第9話 悲しき初ライブ配信 2
ライブ配信開始1分後、僕はいきなり言葉に詰まってしまった。『何を話したらいいんだ、ライブ配信って』。
齋藤:おそらくYouTube史上最も静かなライブ配信だな。
アリサ:コメント返しとかすれば?
アリサが、寡黙なYouTuberに助け舟を出した。
『コメント返しか。いいアイデアだな』。僕はアリサのアイデアを即採用し、笑顔で問いかけてみた。
「何か僕に質問ありますか?」
酒井:・・・。
木村:・・・。
沢村:・・・。
熊谷:皆無
無理もない。僕たちは同じ部活の仲間であり、大概のことはお互いに既に知っている。
再び静寂な配信に戻ってしまった。焦った僕は衝撃の出来事を話すかどうか迷った。鉄道系の動画を愛する者にとっては、確実にセンセーショナルな話題ではあるが、信じてもらえるかどうか不安であった。何しろ相手は10万人の登録者を抱える有名YouTuberである。しかし、動きのないコメント欄に痺れを切らした僕は思い切って伝えてみることにした。
「実は・・・」
僕がマッスルさんとの一悶着を鬼気迫る演技で再現すると、恐れていた通り、誰も僕の話を信じてはくれなかった。
酒井:あのマッスルさんが、そんな暴言を吐くものか!
齋藤:信じれらない。いったいどんな恨みがあってそんな嘘をつくんだよ
木村:大丈夫か、モーちゃん。向こうは大物だぞ・・・
アリサ:いきなり巨匠にケンカ売るって、頭おかしいよ、モーちゃん
『もしかしたら僕は夢を見ていたのか・・・』
だんだん不安になってきた僕は机の上からビデオカメラを手繰り寄せると、モニターをコンピュータのカメラの前に向けた。
「正直僕も不安になってきたよ。もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。みんなで一緒に確認してくれるかな?」
沢村:いいよ
齋藤:ちょっと楽しくなってきたかも
僕は恐る恐るマッスルさんとの衝突が撮影されているはずのシーンを再生してみた。
僕の声が聞こえてくる。
「サンライズでは、ホテルのように部屋に鍵をかけることができます。4桁の暗証番号を設定して・・・」
続いて、階段を降りる靴音が聞こえてくる。そして、次の瞬間映像が大きく揺れた。
モニターにマッスルさんの顔が映る。
木村:マジか・・・
そして、僕が正直に登録者の人数を答えたところ、例のマッスルさんの暴言が響き、映像が激しく揺れた。
アリサ:ドン引き・・・
齋藤:草
田代:きっしょ
酒井:マッスルさん、見損なったぜ・・・
アリサ:私、登録を解除する
齊藤:俺はもう解除した・・・
僕は自分に妄想癖がないことを確認し、ほっとした。しかし、その一方で今更ながら徐々に怒りが沸々と込み上げてきた。
「マジで信じられなかったよ。あの優しいマッスルさんが、実はクソ野郎だったなんて」
アリサ:モーちゃんは有名になっても表裏のない人でいてね
酒井:激しく同意(有名にはなれないと思うけど)
沢村:それで、サンライズはどうだい?今どこを走ってるんだ?
沢村のコメントで僕は我に返り、個室を案内しながらサンライズの素晴らしさをレポートした。
「サンライズは最高。本当に最高。シングルデラックスはマジでヤバイから」
齊藤:それにしてもモーちゃんは語彙力が乏しいな。
酒井:YouTuberにとって致命的だよ
アリサ:それより電気を消して、外の様子を見せてよ
僕はアリサのアイデアを再び即採用した。そう、サンライズの個室では車内の照明を落とすことができるのだ。通常の列車でも街の夜景を見ることはできるが、車内の照明が窓ガラスに反射してしまうため、本来の美しさが半減されてしまう。僕は電気を消すと、コンピュータを膝に置き、窓に向かって座った。そして、窓の外を流れる夜景を背景に午前3時頃まで鉄道を語り合ったのであった。
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