第17話 菊理と茶梅
「
白山菊理はいくつかの袋をテーブルに置いた。
その中には白いもこもこしたものと、お菓子の包装された箱の入った袋があった。
「お店にいる時は店長と呼んで。他の子に示しがつかないでしょ。」
茶梅ちゃんと呼ばれた茶色と赤の髪を持つ、胸の札のネームプレートには店長と名前が表記されている。
【店長・白山茶梅】それが彼女の役職と名前だ。
「それで、これがお土産?わざわざ良かったのに。」
ロイヤルガーデンしろやまの店長、
白山茶梅は菊理の父親の弟の娘であり従姉妹という関係であった。
菊理は普段は少しお姉さんである茶梅の事を「ちゃうめちゃん」と呼んでいる。
それは幼い頃から呼んでいた愛称なので、プライベートにおいては従姉妹の関係を継続している。
しかし、職場においては茶梅は上司に値するので「店長」と呼んでいる。
真糸が検査入院していた時には店長としか紹介していない。
菊理の父は生花を生育する農園を経営しており、茶梅の店に生花を卸し販売していた。
菊理が従姉妹である茶梅の元で働くのは、父親としてはかなり譲渡した結果だった。
父親は菊理を外の世界に出る事を懸念していた。自分の農園で一緒に生花を栽培しているのが一番だと考えていた。
それでも菊理の社会に出て働きたいという想いに、最終的には折れる事となった。
妥協案と言われれば聞こえは良いとは言い難いが、弟の娘である茶梅の店でならとお互い納得する事となった。
菊理自身、花に囲まれた職場を望んでおり、それが従姉妹のお姉ちゃんである茶梅の店で働く事はある意味天職だとも感じていた。
たまには父と一緒に農園に出る事もある。だからこそ父親も安心していた。
菊理にとっては茶梅は従姉妹のお姉ちゃんであり、職場の上司であり……
本人はまだ気付ききっていないが、恋のキューピッドになりかけていた。
そんな白山茶梅であるが、清楚な見た目の菊理とは正反対である。
髪の毛は左右で茶色と赤のツープラトンである。
山茶花の花言葉は全体的には「困難に打ち克つ」「ひたむきさ」である。
白い花には「譲渡」「あなたがもっとも美しい」、赤い花には「愛嬌」「あなたは私の愛を退ける」、ピンクの花には「永遠の愛」と分けられる。
茶梅……さざんかは、一般的には「山茶花」の方が馴染みが深い。
それなのに「茶梅」と名付けられたのには誕生日が関係している。
店長……白山茶梅の誕生日は、花の事からも連想出来るように1月16日である。
恐らく12月4日でも同じように名付けられた事だろう。
昭和の前半であれば、または地域によっては1月16日の成人式は1年ずれるところもある。
現代であれば年度で分けられているので同級生しか成人式には呼ばれないが、一つ下の年代の方に組み込まれる時期や地域が存在していた。
また、もし漢字が山茶花であれば11月16日、12月4日が誕生花である。
この辺りも白山家の名付けの妙が窺えるところでもあった。
そんなぱっと見、小学生の体育帽みたいな髪色の茶梅ではあるが、性格も面倒見もとても良い。
菊理の全面バックアップはおろか、店長として立派にこなしている。
今回、遊園地のペアチケットを渡したわけだが、これも本当は狙いがあった。
過去の事があり、男性を苦手にしている従姉妹・菊理が、作り笑顔ではなく自然なスタイルで接する男性と廻り逢えた。
少なくとも端から見ている茶梅にとっては、そう見えている。
何度も店に通い、花について語っている常連の客。
それだけならともかく、配達に行って貰った時、しつこいナンパから救出してくれていた。
それで距離が縮まったものと茶梅は判断し、お礼を建前に二人の仲を進展させてみてはどうかと考えた。
もちろんこれは、押しつけがましい事だとは茶梅自身自覚している。
二人がそれぞれどう思っているかなどはわからないのだから。
ただ、ただの店員と客という関係だけで済ますには惜しいと、思っていた。
あの菊理が普通に接する事が出来るのであれば、男性恐怖症も解消出来るのではないかと思っていた。
利用してしまう結果にはなるけれど、真糸も嫌ではないと思っていた。
店に何度も通い、菊理と会話している時が他の店員と話している時と違う事は見ていたし、偶然とはいえ菊理の窮地を救ってくれるくらいには良い感情を持っているはず。
せめて友人となれるくらいには仲を取り持つ事が出来ればと、茶梅は考えていた。
だからこそ、当日こっそり後ろをつけていた。
何かあればフォローできるように、そしてあわよくば良い写真を撮れるように。
それはもちろん茶化すためにではない。
店で見ている限り、悪い人ではないと真糸の事を評価していたので、はじめてのおつかいのように半ば安心して後ろをつけていた。
「ってコレを私にどうしろと?」
そこにはあのゆうえんちの二つ目のマスコットと呼べなくもないホワイトタイガーの小型ぬいぐるみがあった。
「可愛いでしょ。もふもふすると気持ち良いよ。」
示しが付かないと茶梅は言ったけれど、今この場には白山二人しかいない。
意図してオンオフ切り替えているわけでもないけれど、菊理の口調は従姉妹のお姉ちゃんと会話するものとなって少し砕けていた。
「確かにこの手触りは癖になりそうだけど……私のイメージが。」
ギャルを通り越して、海外モデルのような容姿をしている茶梅の見た目からすれば、ぬいぐるみはイメージにそぐわない。
しかし、茶梅の部屋にはそのイメージと異なり可愛い物で溢れているのは別の話だ。
「茶梅ちゃんの部屋の一員としては申し分ないと思うけど?」
「私はそれの大きいのをもら……あ」
「ふっふ~ん?プレゼントして貰ったんだ。」
隠れて様子を見ていたのだから、その場で会話していた内容までは分からなくてもその場の雰囲気などは伝わっている。
あれは初々しい中学生男女のような雰囲気だった。
それを茶梅は一定距離を保ちながら確認している。
それから茶梅に根掘り葉掘り当日の話を聞いて満腹となった茶梅は、もう夜ご飯はいらないなと思っていた。
思いの外二人の雰囲気は悪くない、これは友達以上もありえるなと思うようになっていた。
「あ、そうそうきくりん。今度一緒に出張しない?とある結婚式のフラワー担当でセッティングまでを受け持ったんだけど。」
きくりんとは、学生時代の菊理の渾名だ。
幼少の頃茶梅は菊理の事を「きくちゃん」と呼んでいたが、茶梅も「きくりん」と呼ぶ事がたまにあった。
「そこは温泉地でね、一泊してついでに温泉も入れるよ。」
「行く。行きます。」
菊理は両の拳を胸の前で握って気合を入れて答えていた。
「移動費は経費だけど、宿泊費は自腹だけどね。本来は日帰りだから。」
「行く、それでも行きます。」
菊理は花が大好きだけど、温泉も大好きであった。
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