王の横
不適に笑ったその人の格好を、一言で表すなら魔女と表現するのが一番正しい気がした。
フードを深くかぶっているため、顔は口元しか見えない。
フードの奥からは長い黒髪が見えていた。
僕は急いで兵士から奪った剣を構えた。
そんな僕を見てか、その魔女みたいな人は言葉を発した。
「そんな警戒しなくていいよ」
その声は高くて、そして冷たい声だった。
僕はその言葉を聞いてもなお、剣は構えたままだった。
信用できない、直感的にそう思った。
「その剣を取り下げてくれてもいいのに...まぁいいですか。今は敵対するつもりはないですからね」
「今...は? 」
「そう、今だけです。未来には何があるか分かりませんからね。今後もずっとというわけにはいきません」
「まぁそれは分かるけど」
「でも今は敵対しないのは本当よ。私あなたみたいな人好きだから」
「なんで僕のことを知っているんだ?」
そう言った瞬間、魔女みたいな人がフードの後ろを引っ張って、そして口だけしか見えなかった顔が、すべてあらわになる。
記憶のどこかで引っかかるような気がした。どこかで見たような気がする。
「思い出せない?」
魔女みたいな人が僕がこの部屋を開けた時と同じような笑みを浮かべて僕を問った。
「あぁ、王よ」
魔女みたい人が独り言のように小さく呟いた言葉によって、僕の記憶の奥底に眠っていた記憶が呼び起された。
僕たちが召喚された日、そして親友が殺されたあの日、王の横に居た女だった。
竹刀に、不思議な魔力が感じられると言った、あの女だった。
王の横に居るのだから、結構身分が高い人であることはあの時の状況から想像ができた。
「なぜ王の横に居るような方が、こんな部屋で、しかもそんな恰好なんだ」
あたりを見渡す。部屋はお世辞にも大きいとは言えず、僕が住んでいた家の僕の部屋と同じくらいの大きさだった。
しかも部屋は薄暗く、気味悪い。床には無尽蔵に本が散らばっていた李、アンティークな品物が乱雑に置かれていた。そして前には、木の机。
とても王の横に居るような人が住んでいるような部屋とは思えなかった。
「なかなかいい考察だね。大体あってるわ。あとなぜ私がこんな部屋でに住んでいるのかって質問の答えは。私が王に頼んだだけよ。狭い部屋が好きなのよね私」
ドアの後ろから兵士たちが走る足音が聞こえた。
「ねぇ、今回は見逃してあげてもいいよ?なんなら匿ってあげようか?」
「誰がこんな状況で初対面の人を信用できるか」
僕は内心で、親友のことも思い出す。
「じゃあこのまま部屋の外に追い出して捕まるの?」
そう言われると僕は言葉に詰まった。
この状況で外に出ても捕まるだけだ。そうなると答えは一つしかない。
「お願いします」
「よろしい」
「ねぇ、暇だから一つ、昔話をしようか?」
「え?」
「そんな素っ頓狂な声を上げなくても、ただ普通にこの世界の歴史を話すだけよ?暇でしょ」
「まぁそうですね」
僕がそう言うと、魔女みたいな人はコホンと、一回咳払いをしてから話し始めた。
「昔々、この世界では魔族と呼ばれる者たちと人間が熾烈な争いを繰り広げていました。魔族は人間を無尽蔵に殺し、心がないのかと言えるほど冷徹な種族でした。
だが人間は、そんな悪い種族には負けないという心をもって、多大な犠牲を出しながらも戦い続いていました。
そしてそれは何百年、何千年も続いていましたが、人間側の勝利に終わりました。めでたしめでたし...これが人間側の歴史」
「人間側の歴史ってことは、その魔族側の歴史もあるのか?」
「もちろん。話してあげようか?」
「お願いします」
後ろから兵士が走る音が聞こえた来る。
勿論僕がこの部屋に居るという事実には気づいていなかった。
「魔族にとって、人間は悪魔そのものでした。人間は、無実の魔族を殺し、それを嘲笑し、嬉しそうに首を刈り取って持って帰っていました。
魔族側はこんな奴らには負けてはならないと決意し、奮闘しますが、魔族と人間側では、大きな個体数の違いがありました。魔族は子供が増えにくいのです。
それでも、個人の力では人間に勝っていた魔族側は最後まで抵抗しますが、結局は数の暴力で敗北を喫してしまいました」
「なんか、解釈が全く反対ですね。人間が悪なのか、魔族側が悪なのか」
「まぁ、種族間の争いとか、国同士の争いとか普通そんなもんよ。こちら側が正義で相手側が悪なのだから」
「それで、負けた魔族はどうなったんですか?」
「いい質問だね。頭良い?」
「...普通ですよ」
ふと、親友のことを思い出した。そういえばあいつ、頭良かったなぁと。
「負けた魔族は皆、皆殺したよ。一人も残らずね。こんな悪い種族は残しておくだけで世界に悪影響をもたらすなんて言われてね。そして世界にもう魔族は存在してないと勝手に言われてる」
「勝手に言われてる?」
「そう、勝手に」
「それじゃあまだ魔族は絶滅してないみたいな言い方じゃないですか」
「そうよ絶滅してないわ。まだ魔族は生きてる」
「なんでそんなこと知ってるんですか?」
「...秘密よ。少し喋りすぎたわ。疲れてるでしょ?眠ったら?大丈夫。突き出したりも襲ったりもしないから」
僕は悩んだ。この魔女みたいな人を信頼してもいいものかと。こんな状況だし、しかも初対面だ。裏切られるかもしれない。でも体の疲労もピークに達していて、休みたいというのもまた事実だった」
僕がそう悩んでいると、魔女みたいな人は言う。
「今休んでおかないと、結局捕まるわよ」
「...」
「大丈夫。私気分屋だけど嘘は大っ嫌いだから」
その言葉を聞いて、僕は悩みながらも、お言葉に甘えることにした。
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