第42話 大倉英二と篠村
午後5時になり、北山高校鉄道研究会の総勢5名の部員と岡山県警の2名の警察官による捜査会議が始まった。会場は昨夜に引き続き、ウルトラホテル2階の会議室だ。
ホワイトボードの左半分には、今朝峯川警部補班が得た情報が、右半分には真田刑事班が掴んだ情報が書かれている。中央には、被害者のマッスルトレインこと大倉英二の顔写真、そして、黄色いシャツの人物、つまり篠村と呼ばれる男の顔写真が縦に並べてマグネットで貼られていた。おそらく、仕事ができる峯川警部補が予め用意していたのであろう。
早速真田刑事がホワイトボードの右隣に立ち、
「それでは捜査会議をはじめる」
と宣言した。
つづいて真田刑事は峯川警部補に向かって、
「まずは峯川達から報告してくれ」
と声をかけた。
「はい」
峯川警部補は立ち上がると、ホワイトボードの左側に立ち、ライオン寺さんと滝さんから得た篠村という人物の情報を真田班の3人にかいつまんで伝えた。最後に、僕がたまたま聞き出した出身地の情報も付け加えて報告を終えた。
会議室に沈黙が流れる。それぞれが、会ったことのない篠村という男のことを想像しているのだろう。島根県の出雲で生まれ育った男が、どのような経緯で大倉英二(マッスルトレイン)に出会い、そして、その成功を後押ししたのか。
僕と同じことを考えていたのか、酒井が、
「篠村はマッスルトレインさんとどのように出会ったのかな」
と独り言のように言った。
「その前にこちらがつかんだ情報を報告しよう」
真田刑事が厳しい表情を浮かべて立ち上がった。
「まずは、大倉英二に関して新たにわかったことを伝える」
真田刑事はそう言うとホワイトボードの横に移動した。
「大倉英二は神奈川県出身の35歳。両親は沖縄に移住していて、明日の夕方に遺体を引き取りに岡山にやってくることになっている。高校まで県内の公立校で学び、一浪して都内の私立の大学に入学している。ただし、大学の同級生によると、勉強よりも遊びに夢中だったようだ。「ノート見せて」が口癖だったらしい。それでも、一流の広告代理店に就職し、営業職に配属された。営業成績は良く、私生活は相当派手だったようだ。合コン三昧で、赤い外車のスポーツカーを乗り回していた。しかし、その自慢のスポーツカーで事故を起こしてしまった。6年前の12月24日、つまりクリスマスイブだ。都内の見通しのよい一般道を120キロで走行。案の定赤信号で止まれずに交差点に突っ込みタクシーに衝突。当時タクシーには運転士のほか、客の若い女性が一人乗っていた。運転士は軽い鞭打ち症で済んだが、女性は割れたガラスの破片で顔と左腕に全治3か月の重傷を負った」
「ひどすぎる」
この情報をすでに知っているはずのアリサが握りこぶしを作り、ホワイトボードをにらんだ。怒りを必死にこらえているのが見てとれる。
「昨夜も伝えたとおり、有罪で執行猶予5年が言い渡されている。ちなみに、大倉はこの事故が会社にばれて解雇されている。母親によると、両親のいる沖縄に呼んだが来たがらなかったようだ。東京での派手な生活を諦められなかったのだろう。数か月間は元同僚の家を転々としていたが、この時期にすでにYouTubeをはじめたようだ。新宿に安アパートを借りてからは本格的に動画を撮影し、開始後半年で収益化。その後はとんとん拍子で登録者を増やし、去年は年間で4,000万円程度の利益が出ていた」
「4000万円?」
酒井が素っ頓狂な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
「ああ、4000万円だ。ただ、利益が増えるにつれ再び生活は派手になり、渋谷の家賃30万円の高級マンションに引っ越している」
そう言うと真田刑事は顔をしかめた。おそらく単純に悔しいのだろう。
「被害者の性格と事故後の生活についてはなんとなく想像できましたが、篠村とはどのような経緯で出会ったのですか?」
峯川が疑問を呈した。
「広告代理店時代の同僚によると、会社を解雇された直後にSNSを通じて篠村と知り合いになったらしい。被害者が運転していたスポーツカーのコミュニティでオフ会があり、初めて会ったということだ」
「そこで、YouTubeの配信者になることを勧められたのですか?」
僕がきくと真田刑事は、
「その通りだ。冴えてるじゃないか、ピッカル探偵」
あちらこちらから失笑が聞こえてくる。
「ピッカル…」
「キッショ…」
僕は一つ咳払いをすると、
「ところで、篠村以外に怪しい人物はいないのですか?」
と真田刑事に疑問をぶつけた。前から気になっていたことだ。僕達はあまりにもこの篠村という謎の人物に気を取られすぎているように感じていたのだ。
「?」
真田刑事はよほど意表を突かれたらしく、目をきょとんとさせた。その後、
「いや、今のところ篠村以外には…」
と曖昧に答えた。おそらくまったく調べていないのだろう。
「先ほどの交通事故の被害者はどうですか?タクシーの運転士と大けがを負った女性です」
「そ、その点については、明朝に警視庁に問い合わせる予定だ」
真田刑事は冷静を装いながら答えた。
「ということは、まだ明らかな容疑者はいませんね。篠村という男にもまだ話をきけていませんし」
木村はそう言うと椅子に深く寄りかかり、ため息をついた。
会議室に重苦しい空気が流れる。
そんな中、アリサが思い出したように、
「そういえば、マッスルトレインさんの動画が今夜投稿されるんでしょ?」
と言った。
「そうだよ。夜の11時から」
酒井がつづく。
「それなら、みんなで一緒に見ませんか?」
僕は真田刑事に提案した。
「うーん」
真田刑事は腕を組んで考え込むと、
「それは構わないが、そもそもお前達はいつまでここにいるつもりだ?全員まだ高校生だろ。夏休みとはいえ、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないのか」
と、当然の指摘をした。
「確かに」
酒井が前髪をかき上げてため息をついた。
「そう言えば、明後日から予備校があるんだ」
木村がうんざりした顔で言う。
「それならさ…」
僕はあえて明るい口調で鉄オタならではの提案をした。
「チケットを取れるかどうかわからないけど、今夜みんなでサンライズに乗って帰るってのはどう?A寝台は無理だと思うけど、のびのび座席ぐらいならなんとかなるかもしれないよ。個室が1部屋でも取れれば集まってマッスルトレインさんの動画を見れるし、密室の謎も解決したいしさ」
「すばらしいアイデアだわ。たまにはいいこと言うじゃないの」
アリサがいち早く賛成した。
「降りる場所は別々になりそうだね。サンライズは京都には止まらないから、俺は姫路で」
木村も乗り気だ。
「俺も姫路だな」
「俺も」
田代と酒井も姫路で降りるようだ。
「俺達は岡山で降りるぞ。遺族に面会しなきゃいけないからな」
真田刑事がそう言うと、峯川警部補もうなづいた。
「お前はどうするんだ?」
真田刑事が僕に訊いた。
「僕は、出雲まで行きます」
「なぜだ?」
真田刑事が怪訝な顔で僕を見る。
「ええと、前回出雲でまともに撮影できませんでしたし、松江の方にも行ってみたいですし」
僕はしどろもどろになりながら答えた。
「そうか。今度はちゃんとやれよ」
僕の動画撮影を台無しにした張本人の真田刑事は、多少罪悪感があったのかあっさり引き下がった。
「…」
隣に座っているアリサから無言の圧を感じる。アリサにはお見通しのようだ。僕は動画を撮影するためだけに出雲まで乗車するのではない。篠村の実家に行って、いろいろと話しを訊くためだ。つまり、捜査をするためだ。僕は鉄道系YouTuberの端くれとして、この事件の解決に貢献したいと本気で思っている。本当は真田刑事達に付いていくつもりだったが、二人は岡山で下車する。僕一人でやるしかない。
「岸川さんは?」
後片付けを始めた峯川警部補がきくと、
「ええと、私は東京駅で決めます」
といたずらっ子のような表情を浮かべて答えた。
鉄道系YouTuberの事件簿 - 寝台特急サンライズ殺人事件 Karasumaru @kennyblink360
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鉄道系YouTuberの事件簿 - 寝台特急サンライズ殺人事件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます