マトリカリアの咲く頃に

琉水 魅希

第1話 咲真真糸の人生、闇と光

 俺には人には言えない罪がある。


 高校1年の初夏、ある罪を犯し少年院に入って一応の罰は受けているけれど、それで本当に償いが出来ているかなんてわからない。

 個人的には償いは全く出来ていないと認識している。

 少年院を出所後、もう一度勉強をし直し1年遅れて二度目の高校1年生からやり直して、卒業後は普通に会社で働いてはいるけれど。


 両親と児童相談所との相談の結果、地元を離れ祖父母の住む3つ隣の県で高校生をやり直した。

 地元にいると当時の仲間や……と、例え不可抗力だとしても出会ってしまう可能性があるからだ。

 そして全く知らない人のいる土地で高校生をやり直して、就職を決めたけれど地元の隣の市に配属された。

 やり直した高校と同じ地域での勤務先で就職すれば良かったのだけれど、いざ就職の決まった会社では配属先がまさかの地元の隣の市だったという事だ。


 確かに募集欄に勤務地は関東全域にもあり、配属も関東のどこかになるかも知れないという事ではあったのだけれど。

 配属先を決める面談で提案されたのは、まさかの生まれ育った地元の県であり、隣の市だったというわけだ。

 高校であれば、地元の市以外から集まっているので当時のクラスメイト達も当然出身の市町村はバラバラではある。


 県外からも入学しているし、早々当時の知り合いと出逢う機会も少ない。

 進学にしろ就職にしろ、高校卒業後の進路如何では仲が良くても会う機会は減る。

 小中校と同じ市だった俺からすると、数人の知り合いが在学中には存在しているわけで……

 

 簡単に知り合いとは会わないだろうと少し安直に考えていた。

 そして会社からの提案を飲んでかつての地元の隣市で働く事になった。


 本当の地元に帰ってしまうと知り合いや……に出会ってしまう事も考え、一度も真の意味で帰省はしていない。

 一応就職先と現在の自宅アパートと連絡先は両親達には伝えてあった。


 しかし最初こそ連絡先を伝えるために電話こそしたものの、家族とは一度も会っていない。

 会ってしまうと、迷惑をかけてしまうのではないかという事がどうしても考えてしまう。

 両親はまだしも、妹には迷惑な兄でしかないだろう。 

 もしかすると、犯罪者の妹という事で苛めにあったりしていないか不安で仕方ない。


 両親からはそんなことはないと聞いているが本当のところはわからない。

 

 少年院に行ってはいるけれど、家に警察が来たりとかはしていない。

 近所の噂にすらなっていない。

 ただ、どこで情報が出回るのかはわからないので、知られている可能性は否定出来ない。


 相手の家に両親と謝罪に行ったところは見られているかも知れないのだ。

 もっとも門前払いされ、直接謝罪させても貰えていないのだ。

 玄関前で頭を下げ続ける俺と両親の姿を見られていて噂が広まっていても不思議はない。


 ではなぜ、俺が少年院に入ったのか。

 学校の教師達は知っている。

 理由は自分から告白したからだ。

 

 自ら罪を告白した結果、最終的に少年院に入る事になった。

 相手には学校で真実を聞かされ、さらなる苦痛を与える事になってしまったであろうけれど。


 当時の生徒の大半は俺が不良だったのは知っているから、単純に自分から退学したとでも思っているのかも知れない。

 事実、辞めていった先輩達も何人かいるし、後に知った情報では1年の時に辞めた生徒も数える程度はいたらしい。

 俺もその中の一人としか認識されてはいないのかもしれない。


 不良仲間も突然連絡が取れなくなっても特に気にされていない。

 仲間同士でも、たまに少年院に入るなんて事があるのだから気にされなかったのかもと思っている。

 「そういえばあいつネンショー入ったらしいよ。」


 「マジで?あいつ何やらかしたん?」

 という会話がたまにあったくらいだから。

 これまた俺もその一人になったくらいにしか思われていないのだろう。




 俺が犯した罪の相手……

 正確にはその家族。

 家族からは謝罪すらさせて貰えない。


 恐らく一生赦して貰える事がない。

 相手を不幸にしておきながら、少年院でオツトメをして出てきたからと言って、まっさらな状態でゼロからのスタートなんてして良いはずもない。

 マイナスからスタートし、それがプラスになってはいけない。


 実際の所、そうではないと言ってくれる人はいるけれど、自分自身は倖せになどなってはいけないと思っている。

 だからこその自宅会社往復だけの4年を過ごしているわけだけれど。


 


 相手にとってはそんな事はどうでも良い事かもしれない。

 相手の家族にとってはそんな事はどうでも良い事かもしれない。


 結局のところ、少年院にしても刑務所にしても、罪を償うわけではない。

 反省する期間を与えられただけに過ぎない。

 自分自身を見直す期間を与えられたに過ぎない。


 自分の罪と向かい合って、もう二度と同じことはしないぞと、同じ事じゃなくても人の道に外れた事はしないぞと。

 見つめ合って深く反省して、やり直すきっかけを与えてくれるだけに過ぎない。


 再犯する人も更生する人もその出だしは変わらない。


 二度と人の道を踏み外すまいと、所謂ロン毛だった髪はバッサリと刈って、爽やかな短髪にするようになって8年……いや、9年か。

 少年院に入った時に丸坊主になってるから9年だ。

 今旧友と会ったとしても俺だとわからないのではないか。


 自宅アパートと会社を往復するだけの生活も5年目。今年で24歳になる。

 こんな人生に傷の……いや、爆弾のある自分が、人並みな人生を歩もうとしているのが間違いだと感じ、人との付き合いは出来るだけ避けてきた。

 その考えの結果がほぼ自宅と会社の往復だけの生活に繋がるわけだけど。


 

 そんな時、仕事で地元に寄らなければならない事があった。

 取引先が地元にあったからだ。

 取引先からの帰り、たった一駅だけれど電車に乗らなければならず駅に向かって歩いていた。


 人に会わないよう人通りの少ないであろう道を歩いていても、どうしても駅前近辺はそうはいかない。

 そんな駅前通りを歩いていると、横目に何か輝くものが目に留まった。

 ふっと立ち止まり、首を傾けるとそこは花屋だった。

 店内の方へ首を傾けた時、心に電撃が走った。




 偶然立ち止まった花屋で、そこに働く女性に一目惚れしてしまった。


 彼女は腰まで長い黒髪で、お客さんに「ありがとうございました。」とあいさつをする際の、笑顔がとても良く似合う女性に一瞬で惹かれてしまった。


 そして俺は思わず花屋に入った。

 人並みの倖せは得てはいけないと自覚していながら。


 広いとは言えないけれど、店内には多種多様な花が展示されていた。

 俺にはどれが良いとかはよくわからなかった。

 その中で花の中心が黄色く、白い花びらのある一つの花に目を奪われた。


 俺はその花、マトリカリアの鉢植えを手に取った。

 切り花でも良かったのだろうけど、せっかくだから部屋で長く眺めるくらいは良いかなと思った。

 それなら切り花より鉢植えだろうという安直な考えだったけど。


 「本来多年草なんですけど、日本の高温多湿環境が苦手な花なので一年草として扱われます。秋に種を蒔いて挿し木で増やす事も出来ます。」

 「5月から7月に綺麗で可愛い花を咲かせますよ。」

 そうして彼女はちょっとした花の知識と一緒にお釣りを手渡してくれた。


 「ありがとうございました。」 

 花に負けない笑顔で彼女が送り出してくれる。




 

 帰宅後俺はリビングのテーブルの上にマトリカリアの鉢植えを置いた。

 それ以外には何も乗っていない寂しい風景だ。

 花を飾るだけで、ほんの少し安らぐ自分を認識する。


 その安らぎは花が齎すものなのか、彼女の笑顔を連想するかまではわからないけれど。


 この花について調べるといくつかわかった事があった。

 今日は5月27日。

 偶然にもこの花は誕生花だった。


 花言葉は【集う喜び】

 それは、俺が抱いてはいけない感情の一つだった。

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