喧嘩
それからまた数日が経ち、庭をウォーキングするほどに回復したので、今日もウォーキングをしようと立ち上がった時、ブリクアートが話しかけてきた。
「俺、この国を捨てようと思うんだよ」
ブリクアートのいきなりの言葉に僕は驚く。
「捨てるって...この国の人たちを見捨てるってことなのか?それにそれを僕に話してどうするんだよ」
「お前だけは一緒に連れて行こうと思ってな」
「お前はそれでいいのかよ。一緒に共にしてきた国民だし、それにお前を慕ってくれる部下もいるじゃないか」
「知らねぇよ。俺は人間が大嫌いなんだ」
「そうかよ」
僕は小さくそう言い、そして次の言葉は言うつもりがなかったのにいつの間にか言葉に出ていた。
「残念なやつだな」
その瞬間、ブリクアートが胸倉を掴んでくる。
感じる威圧感が今までの人生でトップクラスに高い。
「俺の決断なんだよ。なんで人間のお前なんかにそんなこと言われないといけないんだよ!」
ブリクアートの顔は怒りに満ちている。
でもその怒りの後ろには、過去の束縛に囚われて見える。哀れに見えてしまえる。
「なんで人間の僕は連れて行くんだ?」
「それは利用できるからだよ」
僕は押し黙り、そして言う。
「じゃあ僕は行かないよ」
ブリクアートが驚いたような顔をする。この回答は予想していなかったのか。
「約束を破る気か?」
「ああ」
約束とは、僕とブリクアートが共闘するという約束だろう。
「お前なら違うと思ったのに、お前もやっぱ人間と同じじゃないか」
「人間はな。過去の束縛から乗り越えて、逃げて、成長する生き物なんだよ」
「一体何の話だ?」
ブリクアートが訝し気な目を向けてくる。
「お前と違うところだよ」
僕は何を言っているのだろう。
こんなことを言わなくても、何も言わずについていけばいいじゃないか。
僕には、なんも関係のない話じゃないか。
僕を殺しに来た、国の人たちじゃないか。
なのになぜ、この国の人たちを庇うようなことを言っているのだろう。
「お前より、立派な生き物なんだよ」
ブリクアートと僕の言葉との間に、少しの間があった。
いつもなら緊張してしまうような、そんな間だった。
ゆっくりと、ブリクアートが口を開く。
その表情は、なんと表現すればいいか分からない表情だったが、不機嫌だということは察知できた。
「俺が、魔族が、人間より劣ってるというのか...?」
「魔族が劣ってるわけじゃないよ。僕は魔族の人たちを知らないからな。
でもお前は劣ってるよ。いつかお前は躓く。そして立ち上がれなくなる。
それが人間とは違うところだよ。人間は立ち上がれる。立ち上がれる人もいる」
なぜか、気分が悪くなってくる。
これは内から来るものではなく、たぶんブリクアートが放つ、殺気か何かから来るものなんだろう。
「俺は過去を、裏切りも、全部無視しろということか?」
「無視をしろということじゃない。それに引っ張られすぎるなと言ってるんだ。それが全てじゃないと言ってるんだ」
「俺は人間に裏切られて家族殺されたんだぞ!それを引っ張られずにいられるかよ!」
僕が腰かけているベッドに、思いっきり殴る。
ベッドに伝わる振動は、ブリクアートの怒りが直接伝わっているような感じがした。
なぜ、僕はこんなこと言ってるんだろう。
なぜ、僕は言わなくても問題のないようなことを言ってるんだろう。
いや、違う。問題があるから言ってるんだ。
僕は、ブリクアートと一緒なら親友の仇を取れると思ったんだ。
だから、ブリクアートに僕の気持ちを伝えたかった。
伝えないと、一緒についていけないと心の奥底で思ってたんだ。
一緒に居て、居心地がいいかもしれないと心の奥底で思ってたんだ。
「大切にしてほしんだよ。人間も、魔族も知能を高く持って、そして不器用な生き物なんだよ。
そんな不器用を認めて、魔族とか関係なく分かち合ってほしいんだよ」
「夢物語すぎだ。そんな話」
「でも現に、僕とブリクアートは分かち合えそうじゃないか」
「今の状況見てそんなこと言ってんのか?」
「じゃあ分かち合えなくてもいい。でも、今の考えは思い直してほしい」
「翔太、声に覇気を込めることなんてできたんだな」
「してるつもりはないけどね」
「そんなに言われようが、俺は自分の考えが間違ってるとは思わねぇ。絶対にだ」
ブリクアートはそう言った。
でも、その声色は先ほどまでの、敵意むき出しというわけでもなく、怒りがあるわけでもなかった。
だからと言って、呆れているという感じでもなかった。
僕は、一つ安堵した。
「行くよ。僕も」
「それは確定してんだ。否定権はねぇんだ」
ブリクアートは、そう言った。
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