です。メッセージは無事届いておりますよ。喫茶店で話しました通り約10年振りなので私も楽しみです。一週間仕事なのはお互い様ですし、乗り切りましょう。お店で購入した花達に囲まれて安らげてます、白山さんもお体には気を付けてください。それではおやすみなさい。」
これは自分もここでメッセージ完結にしているな、次のメッセージ送り辛いじゃないかと送ってから気付く。
おやすみなさいと打ってから続けるのは難儀ではないかと。
23時を超えているため、そろそろ失礼にあたる時間と言えなくもない。
撮りためていた深夜アニメを2本見てからその日は就寝した。
白山菊理に送信したメッセージは既読になっている。
返事がないのは遅い時間だからかと納得する。
あの文面では二通目を送るのには不向きであったと自覚している。
青春を過ごしていないため、どうしてもその辺りが疎くなってしまう。
☆ ☆ ☆
「咲真、なんだかここ数日携帯を気にしてるよな。」
真糸は喫煙所で武田と一服をしていると、声を掛けられる。
「ん?あぁ、こないだの白山さんがな。この前のお礼にって遊園地に誘ってくれたんだよ、店長からチケット貰ったからってさ。」
すぐに武田は気付いた。
お礼にチケットを渡すというのはありえる話ではあると。
しかし誰とというのは既にお礼の範疇を超えているなと。
「そうなんだ。いつ行くとか決まってるのか?」
「あぁ、今週の土曜日に決まってる。ジェットコースター苦手とか言ってられないよな。向こうはお化け屋敷が怖いみたいだけど。」
そこまでは話あえるだけの環境は整っていたのかと武田は思った。
「服装とか回る順番とかは決めてあるの?」
「ビシっとしたジャケットならあるけど……」
「あまりデート……まぁ咲真なら若者っぽいのよりは良いのか。スーツも決まってるしな。不自然ではないか。」
「普段着少ないからな。まさかジャージというわけにもいかないし、新着するには時間足りないし妥当かなと思ったんだけど。」
昭和の30代40代ならばジャケットスーツも似合うのだけど、真糸はスーツが良く似合っている。
そのため違和感はないだろうなと武田は評価していた。
「薔薇の花束でも持って行きそうなイメージを受けるな。」
ジャケットのイメージ効果か、白のタキシードの方が適切ではあるし、ドラマ等でそういったシーンは目にする機会はあるだろう。
「煙草は控えた方が良いかな?」
煙を吐き出しながら真糸は呟いた。
「許容はされるかもしれないけど、チラっと見たあの人からは吸ってるイメージはないな。」
武田は遠目にしか見ていないのだけれど、大人しいイメージはあの数分で持っていた。
「ピースを1箱ぱかぱかいってたら確かにイメージと真逆だな。」
などと会話の幅を広げているうちに休憩時間は過ぎていく。
☆ ☆ ☆
携帯の連絡はあの後届いた云々のやり取りしかしていない。
話題がないと送れないという事と、男女のコミュニケーションの取り方が絶望的という、双方の問題があった。
そして日付は過ぎて行き、あっという間に金曜日になる。
「あれ?喫煙所行かないの?」
武田が真糸に声を掛ける。休憩時間はほぼ行っているだけに不思議に感じて声を掛けていた。
「あぁ、一応前日だしな。白山さんがスモーカーならともかく非喫煙者だったらと思うとな。」
「それと、バナナはおやつに入るのか?」
ズルっとこけそうになる武田。
「本気で言ってるのか?」
ジト目で真糸を見る武田。周囲の社員も聞き耳を立てていた。
先日の話がどこで漏れたのか、咲真真糸が女と出かけるという話が少しではあるが広まっていた。
もちろん女性陣の耳には入らないよう箝口令は敷かれていたが。
「もちろん冗談だ。それよりも廻る順番とかは気にした方が良いのか?」
「空いてるところからで良いんじゃないか?待ってる間に親睦深めるという手はあるけど、咲真はそういうの苦手そうだし。並んでも30分、長くても1時間未満じゃないと間が持たないだろ。」
武田の指摘通り、どのような話題を振って良いか真糸は悩んでいる。
何が好きで何が嫌いかを探る意味でも、適当に会話するのも一つの話術なのだけれど、それすらも真糸には大変なようだ。
☆ ☆ ☆
そして前日夜。
寝坊しないように早寝をしようとした真糸の携帯に一通のメッセージが入っている事に気付く。
「こんばんは。明日はいよいよ当日ですね。実は家族以外の人と遊園地に行くのは初めてなので、早く寝ようと思っていたのですがドキドキが止まりません。」
菊理は緊張をしているようで、早寝しようとしたけれど寝付けないようだ。
「こんばんは。実は携帯でメッセージを送ったのは先日が生まれて初めての事でした。そのため緊張して変な文章になっていたと思います。私も明日は楽しみで気分は高揚してます。寝坊しないように今日は早く寝て早く起きようと思います。」
我ながら堅いな……送信してから真糸は後悔した。
もっと軽やかな文章が打てないものかと思っていた。
せめて好きな食べ物の一つも聞いておけば良かった……と。
そしていつの間にか眠っており、目覚ましのベルが鳴る前に目が開いた。
「知ってる天井だ。」
真糸は早起きをした。
そのため準備を進めようと、まず風呂のスイッチを入れる。
汗を流して綺麗な状態で臨みたいと思っていた。
軽く朝食と入浴を済ませると、服装と髪型をチェックする。
坊主がそのまま伸びただけなので、寝癖がついていなければ然程変化のない髪ではある。
花から抽出した自前のエキスを香水代わりに吹きかける。
そのため匂いはきつくもなく自然な香りを漂わせていた。
そして時間を確認すると大分余裕がある。
朝の水やりは入浴前にすませてある。
部屋の電気を消して、戸締りを確認するとアパートを出て駅へ向かう。
「流石に俺の方が早いか。」
9時待ち合わせだというのに8時前には到着してしまう。
周囲を見渡しても菊理の姿はない。
流石に1時間は周囲の景色を見て待っているわけにもいかず、真糸は鞄の中から一冊の本を取り出した。
先日宅配便で届いた数少ない娯楽というか趣味……
表紙にカバーを付けているので周囲からは何を読んでいるかわからない。
最近でこそある種の立ち位置を確立出来たこの分野だけれど、まだまだ大衆受けするには至っていない。
もっとも執筆者も主婦や大学生はおろか、現在では高校生もいる。
数は少ないけれど中学生で作家となっている人もいる。
通行の邪魔にならないよう壁寄りに立ち、背中を汚さないよう一歩壁から前に出たところで直立する。
寄りかかれば楽なのだろうけど、ジャケットの背中を汚すとみっともなくなってしまうと思っていた。
本を開き、まずはカラー挿絵を見る。カバーをしていると作者の紹介などが読めないのが欠点である。
透明のカバーであれば気にせず読めるのだが……
カラー挿絵を見た後、目次・あらすじと読んでから本編に入る。
そして時間は過ぎていく。
綺麗な直立のまま首をあまり下げないようにして本を読む真仁の姿は端から見ると少しかっこいいお兄さんといった感じだ。
「何を読まれてたんですか?」
突然に声を掛けられる。白山菊理だ。
「あ、白山さん。おはようございます。」
真糸の挨拶に菊理も「おはようございます。」と返し、「何を読まれてたのですか?」と興味を示していた。
カバーがされているため、周囲の人には表紙や背表紙は見えない。
何を呼んでいるかは自己申告か聞き出すしか方法はない。
「あ、いや。」
真糸にしては歯切れが悪い。
官能小説であれば言い辛いかもしれないが、別に男女で出かける時に官能小説を読んで待ち合わせまでの時間を潰す人はゼロとは言わないまでも殆どいないだろう。
声を掛けられた事で指のかかりが甘くなり、ページがパラパラと捲れてしまう。
そして丁度挿絵のページで止まる。
運が悪く、その挿絵は女の子の衣装がところどころ切り裂かれてぼろぼろとなって、悔しそうにしているシーンだった。
「あ……」
菊理が声を漏らす。
流石に男女で出かけるのにラノベはまずかったかと真糸は思った。
それも女性の衣服がぼろぼろになる挿絵の入ったラノベを読んでいるのはマイナスではないかと。
「【
意外にも白山菊理は喰い付いてきた。その目は花の説明をする時のように輝いて見えた。
時刻はまだ8時半。白山菊理もまた、待ち合わせ時間より大分早い到着であった。
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