恋人と勇者
「ねぇ、翔太。清隆のこと見捨てたでしょ」
背筋がゾクッとする。
喉元に刃を突き立てられたような感覚に陥る。
言葉が発せなくなってしまう。
「ねぇ、なんで翔太は見て見ぬふりをしたの。ねぇ、なんで動かなかったの?」
見られていたのだ。すべてを。
僕が敵兵士の死体を持とうとしていたのも、敵兵士に取り囲まれて滅多打ちにされている佐藤を見捨てたのも。
少女の心臓マッサージをしていた手は止まっており、そしてその手には剣が握られていた。
「ねぇ、翔太はその敵兵士の遺体を持ってどうしようとしてたの?」
少女は一歩、また一歩と僕に近づく。そしてその度に僕は後ずさりをしていた。
「それは...」
「もしかして、逃げようとしてた?敵兵士に扮して」
言い当てられた。僕が言葉に詰まり、俯いたことでその少女は当たったと確信したようだった。
すすり泣く声が聞こえる。その音源は少女、優香だった。
「翔太なら助けられたじゃん。横に居て、自分の周りには誰も居なかったのに。
実質翔太が清隆のことを殺したようなものじゃん。助けられた人を、助けなかった」
「そんな言い方ないだろ!...僕だって迷ったんだ。苦悩したんだ。
でも考えてみろよ!優香だってこんな生活いやだろ。内情も国名も住んでいる人の名前も知らない国のために無理やり命張らされて、訓練させられて、人殺すなんて。
しかも親友を目の前で殺されたんだ...僕が嫌になるのも分かるだろ!?」
自然と語気が強くなってしまう。
「そんなの関係ないよ!クラスメイトだったのに見捨てるなんて...ありえない」
「優香にとっては大事な奴だったかもしれない。あぁ見てたよ。佐藤と優香が仲良く戯れているところ。何回も何回も、でもな」
僕はスッと息を吸う、そして言い放った。自分でもなぜこんなことを言ってしまったかは分からない言葉だったが、自然と言ってしまっていた。
「僕にとってはただ一緒の空間を過ごした他人にしか過ぎなかったんだ。そんな他人のために僕は、命を懸けられない。そんなことを言うなら優香が助けに来ればよかった。僕を咎めるのはお門違いというものだ」
この言葉は怒りの炎に燃えている優香の心に油を注ぐような言葉だったと理解した。
優香から小石が投擲される。僕はそれを足で受け止める。
優香が地面に置いていた剣を手に取った。奥を見ると敵兵士の距離は先ほどよりも近づいていた。
僕は剣を構える。優香と剣を交えることになるかもしれないと思ったが、実際はそうはならなかった。
優香は剣を地面に置き、目から滂沱の涙を流し始めた。
「そんなの分かってるよ...私も翔太が正しいと思う。
ただ清隆が死んだ事実を受け入れられたくないがために翔太に当たってた」
優香はへたり込んで手を地面に置いた。その手には大量の涙が落ちてきている。
僕は優香にある提案をしてみた。
「なぁ、優香はここから逃げたいとは思わないか?」
「逃げる...?」
「ああそう逃げる。これから厳しい訓練をしなくても済むし、死ぬ可能性もなくなる。いい提案だろ?」
優香は数秒黙り込む。優香が顔を上げると目元は赤く腫れていた。
「でも私は...無理だ」
予想外の返答に驚きを覚える。僕は声量を上げて説得しようとする
「恋人を失った今、ここで従っている必要もないだろう!?」
「私もそう思う...思うんだ。でもなぜかできない。義務感のようなもので、逃げてはいけないと思うんだ」
おかしい、と直感で思う。
義務感、という言葉に違和感を覚える。
ただそんなことを考えている時間はなかった。
敵の集団がもうそこまで来ていたのだ。
「逃げるぞ!」
僕はへたり込んでいる優香に近づいて腕を引っ張って走り出す。
「どうするの?」
「将の元へ行く」
「あの人って強いの?」
優香が疑問符を浮かべて聞いてくる。
「分からない、けど僕らと同じくらいの実力だろうね」
「じゃあ倒してもらうのね」
「いや違う」
「え?じゃあどうして」
「将に撤退の指示を出させるんだ」
僕と優香が大分疲弊しているのだ。他の生徒たちもきっと疲弊しているだろう。
敵の人数も三分の一ほどまで減っているのでワンチャンこちら側が勝てるかもしれないが、疲弊具合から言って勝率は三割、と言ったところだろう。
勝負的にも堅実を求めれば撤退したほうがいい。それに...もう命のやり取りはうんざりだった。
将の元に着く。将は驚いたような顔でこちらを見ていた。僕と優香は肩で息をしていた。
「なぜここまで撤退してきた?」
「もう無理です。撤退しましょう」
「何を言っている?もう三分の一ほどまで減っているじゃないか。それに他の仲間はまだ戦っているぞ?」
「それでもです。僕たちはもう無理です。少なくとも僕は無理です」
僕がそう言うと、将は非常に悩んだような顔をすると。
「それでも撤退はしない。このまま続けていれば我々の勝ちなのだ。友達が戦っているのにそれでも戦いたくないというのなら、ここに残ればいい」
そう言われて僕は前を見るとそこには見知った顔の生徒が戦っていた。
「ここに残るということは、お前が戦うはずだった敵を他の生徒たちが代わりに戦うということだ。それでお前はなにも思わないのか?」
そう言われ、僕は心に揺らぎを覚える。将の言ったとおりだった。
でもその言葉でも僕の決意は揺らがなかった。
「それでも僕は戦いません。僕に戦う理由なんてないんだ。ただ一つ、戦う理由があるのなら」
僕は一度俯いてから顔上げ、将の顔を見上げる。
そしてその将の首元にへと剣の先を突き付けた。
「あなたを殺し、王を殺し、解放されるためになら戦います」
僕のその行動に身じろぎし、顔は少しの恐怖で染まっていた。
だがそれも一瞬で僕の剣をこぶしで突き飛ばすと、将は鞘から日本刀らしき剣を取り出し、今度は逆に僕の首元に剣先を突き付けた。
そして心底面倒くさそうな顔で、小さく呟いた。
「魔術師の奴ら、ちゃんとやれよなぁ」
そしてその瞬間、日本刀らしき剣の先から紫の煙のようなものが出てきて、僕の鼻から体内に侵入した。そしてその瞬間、激しい胸の痛みが僕を襲った。
頭が熱い、くらくらする。
そして将は次に優香の喉元へ剣を突き付け、僕の体内に侵入した煙と同じような色の煙が剣の先端から出た。そしてその瞬間、ドサッと優香が地面に倒れる。
「優...香...」
「おっ、なかなか気を失わないな。さすが勇者ってところか」
そう言い、将は再び僕の喉元に剣の先端を突き付けようとする。俺は朦朧とする意識の中、その剣を払いのけた。そして僕は将の一つの言葉に疑問を浮かべる。
【勇者】、確かに将はそう言った。僕が勇者?一体何の話なんだ。
そして僕は浮かんだ疑問を将にぶつける。
「勇者とはなんだ?何のことなんだ?」
僕がそう言うと、将は驚いたような顔をして、下卑た笑みを浮かべた。
「おっと、口を滑らしてしまったな」
そしてその瞬間、将の持っていた剣は僕の側頭部に思いっきり叩きつけられた。
その衝撃によって僕は地面に倒れ伏す。将は馬から降りると、僕の顔の前まで顔を持ってきた。
「知らなくていいことを知ってしまったやつには...」
将はそう言い、にやりと笑った。
「お仕置きだ」
今度は将の口から黒の煙が吐き出され、僕は成すがまま煙を体内に取り込んでしまう。
そして次の瞬間、意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます