第39話 捜査会議に参加してみた
今までの捜査でわかったことを簡単に伝えておきます。
住所にあった新宿のYouTuber事務所は西新宿の古い雑居ビルの3階にありましたが、社員は不在でした。同じフロアにあるフィットネス器具の輸入代行会社の社員によると、YouTuber事務所には被害者のほか、もう1人よく出入りしていた人物がいたようです。黄色いシャツの男の写真を見せたところ、この男で間違いないと言っていました。つまり、二人は仕事仲間です。その後、新宿署に寄って二人のことを調べたところ、被害者に前科があることがわかりました。詳しくは、後で話します。有楽町駅近くのウルトラホテルのロビーに来てください。あなた達の部屋も取っておきました。あと、これはあなたの判断に任せますが、もし岸川アリサさんが眠っているなら、寝顔を撮っておいてください。真田警部の命令です。
僕は真田刑事と峯川警部補の仕事の早さに驚いた。東京に着いてから2時間程度しか経過していないはずだ。
僕達が乗車したのぞみは新横浜駅を発車した。20分足らずで東京駅に到着する。
品川駅が近づいてきたとき、僕は真田刑事のリクエストを思い出した。しかし、アリサは新横浜駅発車直後に目覚め、「お手洗いに行ってくる」と言い残して移動していった。焦った僕は、通路を隔てた席でいびきをかいて寝ている木村の寝顔を撮ると、「眠れる森の美女」というタイトルをつけて峯川警部補に送信した。
僕達がウルトラホテルに到着したのは19時10分であった。ホテルに入ると、真田刑事と峯川警部補が出迎えてくれた。
チェックインを済ませた鉄道研究会の部員達はそれぞれの部屋に荷物を置くと、二階の会議室に集合した。会議室には、ホワイトボードのほか、プロジェクターや重役会議に使われそうな木製の細長いテーブル、キャスター付きの椅子が7つほど置かれていた。ビジネスホテルだけあって、このような施設は充実しているらしい。全員集合したことを確認した真田刑事は、ホワイトボードを使いながら捜査の進展を改めて説明した。
「先ほど峯川がLINEで伝えたとおり、新宿の事務所には誰もいなかった。しかし、同じフロアの会社に勤めている人物によると、例の黄色いシャツの男はYouTuber事務所に出入りしているようだ。また、被害者のことを新宿署で照会したところ、名前がようやく判明した。大倉英二、35歳、独身だった。また、過失運転致傷罪の前科があったこともわかったぞ」
真田刑事が説明している間に峯川警部補が、スマイルマッスルさんこと大倉英二の顔写真をマグネットでホワイトボードに付け、写真の下に「過失運転で有罪・執行猶予・5年」と黒いマジックで走り書きした。
「マッスルトレインさんに前科が…」
小型扇風機をテーブルに置いた酒井がつぶやく。
「しぇいぎ感のきゃたまにのにょうなひよだと思って…ムニャムニャ」
きびだんごを口に放り込んだ木村がつづいたが、半分以上何を言っているのかわからなかった。
「黄色いシャツの男については何かわかったことはありますか?」
アリサが挙手して質問した。途端に真田刑事の顔が緩む。
「前科はありませんでしたねぇ。明日いろいろ聞き込みをしようと思ってますぅ。一緒にどうですかぁ?」
刑事ならではの鋭い目つきは漫画のキャラクターのようなたれ目になり、頬は紅潮している。アリサは猫なで声で誘う真田刑事を無視して隣の僕のほうを向くと、
「そう言えばさ、マッスルトレインさんって以前他の鉄道系YouTuberとコラボしてなかった?」
と言った。僕はスマホでYouTubeを開くと、「マッスルトレイン、コラボ」で検索をかけてみた。すると、10本の動画が検索結果に表示された。一番古い動画は2年前、一番新しい動画は1年前に投稿されている。
「10本投稿されてる」
僕は検索結果の画面をアリサに見せた。アリサは画面を一目見ると、目を大きく見開き、
「すごい!ブーツさんやライオン
アリサの言葉を聞いた鉄道研究会の面々から驚きの声が次々にあがった。
「ブーツさん!」
「すげー!」
「ライオン寺さんも!」
「滝さんもか!」
一方の2人の警察官は盛り上がる僕達を見て困惑している。僕は気の毒になって、
「今挙げた3人は鉄道ファンの間では超有名人です」
「そうなんですか」
峯川警部補がホワイトボードに「ブーツ、ライオン寺、滝とコラボ経験あり」と書いた。知らない人が見ると意味不明な文章である。
真田刑事はしばらくホワイトボードを眺めていたが、腕時計に視線を落とすと、
「よし。今日はここでお開きにしよう。明日は俺とアリサ様、タックルは大倉英二の過去を徹底的に探るぞ」
ちなみにタックルとは、木村のことだ。取調室でなぎ倒されたことを今でも恨んでいるらしい。
「ピッカルとキッショと扇風機は峯川と一緒にコラボ経験のあるYouTuberに話を聞いてくれ。17時になったらこの場所で再び捜査会議を開く」
真田刑事はそう言うと、アリサにウィンクをして会議室から意気揚々と退場していった。アリサは顔をひきつらせている。
「キッショ」
田代のお決まりの一言を聞いた僕達も会議室を後にした。
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