僕たちが飛ばされてから、かなりの時間が経った。

僕たちは来る日も来る日も、顔も見たことのないこの国民たちのために、訓練に励んでいた。


そして一つ、あることに違和感を覚えた。

「なぜ、他の人たちは何の抵抗感も無しに訓練を続けているんだ?」

と小さく呟く。

なぜあんな訓練を続けてられるんだ?なぜ何の思い入れもない人のために命を張れるんだ?


僕だけが別の訓練を強いられているが、他の人たちの訓練の姿も見える。

その訓練は見ているだけでも疲れてくるような過酷な訓練だった。

だが、そんな訓練を強いられているのに抵抗の一つも見えない。兵士たちの言うことを従順に従っているだけだった。


果たしてそれは兵士たちに暴力などの圧がかけられているのか、召喚されたときの記憶がこびりついて離れないのか、はたまたそれ以外なのかは分からない。

ただ、僕は召喚されたときの記憶によって兵士に従っているわけではなかった。


ただ、ここから出る方法が分からず、そして出たとしても僕は異世界人だ。そして何かしらにより逃げたことがバレたとなれば騒ぎになるかもしれない。それは避けたかった。


それに比べて、僕の訓練は比較的に楽だった。

兵士たちと模擬戦をし、そして軽い筋トレと少し座学をしてをして終わりという感じだった。


最初は運動不足の体に響いたが、途中から慣れてき筋肉痛などもなくなった。

そして週に一回ほど、国営の新聞社が発行する新聞が僕の部屋にも届いていた。

それらのほとんどは他国との戦争に関する報告だった。


ある日の新聞では奪われていた砦が、新たにやってきた味方によって取り返したという報道だったり、そしてまたある日の新聞では敵の防衛網を破って、進軍を進めたというものだったり、ほとんどが戦勝報告だった。

そしてその戦勝報告のほとんどに関わっているのは、異世界から僕らのように召喚された人々のようだった。


訓練された異世界人は、兵士十人、二十人分の実力があるらしい。

ベッドでそんなことを考えながらゴロゴロしている僕の部屋に、ノックの音が響き渡る。

僕は駆け足でドアまで向かい、ドアを開けると兵士が立っていた。

そして無感情な声で僕に告げた。


「一週間後、あなた初めての戦が決定いたしました。心の準備をしておいてください」

そして内容をすべて伝え終えた兵士はドアを閉め、去っていった。

そして僕はドアの前で立ちながら困惑の声を小さく吐き出した。

「え...?」


みんなが集まっている食堂の雰囲気は、いつもより重苦しかった。

いつも談笑している人が、今は黙って食事を取っている。

「怖いなぁ」や「死なないよな?」と時々声が聞こえてくる。

そんな僕もそんなクラスメイトの一員だった。


(戦...戦かぁ。果たして僕は戦えるのか?)

そんなことを思い、そしてまた一つの思いが思い浮かぶ。

(戦に乗じて逃げられるんじゃないのか?戦死扱いすれば騒ぎになることもないだろう)

今の生活に何か不便があるわけじゃない。だが、ここの人たちのために命を張れるか?と聞かれたらNOだった。


いきなり召喚されていつもの日常を壊され、そして親友を殺された。

そんな人たちのために命は張れなかった。

僕は最後に残っていた魚の切り身を口に運んだ。


あれから一週間が経ち、いよいよ戦の日が訪れた。

四百人ほどが整列して城門から出ていった。

その中に僕は混じっていた。


これまでの一週間は嫌になるぐらい戦の時の隊列について叩き込まれた。

基本的にはペアとなることなどをだ。

城門から出て行って、一歩一歩と土で固められた道を踏みしめていく。

そして三時間ほど歩いたころ、目的の村に着いた。


そこの惨状はひどかった。民家はほとんどが燃やされ、無事に残っているのは二軒ほどしかなかった。畑は住民が逃げてくるときに焼き払ったのだろうか、すべて実はなっていなかった。


そしてその村の横には、整列して並んでいる敵兵士の姿が見えた。

決して新聞で見たような状況ではなかった。

ここは王城から約三時間で着く場所だ。ここまで攻められているということは、つまり王城も視野に入れられているということだ。


(勝てるのか...これは)

僕の頭の中に疑問符が思い浮かぶ。僕は勝敗がどっちに転ぼうがいいのだが、どうせならこちら側に勝ってほしい。同じ剣道部員で、一緒に練習を共にした人たちが死ぬのは、たいして関わりがなかったとしても心が締め付けられる。


それに兵力差が大きかった。

こちらの兵士が約四百人なのに、相手側の兵士は二千人ほどと見える。

隣の男子をチラッと見る。

隣の男子は僕と同じ剣道部だった佐藤だ。いわゆるチャラい系で髪は茶髪だ。同じ部活だったし同じクラスだったが関わった思い出はあまりない。


佐藤は俺の視線に気づいたのかこちらを向き、会釈して挨拶をした。

「よろしくな」

「あ、あぁよろしくな」

そしてまた前を向き直す。そしてその時、僕らの真ん中で、今回の戦いの将を任されたらしい兵士が馬に跨りながら僕らに迫力のある大声で号令をかけた。


「作戦、開始!」

その瞬間、前の世界では出せなかったスピードで前に居る兵士たちにへ距離を詰める。

これも魔法の一種だった。自分の前に透明の壁を張りながら進んでいくことによって空気抵抗を減らし、筋力を増やすことで走るスピードを上げる。


そして敵との距離が半分ほどになったとき、それぞれ二人ずつで別れながら敵軍にへと進んでいく。

僕と佐藤も二人で別れ、直線から少し右にずれながら走っていく。

そしてついに、敵兵士にへと初めて剣を交える。


僕が思いっきり横に薙ぎ払った剣を相手兵士はギリギリで受け止める。

そしてその隙にその相手兵士の首を佐藤が跳ねた。

その血が僕の頬に着き、濡れる。生暖かい、鉄の匂いがした。

思わず気分が悪くなる。相手兵士は倒れていく。


その後ろに居た兵士は僕に剣を振るう。それをギリギリで受け止めそして反射で首を跳ねた。

嫌な感触がした。今まで経験もしたことのないような、そんな感触。

吐き気がこみあげてくる。だが、敵兵士はまだまだ居て、全員が敵だ。次々と攻撃が繰り出されてくる。


それを僕は一つ一つ防御し、そして反撃する。時には剣を振るい、時には魔法を使って敵を倒していく。

だがさすがに人数差ということで少し後退しながら反撃していると、背中に硬い感触が走った。


剣を振るってきた敵兵士を跳ねのけ、後ろを振り向くとレンガ造りの家が僕の真後ろに建っていた。

僕はもう一度剣を振るってきた敵の首を刺す。そして僕の前にはもう三人ほどしか敵兵士は立っていなかった。そのどれもが、悪魔を見るような目でこちらを見つめていた。


隣にいる佐藤の様子を見る。こちらはかなり押されているようだった。敵十人ほどの猛攻を受け、苦しそうな表情を浮かべている。

敵兵士に少し腕を斬られ、血が飛び散った。「ぐっ」とうめき声が聞こえた。


僕にも敵三人が迫ってくる。剣を構えるが、敵を斬ったときの感触を思い出し、剣は鞘にしまった。

代わりに右手を前に突き出して、念じる。


すると透明な風の刃のようなものが敵兵士三人に向かって飛んでいく。

二人の首を胴体から離したが、一人はギリギリで風の刃を斬って斬首を免れる。

もう一度、と風の刃を出すもギリギリで斬られる。


発射する間隔を狭め、出す量を上げる。敵兵士も疲れが見えてきて、ついに首を捉えたか、そう思ったとき風の刃が何かに防がれたように消えた。

そこには土の壁が首の前にだけ出来ていた。そしてその土の壁には傷跡がついていた。


敵兵士は僕から攻撃の手がやんだことを確認すると、思い切り地面を踏み出して近づいてくる。

そして両腕を上に振り上げ、僕の頭を敵兵士の剣が捉えた時、敵兵士に異常が起きた。

ゴンッ!と音が聞こえた途端、体に力が入らなくなったかのように倒れていく。

首が変な方向に曲がっていた。


兵士が倒れていくのを見届け、そしてその兵士の後ろにあった物体に視線を向けた。

そこには人の頭と同じような大きさの岩があった。音の正体はこの岩が相手兵士の頭にぶつかったときの音だった。


そしてもう一回倒れた兵士に視線を向けた時、ポケットから一つの紙がはみ出しているのに気が付いた。それを拾い上げ、畳まれていた紙を広げると、そこには拙い字で文章が書かれていた。その紙には何度も読まれたかのような跡がついていた。


お父さんへ。

絶対に帰ってきてね。待ってるよ。お父さんが帰ってきたら、お母さんが、世界で一番おいしいシチューを作ってくれるらしいからね。絶対に帰ってきて一緒に食べようね!死んだらだめだよ!

                 アッシュティーニより


それを読み上げた時、ぎゅっと紙を持っていた手に力が入ってしまい、紙がクシャッとなる。自然と胸が締め付けられる思いを感じる。

読まなきゃよかった。と感じてしまう。

そして早く逃げようとも感じる。


チラッと隣を見ると佐藤は多勢に無勢という感じで押されていた。

佐藤の周りに三人の敵兵士が転がっていることから。

奮闘しているだろう。だが、敵は残り七人残っていた。

そして佐藤はもう限界という感じだった。疲弊しきっているし、腕や顔からは血が流れている。


チラッと僕の足元で倒れている敵兵士の姿を見る。

この戦場から、戦死したような扱いで逃げる方法は考えついていた。

敵兵士の防具を纏い、敵兵士に偽装する。


そうすることで敵兵士に怪しまれることもなくあの国から離れることもできる。

幸い後ろに家があることで入ったことがバレなかったら怪しまれることはないだろう。


佐藤も、佐藤を取り囲んでいる敵兵士も、誰もこちらを見ていなかった。

着替えるなら、今のうちだった。

僕が死体を持ち上げようとした瞬間、隣で悲鳴が聞こえた。

「グアァァァァ!!!」


隣を見る、そしてそこには左腕を斬られた佐藤が居た。左腕からは滝のように血が流れている。

このままでは、あとちょっとしたら佐藤は死ぬ。僕の直感がそう言った。そしてこれは事実だろう。

佐藤を助けるチャンスは今しかなかった。だが、家に入り込めるタイミングも今しかない。どちらかを捨てるしかなかった。


クラスメイトを見捨てるか。それか今後の自分のために家に入り込むか。

僕は一瞬で決断した。いや、決断するしかなかった。

敵兵士が佐藤に向けて剣を振りかぶる。それと同じタイミングで僕は敵兵士の死体を持った。助けるなら今からじゃないと間に合わない。分かっている。

罪悪感を覚え始める。


その時、ある所から視線を感じたように思う。冷や汗が流れてきた。

どこにいるかもわからない人の視線だし、そもそも勘違いの可能性がある。だが本能が訴えかける。今、家の中に入り込むのはダメだ。と


僕は敵兵士の死体を地面に置き、急いで佐藤の援護に向かおうとした。

だが、すでに遅かった。僕が敵兵士の方へと振り向いたときにはすでに、佐藤は頭を斬られ、倒れていっていた。

ドサッ、と音が聞こえる。甲高い悲鳴のような声が聞こえたが、今はそれが耳鳴りかどうかなのさえ判別できない。

親友が目の前で殺されたときの光景を思い出す。自然と呼吸が早くなり、血圧が高くなる。死んでしまった。話したことのある人間が、同じ空間で一緒に授業を受け、同じ空間で練習に励んだ人が、死んでしまった。


だが、その死を選んだのは、僕だった。

体が無力感を覚える。

佐藤を倒した敵兵士たちの次なる標的を僕に定めたように、こちらに剣を向けてくる。


その時、足音が聞こえた。走ってくるような足音で、その音はだんだんと近くなる。相手兵士の目線は僕が今背にしている家の横だった。

僕も家の角から首の上だけ出すようにして確認する。

そこには茶髪の女子がこちらに向けて走ってきていた。その顔は青ざめている。

(まさか...)


背中に冷や汗が流れる。見覚えのある顔だった。その人物との記憶が再生される。そして再生される記憶の大半は、佐藤といた時の記憶だった。

その女子は佐藤の前に立ちはだかる敵兵士へ、力任せに剣を振るい、殺していった。

新たに七人の死体が転がると、その女子は佐藤の胸へ手を当てて絶句する。

「うそ...なんで...」


僕はその光景を棒立ちで見るしかできなかった。

心臓の鼓動が早くなる。額から流れてきた汗をまつ毛が受け止める。

剣を落としそうになる。


他の敵兵士が遠くからこちらに向けて駆けてくるのが分かる。

その人数は、三十人ほど。今の状況なら勝ち目は薄い。

僕は少女の方へ向けて走り、必死に心臓マッサージをしている少女の腕を掴んだ。

「逃げないとやばいぞ」


僕は焦った声音で告げる。

その言葉を聞いた少女は僕を五秒ほど見つめ、冷めた声音で告げてきた。

「ねぇ、翔太。清隆のこと見捨てたでしょ」


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