第40話 東京駅と憧れのYouTuber
翌朝、晴れて非公式アドバイザーに就任した北山高校鉄道研究会の部員5人、そして、岡山県警の2人はホテルのレストランで簡単な朝食を取ると、二手に分かれてホテルを出た。僕と田代、酒井の3人は峯川警部補を補佐し、スマイルマッスルさんとコラボ経験のあるYouTuberから話を聞くことになっている。一方のアリサと木村は真田刑事と共にマッスルトレインさんの過去を調べる予定だ。
峯川警部補は異常に歩くのが速い。僕達はついていくのが精いっぱいだ。競歩なみのスピードで大都会を突き進む峯川警部補は、肩で息をしながら小走りする僕に向かって、
「昨夜の捜査会議の後に、3人が所属するYouTuber事務所にそれぞれ電話しましたが、ブーツさんは海外に取材に行っているようなので今日は話を聞けません。ただし、ライオン寺さんと滝さんの2人は偶然にも東京にいるため、話を聞けます。東京駅の丸の内駅前広場に9時に来てもらうことなっているので、今から向かいます。ここからなら歩いた方が早く着きます」
と早口で言った。地図が頭の中に入っているのか、スマホの地図アプリを見ることなく足早に進んでいく。
僕は歩きながらガッツポーズをした。ライオン寺さんと滝さんは関西を中心に活動し、一風変わった企画で大勢の視聴者を魅了する有名YouTuberだ。基本的には個人で活用しているが、コラボする機会も多い。今回も動画の撮影で東京駅に来ていたのだろう。僕は後ろを向いて酒井と田代にも朗報を伝えようとしたが、2人は大分後れを取っており、僕達との差は15メートルくらいはありそうだ。
15分後、僕達は東京駅の丸の内駅前広場に到着した。いろいろな鉄道系YouTuberがこの場所で動画を撮影しているため、なぜか何度も来たことがある気がした。重厚な赤レンガ駅舎の前に大都会とは思えない広大な広場があり、その先に皇居を臨める。アスファルトだけではなく石畳や街路樹、芝生が設置されており、訪れる人も多い。
広場では、数名のYouTuberらしき人達が撮影をしている。峯川警部補は、下調べしてきたのか、すぐにライオン寺さんと滝さんを見つけた。
「あの2人ですね」
峯川警部補は芝生の近くでビデオカメラを片手に撮影している2人組を指さした。二人とも爽やかな印象の若者だ。1人はベージュ色のベースボールキャップに白いポロシャツとダメージブルージーンズ、もう1人は少しルーズな黒いTシャツにワイドジーンズを合わせている。
「そうですね」
僕達は動画撮影の邪魔にならないように徐々に近づいていく。そのとき、酒井と田代の2人がようやく追いついた。2人とも息を弾ませている。
「峯川さん、朝から走らないでよ」
酒井が扇風機の風で前髪をなびかせながら非難した。
「マジでキッショ」
田代も不満を漏らした。
僕達はライオン寺さんと滝さんから約5メートルの場所で止まり、撮影が終わるのを待った。
撮影は5分程度で終了した。峯川警部補は黒いハンドバッグから警察手帳を出すと、2人に見せながら、
「昨夜電話した警察の者です。何点か訊きたいことがあるのですが」
と言った。2人は顔を見合わせて同時に敬礼し、
「いいですよ」
と快く引き受けた。
「マッスルトレインさんの件ですよね」
ベージュ色のベースボールキャップをかぶったライオン寺さんがビデオカメラをケースにしまいながら言う。駅前広場での撮影シーンは終了したようだ。大抵、この場所から対決企画が始まる。
「ええ」
「お2人は被害者と面識があるのですね?」
「はい。コラボしたことがあります。俺は1回だけですけど、彼は2回はあるんじゃないかな」
滝さんがライオン寺さんを見ながら答える。そのとき、ライオン寺さんの視線が僕達のほうに向いていることに気づいた峯川警部補は、僕達に向かって、
「あなた達、こっちに来なさい」
と声をかけた。
僕達はもじもじしながら憧れの人物に近づいた。
「彼らは、京都の高校生です」
峯川警部補は僕の腕をつかむと、とんでもない力で引っ張り、
「実は、この子は第一発見者で、残りの2人は同じ高校の鉄道研究会の部員です。彼らは鉄道にとても詳しいため、協力してもらっています。ただし、このことは誰にも話さないでください」
と紹介した。
「は、はい」
ライオン寺さんがかしこまって答えた。
「被害者はどのような人物でしたか?」
峯川警部補がライオン寺さんに質問した。するとライオン寺さんの表情は曇り、滝さんと顔を見合わせている。
「あまり、良い印象ではなかったのですね」
真田警部補が、2人を交互に覗き込むように言った。
2人は視線を交わすばかりで、なかなか答えようとしない。そこで僕は思い切って、
「実は、僕は先日鉄道系YouTuberになったばかりなのですが、被害者が殺害される少し前にサンライズの車内で出会いまして…」
とマッスルトレインさんとの強烈な初対面について説明した。すると、2人は小さな声ではあるが、少しずつマッスルトレインさんの印象を話し始めた。
「はじめてコラボしたときは、とても好印象でした。僕より年上なのに腰が低くて、優しく接してくれました。でも、なぜか2年前に滝君と一緒にコラボしたときは、なんというか滝君に対しては圧をかけてくるような感じだったんです。撮影中は優しいのですが、撮影時以外は…ちょっと怖かったよな?」
ライオン寺さんが滝さんに同意を求めるように言うと、滝さんが頷いた。
「どんな風にですか?」
真田警部補はズボンのポケットからメモ帳を取りだしながらきいた。
「そうですね。登録者数をきかれたので、正直に答えたら、『なーんだ。そんなもんなのか。まぁ、せいぜいがんばりな』って言われて、それ以降、ほとんど話しかけてこなくなりました。そこの高校生と同じような感じですね」
滝さんが僕を見ながら答えた。
真田警部補はペンを走らせながら、
「被害者は自分の過去について話しましたか?」
と再びきいた。
「いいえ。聞いていません。っていうか、話したがらなかったですね。なぜだかわかりませんが」
今度はライオン寺さんが答えた。
つづいて真田警部補が、
「被害者には前科があったのですが、知っていましたか?」
ときくと、ライオン寺さんと滝さんは、目を丸くして驚いた。
「え?本当ですか?」
「ええ。過失運転致傷罪の前科があります」
「そうなんですか。初めて知りました」
滝さんが答える。
「そうですか。ちなみに、この人物に心当たりはありますか?被害者の知り合いだったようなのですが」
真田警部補はハンドバッグから、黄色いシャツの人物の写真を取り出して2人に見せた。
あまり鮮明な写真ではなかったが、2人は写真を見た瞬間に、
「これは篠村さんですね」
と即答した。
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