第5話

冷たい空気が肌を刺し、街はクリスマスイブで今日は何がなんでもクリスマスを楽しまなにゃ損という空気に包まれていた。誉さんも参加するイベントでの大口の特注が入っていたので、2人で朝の7時から店に出て淡々と作業をした。

誉さんと作業をするのは殆ど勉強って感じで、これで破格のバイト料貰えるんだからありがたいことこの上ない。「早出だって残業だって喜んでするよー」って絶対言わないけど思ってる。

誉さんがケーキ類の仕上げを終えると

「もう行かなきゃならん時間だからさ、後よろしくね。このケーキは出る時までアッチの冷蔵庫入れて箱はいつものに入れたら保冷剤は余分めに付けて保冷バック、あそこの棚の銀色のな。それに入れて持ってきて。

焼き菓子は、出来上がったら粗熱取って箱詰めしたら注文書確認して一緒に持ってきて。」

「はい。何処に何時までですか?」誉さんの指示は肝心なところが曖昧だから、何かにつけて推測がいるけど、納品場所迄は推測できない。

「あぁ、えっと7時までに有れば大丈夫なんだけど…」

顎の下に手を置いてちょっと考えいる風だった顔をこちらに向けて、今度は私の姿を上から下まで2往復見た。

「でも、会場が混んでたらたどり着けなくなっちゃうかもしれんから、6時迄にはタイムズスクエアに特設されてるブースに来て。それに1人じゃ持ちきれねえなぁ。」とポケットから携帯を取り出して電話をし始めた。

「暇?ちょっと手伝ってよ。ん。荷物運びウチのチビちゃんだけじゃ持てないからさぁ。うん。そうそう。特等席で見て行って良いよ。はいはいそれはご自由に。じゃね。」

携帯を無造作にポケットに突っ込むと、こちらを見てニヤリとして、

「助っ人呼んだから。」と言う。

「あっ、ありがとうございます。」確かに焼き菓子の大箱10個とケーキ3台、プチフール20個入りのが3箱並行を保って持っていけるとは思えないな。台車で押して行ける距離でもないし。

「タクシー使って良いですよね」と聞くと、納品伝票をプリントアウトしながら誉さんは、

「もちのロンロン、ロンドンブーツ」とオッさん丸出しでろくでも無い返事をした。

時計を見ると2時を少し回ったところだった。

誉さんは、ロックスターの出立ち「つまりいつものチカチカ派手派手」に着替えて「んじゃ宜しく」と出て行った。


幼稚園にクリスマスクッキーも届けて、もうすぐ5時になろうという頃、箱詰めも終わり、タクシー拾って積み込みしてと会場迄の時間を逆算をしていると、パントリーの奥に有る搬入口のインターフォンが鳴った。助っ人さんが来たとおもって「はいはーい」とドアを確認もせず開けると、目深に被ったキャップにサングラス、黒い大きなマスクをしている金髪の若い男の人が居た。ヤバと思って素早くドアを閉めて鍵をして、もう一度インターフォンをオンにして「何の御用ですか」と固い声になるように努力して言う。

「ごめん、おどすつもりじやなかったんだよ。変装変装。」と知っている声が、助っ人に来たと名乗る。

「えっ、マックさん?何で?お店の方に回ってもらって良いですか。」慌てて店に回って鍵を開けると、マスクを外して輝く様な笑顔のマックさんが立っていた。

「すみませーん。時々狂信的な誉ファンがやって来るから、そう言う輩かと思った。」と大いに謝ると、

「あはは、確かに確かに、気をつけるのに越したことはないよ。荷物はどれ?」と言って、恐縮する私に気を使ってくれる。

こういうとこ、イケメンとかイケてるとか言うよりも、本当にハンサムって感じ。

キラリと白い歯をのぞかせて笑い掛けてくれると、膝がガクガクと力が抜けそうになるくらいカッコいいなぁとドキドキする。

「じゃあ行こう。」

マックさんは、誉さんのコックコートを着て、サングラスを縁の太い眼鏡に変えるとまたキャップを被り直して、ケーキの入った大きな保冷バックを持ってくれた。私は台車に乗せた箱を落とさないように、慎重に押して表通り迄出る。

いつも表通りまで行くと、あっ此処は原宿だったんだと軽く驚く。

あのDélicieux bonbonsの静かな厨房からは予想のつかないざわめきが急に私を取り巻いた時、「あっやばいかも」彼は今時の超人気俳優で、此処は若者が沢山いる街中だ。それに今日はクリスマスイブで普段よりみんな浮かれている。見つかったら揉みくちゃにされてしまうかも。ケーキが台無しになったらどうしよう誉さんが激怒するのを思い浮かべて、心配になってきた。早くタクシー見つけなきゃと思っていると、白いエルグランドの横で「早く早く」とマックさんが手招きをしている。もう手に持っていた保冷バックは積み込見終わっていて、台車を側に寄せると手早く荷物を積み込んでくれた。車はスイっと流れに乗って明治通りを新宿に向かった。

「変装上手くいったでしょ。コックコートは誰でも透明人間になれるもんなんだよ。」とにこやか言って、運転している人を指さしながら

「彼は、大和さん僕の事務所のマネージャーさん。誉さんの大ファンでウチの事務所に来てくれっていつも口説いていて振られている人。」

「余計な事は言わんでいい。」と大和さんと紹介された結構な貫禄のあるウチのお父さんくらい年配の男の人が、ペシっと隣に座るマックさんのキャップのツバを叩いて後ろを向くと。

「ウチと一緒にまたでっかいことやりましょうよって誉さんに言ってください。近頃僕の顔見ると逃げちゃって話聞いてもらうどころじゃ無いんですよ。」とにへらっと笑顔を見せた。

新宿高島屋の駐車場は、混んでいるようで入り口には長い列が出来ていた。

「君たちは、先に降りて搬入しちゃえば。」と大和さんは高島屋の車寄せで私達を降ろしてくれた。

思ったより道事態は混んでなくて予定より30分も早く着いた。

だけど、何処に納品すれば良いのかな。タイムズスクエアって随分広くない?ってキョロキョロ辺りを見て思っていたら、私の携帯が珍しくプルプル震えた。

画面に「派手派手マン」と出ている。誉さんだ!ちょうど良かった。

「あのさぁ〜、クリスピークリームドーナツ何処かわかる?わかんなかったらググってそこまで来てよ。そこに居るから。あっ屋根の上ね。んじゃ宜しく。」

「あぁっはい。えっ?屋根の上?」

「何処届けるか分かった。」

マックさんが、すんごい近くまで寄って来て聞いてくるから半歩後ろによろめきながら、

「えっと、クリスピークリームドーナツの屋根まで来いと言っています。」

「よし珍しく、メール見たんだな。対応早いじゃん。それじゃ行こう。」と両肩に保冷バックを下げたマックさんが先導してくれるままに荷台を押した。

1人じゃなくて本当に助かった。


やっとのこと、全ての荷物を運び上げケータリンクの人に伝票を渡すと、誉さんの所に行って

「終わりました。」と報告する。

「あいよ、ご苦労さん。そこら辺座って見てきな。」と機材の後ろの方を指すと、もうモードはお菓子屋からミュージシャンに切り替わる。


「見ていくんでしょ」

マックさんは、キャップを外してパサパサと髪を振りながら話しかけてくる。

「はい、せっかくの特等席らしいから。」

「じゃあ始まる前に腹拵えしようよ。まだ始まるまでに1時間以上有るからさ。」と下を指さす。

でも、何処で聞きつけたのか、このゲリラプロジェクトマッピングを知った人が続々とデッキに集まって来ているようで、あの中マックさんと2人で歩いていくには危険過ぎる。

「私、サンドイッチとかサラダと買ってきます。此処でちょっと寒いけど食べませんか?混んできちゃうと此処に戻るのも大変だろうし、DEAN&DELUCAとかサワムラとかほら高島屋も近いし、行って買ってきます。」

「それでも良いよ。」

「じゃあ誉さんにも何かいるか聞いてきますね。」

と御用聞きに行くと聞くんじゃ無かったと言う量の、他のスタッフさんの分までのお使いを賜った。

参ったと言う顔をしていたのだろう、マックさんは笑って

「僕も一緒に行くから大丈夫だよ」と言ってくれたけど、マックさんを人混みに連れて行かない作戦なんだから、そんな訳には行かないって随分抵抗したのに、

「今日は、変装してるから平気平気」とキャップを被り直して、何でもないことのようにニコニコと付いてくる。

何だろ、気配を消すのが上手いのか、ディズニーランドの芸能人みたいに、気づかれることもなく買い物をした。

一緒に買い物をしていると、機転がきいて、話も上手で笑わせてくれる。店員さんにも愛想が良くて、割り込みをして注文をするおじさんには、怒るのでは無く礼儀正しくこちらが先に並んでいたと伝えることが出来る。イケメンな上にコレってちょっと反則だよ。人気が出るはずだよね、本当カッコいいなと思いながらつい脇から高い鼻梁の顔をちょっと長め見つめてしまったら、「何?」ってあどけない目を向けてくるから、急に意識して不意に顔が真っ赤になった。

ヤダ、もう。下を向いてやっとのこと、

「コレでお仕舞いです。」と言った。あーヤダ顔が熱い。


スタッフの人の邪魔にならない様に、1番後ろの壁際に脚立に乗ってサンドイッチを齧り、腹拵えも済んだ頃、参った参ったと駐車場の混み具合に文句を言いながら大和さんもやって来てた。タイムズスクエアの前のデッキが人で埋まった時、辺りのイルミネーションがパタリと一瞬消えた。始まるぞっていう音楽と共に端の方から光が点る。

音楽に合わせて光の洪水。

うわぁと言う歓声が上がる。

凄い凄い、脚立座ってお尻のあたりがスッカリ冷えて凍えていたのも忘れる程、もう目が釘付けになった。

すると、横に立って見ていたマックさんが、

「もしこの映像に音楽が無かったらって想像してみて。」って言うから、耳に手を当てて、音を小さくしながら考える。

「誉さんって凄い。凄い人なんですね。音楽が無くても素敵な映像だけど、あれば倍、ううん、3倍も4倍も素敵になるんですね。」となんだか、自分が作ってるわけでもないのに身内贔屓なのか嬉しくなった。

みんなが、タイムズスクエアの壁面を吸い付くよう見ている姿も嬉しくて、胸の前で手をギュと握ると、ふっと頬の辺りがほんのり温かくなる。

何?と横を向くと目の前にマックさんの顔があった。近っ!と思って少し顔をのけぞらせると被さる様に顔が近づいてきて、バランス崩して脚立から落ちそうになった私の肩を、キュっと抱き寄せて優しくフッと軽く唇に触れる感じにキスされた。

「なんてまつ毛長いんだろ」

ヤダ私何考えてんだ、それに今のはなんだ?マックさん外国生まれらしいし、挨拶?な訳ないか。キスされた時、目をつぶりもしない自分にもかなり狼狽して目をパチクリして固まってると、もう一度今度はギュッと強めに抱きしめられて耳元で

「だぁ〜い好き」って言われた。

えっ?何?どう言う意味?もしかして告白とかいうやつ?まさか、まさか私みたいな平凡な子に、マックさんがナイナイ。それに言い方が子供に言うみたいだったじゃない。

顔がすっぽり胸の中に包まれて、案外筋肉あるんだなぁって思ったら、なんだか頭がグルグルしてきて、マックさんがギュッとしていた手を離すと体の力が抜けて脚立ごと倒れてしまった。ガシャンって結構な音がした筈だけど、周りはフィナーレの大きな音で、こちらに振り向くことなく目はプロジェクションマッピングに釘付けで、私達に起きた事に気付いた人はいなかった。

そして私は、その後の記憶すっかり飛んでしまっている。ただただ、こんなに素敵なシチュエーションで、こんな素敵な人とファーストキスなんて映画のワンシーンみたいなのに、ひっくり返っちゃうなんて私ったらかっこ悪くて、もう本当にやんなっちゃう的な事を繰り返して思っていながらも、頭の中には水の中に深く落ちていく映像が流れていた。それは、目に映るプロジェクションマッピングの映像なのか、頭の中の古い記憶なのか、夢なのかまるで分からない。


その頃、Délicieux bonbonsの店の奥にある住居の片隅で、書き物をしていた丈瑠さんが、目の前に置いてあった水晶玉が仄かに光を放ち始めたのに気付いて、目をあげる。水晶の奥に映るものを見て、

「賽は投げられたな」とニヤリと唇の端を持ち上げていた。

庭の池が、それに反応したかの様にパシャリと音を立てた。

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