第38話 出雲から東京へ
峰川が取り調べ室に戻ってきて、鉄道研究会の非公式アドバイザー就任を聞くと、
「真田さん、本当にいいんですか?私は知りませんよ」
と言って、真田刑事に非難の目を向けた。
真田刑事は、
「大丈夫だ。お前が何も言わなければ誰にもバレないし、万が一バレても責任は俺が取る」
と言って峰川を宥めた。つづいて、
「それより、ここに電話してくれ。被害者が所属していたYouTuber事務所らしい。事務所の人間なら、この黄色いシャツの男のことを何か知っているかもしれん」
と命じて、住所と電話番号が書かれている紙を渡した。
峰川は「相変わらず人遣いが荒いんだから…」と言いながらもデスクの上の固定電話に手を伸ばした。
電話は通じたが、なかなか受話器を取ってもらえないようだ。峰川が持つ受話器から漏れる着信音が空しく取り調べ室に響く。峰川は30秒ほど経ってから受話器を置いた。
「マスコミ対応で大変なのかもしれませんね」
峰川が残念そうに言う。確かにそうかもしれない。なんといっても事務所の看板YouTuberが殺害されたのだ。捜査の進展を期待していた僕達はがっかりして、肩を落とした。そんな様子を見て真田刑事は「だから最近のガキは…」とつぶやきながら、YouTuber事務所の情報が書かれた紙を適当に折ってズボンのポケットに押しこむと、
「電話に出ないなら、直接訊くしかない。乗り込むぞ」
と言って一人で取り調べ室を出ていった。
僕達は慌てて真田刑事のあとを追った。
警察署の入り口で僕達は真田刑事に追いついた。と言うよりも、真田刑事は僕達を待っていたようだ。
「どうすれば1番早く東京に行ける?」
と、非公式アドバイザーである北山高校鉄道研究会に早速助言を求めた。
僕はスマホで乗り換えアプリを開いた。
「今からだと11時43分発の特急やくもに乗って、岡山でのぞみに乗り換えれば18時15分に東京駅に着きます」
「今出発して、着くのは夕方か!」
真田刑事は天を仰いだ。
「飛行機は?」
峰川が僕のスマホを覗き込んで言った。
「飛行機なら米子空港からがベストですね。15時50分に羽田に着きます。ただし、6万円ぐらいするので高校生の僕達には無理です。交通費を払ってもらえるなら別ですが」
僕はアリサのように上目遣いで真田刑事を見てみたが、
「ダメだ。お前達はあくまでも非公式アドバイザーにすぎない。交通費は支給できん」
と即一蹴されてしまった。確かに真田刑事の言うとおりだ。そこで僕達は鉄路で、真田刑事と峰川は空路で東京に向かうことになった。
5人の鉄道マニアと2人の警官を乗せたやくも16号は出雲駅を11時43分に出発した。12時34分に米子駅に着くと、真田刑事と峰川の2人は下車していった。
やくもは、キャッチコピーの「ゆったりやくも」が「ぐったりやくも」と一部の鉄道ファンから揶揄されるほど揺れることで有名だったが、最近新車(273系)が導入され、乗り心地は大幅に改善されている。やくもブロンズと呼ばれる明るい銅色をベースとして、窓付近には純白の帯が、流れる白雲のようにアクセントを加えている。僕はおもむろにリュックからサングラスとビデオカメラを取り出し、動画撮影をはじめた。すると、この車両には僕達以外誰も乗客がいないためか、
「がんばれ、新人YouTuber!」
「ドヤ顔はいらんぞ!」
「もう警察に捕まるなよ!」
「きっしょ」
などと心無いヤジが飛ぶ。
僕は内心イラっとしたが、あながち彼らの指摘も間違えていないので怒りをぐっと堪えて撮影をつづけた。最初は恥ずかしさもあってか、なかなかうまく喋れなかったが、徐々に緊張は解れ、口は滑らかになっていく。
「やくも16号は岡山県を目指し、山陰の山々を駆け抜けます。車窓の景色を採点すると間違いなくマウンテン(満点)になるでしょう。山だけに」
もちろん、ドヤ顔も忘れなかった。
やくも16号は、根雨、新見、備中高梁、倉敷と停車し、定刻通り14時47分に岡山駅に到着した。
東京行きののぞみ32号が岡山駅を出発するのは11分後の14時58分だ。僕達は鉄路での旅に慣れていることもあり、この僅か11分の乗り換え時間のうちにトイレを済ませ、駅弁と飲み物を購入した。当然、岡山駅の構造は知り尽くしている。木村に関しては売店できびだんごまで購入していた。
東京行きののぞみ号はN700Sだ。東海道新幹線と山陽新幹線で運用される最新鋭の車両である。
僕達はやくもに乗車中に予約していた座席に腰掛けた。のぞみが滑るように走り始め、岡山駅を後にした。3時間17分の快適な旅が始まった。走行音は静かで、三分の一近くの乗客が昼寝をしている。
すでに午後3時になっていたが、僕達はここでようやく昼食を取ることにした。僕がビニール袋から、あなごとだし巻き弁当を取り出そうとすると、隣のアリサが、
「ちょっと、普通に食べるつもり?」
と咎めるように言った。
「え?ダメなの?」
「モーちゃんはYouTuberでしょ。駅弁の食レポしなさいよ」
ちなみに僕がアリサの隣の座席をゲットできたのは偶然ではない。やくも16号の車内で行われたジャンケン大会で見事に優勝したからだ。
僕は乗り気ではなかったが、アリサの命令は絶対だ。リュックからサングラスとビデオカメラを取り出すと、撮影を開始した。
左手でビデオカメラを構え、右手で駅弁を開封しようとするが、なかなかうまくいかない。隣から咳払いが聞こえる。アリサが眉間に皺を寄せてこっちを睨んでいた。僕はプレッシャーに強いタイプではない。駅弁の箱が右に左に小刻みに動く。隣のアリサは我慢の限界に達したのか、撮影中にもかかわらず、
「ああ!もう鈍臭いわね!」
と言い、僕からビデオカメラを取り上げるとレンズを僕に向けた。撮影役を買って出てくれたらしい。
僕は気を取り直して両手で慎重に駅弁の箱を開けた。弁当の半分近くを占める大きなだし巻き卵が強烈な存在感を放っている。さぁ、食レポの開始だ。
「おおお!なんて大きな卵焼きなんでしょうか。エッグいですね。卵だけに」
僕はお馴染みとなったドヤ顔でカメラを見つめた。
「カット。いきなりダジャレから入るのやめてくれる。ダジャレ系YouTuberにでもなるつもり?鉄道が脇役になってるわよ」
すかさずアリサからダメだしが飛んだ。
この調子でディレクター兼撮影担当となったアリサから何度も叱責を受け、撮影は長時間に及んだ。僕が駅弁を食べ終えたのは、名古屋駅に着いたころであった。
のぞみは太平洋を右手に軽快に疾走し、三島、熱海、小田原を通過していく。隣のアリサはアイマスクをつけてぐっすりと眠っている。新横浜は目と鼻の先だ。そのとき、僕のスマホが震えた。峰川警部補(階級はやくもに乗車中に教えてもらった)からメッセージが届いている。その内容に僕は少なからず衝撃を受けた。
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