第36話 木村の叫び

署長から大目玉を食らった真田刑事はおずおずと退散し、取り調べ室へと向かった。


殺風景な取調室には、お馴染みの2つのパイプ椅子と、傷だらけの事務デスクが置かれている。パイプ椅子に腰かけた真田刑事は、すっかり意気消沈している。致し方ない。自業自得とはいえ、一回りも下の高校生達の面前で説教を食らったのだ。僕はこの刑事が少し気の毒に思えてきた。


「実は、昨日ホテルに戻った後に思い出したことがありまして」

僕は落ち込んでいる刑事を励ますように、少し明るい口調で言った。

「別にどうでもいいよ」

両手を頭の後ろで組んだ真田刑事は遠くを見ながら、ため息をついた。僕は構わず続ける。

「マッスルトレインさんとひと悶着あった後、反対側に男がいて、僕とマッスルトレインさんのやりとりを目撃していたんです」

「何だと?」

真田刑事は前に乗り出した。まだ刑事であることを忘れていないようだ。

「黄色い半そでのシャツを着た若い男です。動画に映っていたので確認してもらえますか?」

僕はパソコンを開き、動画を早送りした。黄色いシャツの男が登場する数秒前で動画を止める。

「いいですか?」

「ああ」

真田刑事はゴクリと唾を飲み込み、緊張の面持ちで画面を見つめている。

僕は動画を再生した。


ビデオカメラを構えた黄色いシャツを着た男性が映りこんでいた。


「この男か…」

真田刑事はデスクの上に無造作に置かれている固定電話を乱暴に取ると、内線で「峰川、ちょっと取り調べ室に来てくれ」と言った。その間も真田刑事の鋭い眼光は黄色いシャツの男をとらえていた。


すぐに取調室のドアが開き、女性の警察官が入ってきた。サンライズの車内で見かけた黒縁メガネの鑑識の女性であった。今日も鑑識の制服を着ている。

「おお、峰川。わざわざ悪いな。ちょっと見てもらいたいものがあってな」

真田刑事はそう言うと、黄色いシャツの男の件を簡単に説明した。

「気になりますね」

峰川と呼ばれた警察官が眼鏡を人差し指で少し上げた。

真田刑事はパソコンの画面を峰川にも見えるように位置を変えた。

そして、動画を巻き戻し、再生した。しかし、画面に映ったのは例の男ではなく、僕だった。

「サンライズ出雲号・瀬戸号の車体がホームのライトに照らされて輝いています。そして、8時間後には朝日に照らされて再び輝くでしょう。サンライズだけに」

僕のドヤ顔が画面にアップで映る。鉄道研究会の面々から失笑が漏れた。真田刑事は右の眉毛をぴくぴく動かし、怒りをこらえている。

僕は慌てて動画を早送り再生し、黄色いシャツの男が映りこんでいる場面で停止した。

「この男があなたと被害者の口論を見ていたのですか?」

峰川が画面を見ながら言った。

「ええ、間違いありません」

僕がそう断言すると、先程から静かに物思いにふけていたアリサが、

「ビデオカメラで撮影しているということは、この男もYouTuberなのかしら」

と独り言のようにぼそっとつぶやく。

「きっとそうですよ!名探偵!」

真田刑事が立ち上がって拍手を送った。すっかり元気を取り戻したようだ。顔色も明るい。

「彼も被害者に何か文句でも言われたかもしれないですね。この画像を印刷しておきます」

峰川はそう言うと僕のパソコンの前に立ち、滑らかに指を動かしてキーボードをせわしなく叩いた。そして、

「この画像を印刷しておきます」

と言い残し、取調室をあとにした。コピー機は別の部屋にあるようだ。


「僕も昨夜そう思って考えたんだけど、YouTubeで見たことないんだよな」

画面を見ながら僕は首を傾げた。

「オレも知らないな」

酒井が目にかかる前髪を書きわげながら同意した。

「モーちゃんみたいにYouTubeを始めたばかりなのかもね」

アリサが言うと、

「私もそう思います!」

真田が猛烈に支持した。


「でも、どこかで見たことがある気がするんだよな」

突然木村が天井を見つめながらぼそっと言った。全員の視線が木村に集中する。

「どこでだよ?YouTubeか?」

田代がすかさず催促する。

「そうだと思うんだけど」

木村は必死で記憶をたどり寄せようとしているようだ。

「オレは知らないな。光は知ってるか?」

僕は田代の問いかけに首を横に振った。

沈黙が流れる。


その時、取調室のドアが開き、鑑識の峰川が1枚の紙を持って入ってきた。

「印刷してくれたか。ご苦労さん」

真田がねぎらうと峰川は、

「気になる場所があったので、拡大して鮮明にしてみました」

と言いながら、紙をデスクの上に置いた。

「ここです」

峰川が指さした場所には、少しぼやけてはいるが、黒いTシャツを着た、短髪の男が映っていた。それはマッスルトレインさんであった。

「マッスルトレインさんだ!まじか。きっしょ」

田代が目を大きく見開いて言った。


そこには、確かにマッスルトレインさんが映っていた。丸太のような腕を組み、黄色いシャツの男の方を見ているように僕は思えた。

『もしかして…』

僕はデスクの上のパソコンを自分の方に引き寄せると、今度は動画をコマ送りで再生した。

黄色いシャツの男は撮影を終えたのか、ビデオカメラを下ろすと、歩き始めた。そして、その先にはマッスルトレインさんがいた。取調室にいた全員が驚きの声をあげた。

「もしかしたら、この黄色いシャツの男とマッスルトレインさんは知り合いなのかもしれません」

僕が真田刑事に伝えると、黙って考え込んでいた木村が突然立ち上がり、

「そうだ!マッスルトレインさんの昔の動画で見たんだ!」

と叫んだ。










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