第15話

泥の様に眠った。さっき布団に入ったばかりなのにもう携帯のアラームがピロンピロンと鳴っている。

「んもぅ、もうちょっと寝かせてよ」と悪態を吐きながらアラームを消すと、

部屋の反対の隅の方から

「うーん」と男の人の唸る声がする。寝返りを打つ衣擦れも聞こえた。

ビックリして跳ね起きると、部屋はまだ真っ暗だったけれど、東京の自分の部屋でない事は気配で分かった。何?どんな状況?と一瞬頭が真っ白になったけれど、匂いで山の本堂だと気付く。そうだった。昨日は長い1日だった。

携帯のライトを点けて、ストーブのスイッチを押す。

その時のカチカチカチって音で起きたのか、掠れた声で

「タツミンおはよ。」と丈瑠さんの声がした。

山に丈瑠さんが居る、やっぱり夢じゃ無かったんだ。

夢だったら良かったのにと思わずにはいられない。

なんでこんな状況になるんだろう、先に何が起こるのか不安が溢れて途方に暮れる。


山の上の本堂はウチより2、3度は寒いのに加えて普段人が居ないから底冷えも激しい。十二畳位ある離れの座敷が温まるまでもう一度布団を被ってジッとしている。

すぐに眠りに落ちてしまいそうだ。

ウトウトしていたのかもしれないが規則正しい息遣いで覚醒する。

だれ?朝から腹筋とかしてるの?と昨日の山歩きで鈍く痛む腕で布団を持ち上げて顔を出すと、鴨居にぶら下がっているマックさんが見えた。朝からなんとTシャツ一枚でお元気そうでなにより。丈瑠さんと此処に戻る時、お菓子の箱を抱えているだけだった事で昨日はいいとこ無しだと、戻ってからもかなりいじけているみたいだったけど、大丈夫そうだね。

暫く眼福とばかりに筋肉が盛り上がったり伸びたりするのを見ていたら、マックさんが私の視線に気付いたのかこちらを見て

「おはよう」と笑い掛けるから、寝起きで頭ボサボサの自分が急に恥ずかしくなる。マックさんは起き抜けなのに、なんであんなに完璧格好がいいんだろう。ちょっと寝癖で跳ねた髪さえ、なんだか素敵だ。

「おはようございます。」と返して布団でなるべく顔を隠して時間を確認すると夜明け迄には後1時間を切っていた。

「うわぁ」とつい声が出た。慌てて飛び起きて、洗面所にむかう。支度を整えて髪を梳かす。

洗面所の横には、小さな台所があるって予約されていた炊飯器が、ピーと鳴ってご飯の炊ける良い匂いがした。

コンロの上には大きなお鍋がかかっていて、中を覗くと具沢山の味噌汁が入っていた。温め直したら朝ごはん作らずに済む。昨日は悪態ついてごめんなさい、お母さん感謝です。

みんなに朝ご飯を食べてもらおうと、ご飯を盛り付けていると、ちゃっかりテーブルにアークの姿があった。


4人でテーブルを囲む、

「これが昨日、山で出会ったアーク。洞窟の守り人らしいです。」

と丈瑠さんに説明する。するといつもクールな丈瑠さんにしては珍しく、目をパッチリと開けて、失礼な程アークを上から下まで眺め回す。

「ヨォ、よろしくな。お前は誰だ?」アークが早くも口にご飯を頬張りながら太々しく聞く。

「俺か?俺はそうだななんて言ったらわかりやすいかな?砥部占だ。占い師でも有り、菓子屋のマネージャーでも有り、鑑を磨ぐ者でもある。」動きを止めて

「お前が鑑か。そうか。」アークは、咀嚼していた物をゴクリと喉を鳴らして飲み込んで、今度は逆に丈瑠さんをジロジロと眺め回す。

「今日はどの方角から、奴らが現れると思う?」と丈瑠さんに聞いた。

「待ってくれ、まずは飯だ。腹が減っては戦はできぬと言うだろ」と受け流す。

マックさんは、そんなやり取りの中も黙々と食べて、

「ちょっと、走ってくる」と言って先に席を立った。

外ではまだ風がビュービューと鳴って木を揺らしている様だ。

「まだ暗いからヘッドランプつけて行って下さいね。夜明け前には御社に入ります。後20分位です。」

「分かった。」と腕時計を何度か押してセットしてから、いつもの輝く様な笑顔を見せて、出て行った。

その背中を暫く見送っていると、アークが

「なんだ、お前剣の兄さんに惚れてんのか?」と不躾に訊いてくる。それを聞いて、

「剣?どう言う事だ?」

丈瑠さんは、アークがどれくらい知っているのか聞き出すつもりなんだと分かったので、黙って2人の会話に耳を傾けながら、ご飯を頬張る。

「アイツは剣の名を持つ者だな。我が主人が厄災に見舞われる時、敵を打ち未来を切り開く為にこの国に遣わされたんだ。」

「お前の主人とは、何者なんだ?」

「そりゃ、幼き我が龍王さ。」

「王?」

「そうだ分かってるんだろ、お前が鑑なら知らぬはずは無い。我が幼き龍王が、我らを待っている。役者は揃ったんだ、さぁ早く行こうぜ。」

「えっ揃ったの?巳は?私が巳と辰を繋ぐんじゃ無いんですか?」と思わず言ってしまう。

「そうだな。お前さんの役目はそれもあるな。そして繋ぐにはまず巳を探し出さねばなるまい。それも我らの仕事さ。厳然たる今上龍王は、悪の手に堕ちぬようお隠れになっている。それを巳が楯となり守り続けているのだが、何せ王が随分弱っているのも間違いない。巳の痕跡を悪に見つからぬ様に追い、若き龍王と代替わりをさせるそれこそが、我らの使命だ。」

「悪って?何?」

「世を乱すものはさまざまだ。混乱に乗じて力を得ようとする者も世の中には居るのだ。退治してもまた生まれるが、龍王がそれらを霊力によって抑えていればこそ、世の中は平穏を得るのだ。今上龍王が代を若き龍王に譲る為には、王の持つ宝珠を直接引き継がねば成らぬ。宝珠を壊そうとする者、奪おうとする者からも御守りせねばならぬ。」

「それで、何処に若い方はいるの?ていうかどっちにまず会えばいいの?」

するとまたアークは、口をパクパクし始めた。まただ、

「本当に喋れないの?」とちょっと苛立って言うと丈瑠さんが

「どうしたの?」聞く。

「都合が悪くなると、呪いだとか何とか言って声が出せないって言うんですよこの人。胡散臭いですよね。」

「嘘ではない。」

「ほら喋れた」

「まだ言ってはならぬ事は、言いたくても言えないのだ。」

「ヘェ、その呪いとやらは誰に掛けられたんだい?」

「それは、パクパクパク。」

「やっぱり嘘くさい。」

「とりあえず、有るだけの供物を持って、お社にそろそろ行こう。」

そんな会話をしていると、マックさんが帰って来た。手には銀色の長いケースを持っている。

ケースを開いて、刀を取り出す。

日本刀とゲームに出てくるエクスカリバーの様な凝った装飾の剣。

なにこの物々しい装備は、本当に戦いがあるのかしら?

「使うことが来るとは」と刀を身につけながらマックさんは呟く。

その姿を見てアークが

「どうやら自分の使命を思い出した様だな。」と底光りのする目をマックさんに向けて言った。


夜が明けようとしている。

皆それぞれの装備で身を固め、それぞれの想いを胸に秘め本堂へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る