第35話 椅子取り合戦の結末

警察署に入ると、僕達のことを覚えていてくれた受付の女性警官が、

「刑事課ですね」

と言い、2階にある刑事課の入り口まで案内してくれた。


刑事課に入ると、奥のデスクで難しそうな顔でパソコンの画面と睨めっこしている真田刑事が顔を上げた。真田刑事は岡山県警の刑事のはずだが、我が物顔で出雲署にいすわっている。あとで聞いた話だが、もともとは出雲書に勤務していたようだ。真田刑事は僕と目が合うと明らかに面倒くさそうな表情で、

「まだ帰っていなかったのか?今日は何のようだ?」

と言った。

しかし、後ろにアリサがいることに気づくと態度を一変させ、

「これはこれは、岸川様。ようこそいらっしゃいました」

と頬を赤くして近づいてきた。真田刑事は鉄道研究会の男子部員達を次々と強引にどかすと、アリサの目の前に立ち、

「本日はどういったご用件で?何か困ったことでもあるのですか?いつでも私が個人的に相談に乗りますよ」

と満面の笑みを浮かべて言った。ここまで、堂々と鼻の下をのばす男を僕は見たことがない。

アリサは真田刑事の勢いに押されて少し後ずさりしながら、

「じ、実は、モーちゃんが捜査の役にたつかもしれないことを思い出したので伝えにきました」

と用件を伝えた。

「ほう、そうですか。でしたら、こちらへどうぞ」

そう言うと、真田刑事は先頭に立ち、刑事課を出ていった。

真田刑事が僕達を案内したのは取り調べ室ではなく、署長室であった。真田刑事が緊張の面持ちでドアをノックしたが、何も応答はない。署長は不在のようだ。

真田刑事は所長室に入ると署長のデスクに置かれている電話でコーヒーを2つ頼んだ。


署長室には二人掛けの黒皮のソファーが2つ、値が張りそうな焦茶色のテーブルを挟むように置かれている。真田刑事は入り口に近い方のソファに座ると、アリサに反対側のソファを勧めた。

「どうも」

アリサが素直に座る。僕はパソコンを取り出すため、リュックのジッパーを開けながらアリサの隣のソファに座ろうとした。


ドン!


右肩に強烈な衝撃が走る。一瞬の隙をついて木村が、僕とアリサの間に入り込んできていたのだ。今度はリュックを後ろから引っ張られた。田代が僕のリュックを必死の形相で引っ張っていた。どうやら、アリサの隣に座るための椅子取り合戦が始まったらしい。先程までのチームワークは消え去り、敵同士として取っ組み合いが始まった。


今度は誰かに胸倉をつかまれた。目の前に、七三分けの長身の男が立っている。真田刑事だ。

「高校生の分際で、岸川様の隣に座るなど百年早いわ!ぶっ飛ばすぞ」

真田刑事の目は血走っている。しかし、僕も負けるわけにはいかない。アリサの隣には僕が座るべきだ。しかも真田刑事には昨日ひどい目に遭わされている。僕も負けじと真田刑事の胸倉をつかみ返し、

「やれるもんならやってみろ!返り討ちにしてくれるわ」

大声で宣戦布告した。

「言ったな、このクソガキが!」

「言ってやったぜ、このダメ刑事が!」

「なんだと、クソガキ!」

「うんこ刑事!」

「小便小僧!」

「小便小僧は浜松町にいるんだよ!」

「は?訳わからんこと言うな!」

「そんなことも知らないのか。バカな刑事だな」

僕は真田刑事と口喧嘩をしながら、実は周りを冷静に観察していた。ついさっきまで椅子取りゲームに参加していた木村も田代も酒井もなぜか黙りこくり、青い顔でこちらを心配そうに見ている。アリサにいたっては、明らかに他人の振りを装っていた。そのとき、僕は強烈な視線を感じた。冷たい視線だ。いつのまにか真田刑事の後ろに制服姿の初老の男性が立っており、鋭い眼光でこちらを睨んでいた。

僕は一瞬にしてすべてを悟り、速やかに真田刑事の胸倉から手を離した。

この行為を「降参」と独断で判断した真田刑事は僕を両手で突き飛ばし、空いていたアリサの隣のソファに深く腰掛けた。そして、ふんぞり返った真田刑事の視界に例の初老の警察官が入り込んだ。真田刑事の顔から笑顔が消えた。

「しょ、署長。いらっしゃったのですか」


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