第34話 厳戒態勢
全員が慌てて身を乗り出した。僕は例の男が映っている場面で動画を停止した。
「この人が...」
アリサはそう言うと口をつぐんだ。
『マッスルトレインさんを殺害した真犯人』toとでも言おうとしたのだろう。僕を含むこの場にいる全員が同じことを考えたはずだ。
「刑事にさっきの話をして、この画像を見せたほうがいいね」
アリサはあくびをこらえながら言うと両腕を大きく伸ばし、
「眠いからとりあえず今夜は解散。明朝7時にロビーに集合」
と宣言した。
翌朝7時、鉄道研究会の部員たちはロビーに集まった。男性部員たちはホテルを出るとアリサを取り囲むように陣形を整えた。いつの間にか僕を除く全員がアビエイターのサングラスをかけている。
出雲大社を参拝するであろう大勢の観光客がJR出雲駅の駅前に集まっていた。そのなかを紅一点を中心とした奇妙な集団が進んでいく。先頭の木村が速足で少し前を歩く。木村は左右を見渡すとスマホで僕に電話をかけてきた。少し大きな声で話せば聞こえる距離である。僕は何事かと思って電話を受けた。
「こちら先発隊。異常ありません。どうぞ」
「...」
僕はどう反応すればいいのか迷った。唐突に始まったこのコントに付き合うべきなのだろうか。
僕が困っていると、
「こちら先発隊。異常ありません。本隊、応答してください。どうぞ」
木村が再び応答を求めてきた。
僕はため息を一つつくと、リュックの中からサングラスを取り出した。その後、木村と同じように左右を見渡し、
「こちら本隊。異常ありません。どうぞ」
と、玉砕覚悟でこの暴走列車に飛び乗ることにした。
僕の反応を合図に他の部員も超厳戒態勢でアリサの周りをくるくると回りながら練り歩き始めた。
異様な雰囲気を悟った観光客が自ら道を開ける。
「何、あの集団?何やってんの?きもいんだけど」
「きも軍団に囲まれている背の高い人、岸川アリサじゃない。かわいそう。誘拐されてるのかな」
観光客の囁く声が聞こえてくる。ほとんどが誹謗中傷だが、サングラスをかけているせいか、全く気にならない。それどころか、なんだか誇らしく感じた。みんなの表情も明るい。ただ一人、アリサだけは恥ずかしそうに身を縮めて歩いていた。
「あんた達、やめてよ!」
アリサが顔を紅潮させている。
しかし、スイッチの入った僕達を止めることはできない。僕達は周りの冷たい視線を気にすることなくSPごっこを警察署に着くまで続けたのであった。
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