第6話

白く光る壁、窓から差し込む光、これは朝だよね。いつもより柔らかく感じる布団に包まれてまだ寝ていたい。あぁ良い香り柔軟剤変えたっけ?と寝返りを打つと、上から

「もう起きられる?」と女の人の声がした。

誰?お母さんの声じゃない。とビックリしてガバリと起き上がる。

「大丈夫?」

「えっとあの、此処はどこでしょう。」と見た事のない部屋で知らない人に話しかけられる寝起きって恐ろし過ぎて心臓が早鐘の様に鳴る。

「うふふ、そっか巽ちゃんとは初めてだったわね。昨日の記憶は無いのかな。」と優しげな眼差しを向けて可笑しそうに笑う。

私、昨日何やった?酔っ払って正体無くすとか?でもお酒なんて飲んだ事ない。何この状況。と焦りまくって声が出ない。

「大丈夫よ〜、怖がらなくても此処は誉さんのお家だから。昨日自分で歩いてきたから大丈夫かと思ったけど頭少し打ったのかな?だから病院行った方がいいって言ったのに。」と最後は独り言の様に言う。

「誉さん⁈誉さんのお家なんですか?何故私は此処で寝ていたのでしょう」

「初めまして、私は誉の妻の善美よ。ココは息子の部屋。今はもう住んで無いから安心して。昨日なんかイベント会場で転んだらしくて、その後の様子が心配だからってウチに連れてきたのよ。村正君と2人で。」

「あっイベント、タイムズスクエアの…」あぁ少しずつ色々思い出した。なんだか急に恥ずかしいくなってきた。それなのによりによって急にトイレにも行きたくなって、

「すみません、申し訳ありませんが、お手洗いをお借りしてもいいでしょうか。」と言うと善美さんは、ハッとした顔して

「そうよね、10時間以上も寝ていたもんね、早く早くこっちこっち」と自分がトイレに行きたくなったみたいに小走りに部屋を出て案内してくれた。


広い白を基調したリビングは、所々にウォールナット色の木目が施されていて、明るく落ち着いた雰囲気だ。白い壁紙はよく見るとウイリアモリスの柄が入っていてすごくお洒落。

「こっち来て」と善美さんの声がする方に行くと、大きな窓からビルに三分の一隠れた富士山が見えた。

ダイニングテーブルにお皿を置きながら善美さんが

「先にシャワーにする?ご飯でいい?」と聞いてくれたので、

「あっ、改めましておはようございます。私岡寺巽です初めまして。すみませんすっかりお世話になってしまったみたいで。自分では何が起きたかさっぱり覚えていなくて、ご迷惑をお掛けしたみたいですみませんでした。」と深くお辞儀をする。

「本当ダァ。お祖母様がお気に入りの筈だわ。とても良く躾けされてきたのね。羨ましいわぁ。」と小さく拍手までしてる。

ヤダ、また大袈裟な挨拶しちゃったのかなとしゅんとなっていると

「さぁ、とりあえずご飯にしちゃおう。座って座って。」

と朝食用意ができているテーブルへい促した。

「パパは、もう仕事行ったけど、様子みて大丈夫そうだったらゆっくり来れば良いって。そう言ってたから、サボっちゃえば?だって今夜またココに来るわけだし、どちらかと言うと、今夜のパーティーの手伝いしてもらった方が私は助かっちゃうしさ。」とチャーミングな笑顔を向けてくる。

パパ?って派手派手誉さんのこと?いやパパってイメージなさ過ぎだなぁ。パーティー?クリスマスの?ここでやるの?サボる?えっバイトサボる⁇一気に色々な情報が入ってきて、頭がこんがらがる。

「とりあえず、誉さんに連絡入れてみます。何でもないって伝えなきゃいけないし。」

「あっそうよね〜おチビちゃん大丈夫かなぁって心配して出て行ってものね。あは。どうぞそこの電話使って。」

「ありがとうございます。」


店の番号に電話をすると、ワンコールも鳴り切らないうちに誰かが出た。

番号間違えたな、誉さんがそんなに素早く出るわけが無い。

間違えましたと謝ろうとすると、

「タツミン?」と呼ばれて思わず受話器を見る。この声はマックさんだ。ヤダ声聞いたら昨日夜の事思い出した。長い睫毛と触れた唇の感覚が甦ってきっと今私の顔は、熟れたトマトみたいに真っ赤な筈だ。善美さんから顔が見えない様に身体を少し捻って

「はいそうです。マックさんですか?」とちょっと声が震えちゃったけど答えた。

「大丈夫?誉さん起きた時まだ寝てたって聞いたから、どこか頭とか打ったんじゃ無い?病院やっぱり行こうか。今から迎えに行くか…」と矢継ぎ早に言いかけた時

「よう、チビ助。どうだよく寝られたか?もう飯食ったのか?」と誉さんが割って入って聞いてきたので、

「はいぐっすり。自分が何処にいるのかもわからないほど。今奥様が用意して下さってます。はい、身支度が済んだら店に行きます。」

「あらダメよ。うちのパーティーの用意してもらうんだから」と受話器を奪って

「パパ?様子も見なきゃならないし、今夜のお手伝いもしてもらいたいから、お店には行かなくてもいいでしょ⁈」とかなり強引に約束を取り付けようとする。

はい、ともう一度受話器を受け取ると、

「じゃそっちに居ていいから、無理すんな。」とぶっきらぼうにちょっと不機嫌に誉さんが言って電話が切れた。

今日はクリスマスだから割と注文多かったのに大丈夫かなぁとニガリ切っていると、

「大丈夫よ。パパも朝からそのつもりで早く出たんだから。」と善美さんはこともなげに言う。

すると、今度は私の携帯がプルプルと震えて見ると、

「今からそっち行くから」とメッセージが入っていた。

知らない番号。間違えか。

「村正君きっとすぐ来るわよ。」と善美さんは、ニヤリとする

「もう、巽ちゃんに首ったけだもんね。あらやだ、今時首ったけとか言わないかぁあはは。やーねオバさんで。」

イヤイヤそこじゃなくて間違ってるのは、その前のところですよ善美さんとツッコミたくなった。

「それでね、昨日ねもし手を怪我でもさせてたら許さねぇからなってパパに叱られて、オロオロしちゃって見てられなかったわ。しかもうちの泊まる勢いなのをパパが無理やり帰したから、どうせ今朝早くから、下手したら昨日の晩から店に居るわよきっとあの子、あはは。」と陽気に笑う。


ご飯を食べていると、20分も経たないうちに本当にマックさんはやって来た。仕事してないのかなこの人?

善美さんは、手を叩いて笑いながら、「あー賭けておけば良かった。」と残念がる。


朝食の後片付けは是非ともやらせてくださいと頼み込んだけれど、何故かマックさんが代わりにやる事になってしまったので、私は善美さんから今夜の予定を聞いた。

まだ時間はたっぷりあるし、もう頭も手も全然大丈夫なので、頼まれた物を買い出しに行くついでにひとまず家に帰って着替えてくることにした。いくらなんでも、初めて伺ったお家でお風呂に入る訳にはいかない。

それに、店にも寄って今日の段取りと材料の準備を確認したいと密かに算段して、

「昨晩から本当お世話になりました。なるべく早く戻ります。」と言って玄関へ向かうと当たり前のようにマックさんが付いて来る。

「もう大丈夫です。ちゃんと歩けますから。」

「駄目だよ送って行くよ。」と譲らない。

「マックさん。仕事は無いんですか?お稽古やトレーニングとか?

ホワイトニングの予約入っているんじゃないんですか?私のためにそう言うことを蔑ろにされたりしていませんか?もしそういうことならとても困ります。」と言うとマックさんは、鳩が豆鉄砲喰らった様に目をパチクリさせている。

「えっと、今は撮影とかお休みだし他の仕事も無いよ。トレーニングも稽古もお休みすることにしたから大丈夫だよ。歯医者も予約入れ直すから。」

「そうよ送ってもらいなさいヨォ」と善美さんも言うけれど、

「トレーニングとかもマックさんとってはお仕事のうちですよね。そう言うことを後回しにして私のことで煩わすのは嫌なんです。予定が入っているならそちらをちゃんとやって下さい。」とちょっと怒り口調になってしまって、目上の人に失礼だったかなと思った瞬時に抱きしめられた。

「そういうところも大好きだよ」

「きゃードラマみたい」と善美さんが後ろの方で跳ねているのが気配でわかる。

そのままキスまでしようとしてくるマックさんに

「観客がいるところでは、ちょっと」と顔お背けて善美さんから隠れる様にしたら、胸に顔を埋める様な形になってしまった。

「じゃっ後でね」と頭頂部に軽く唇を当ててマックさんは言う。

いやぁ〜そう言う意味に取れちゃうか。

咳払いをして

「とりあえず帰ります。ご馳走様でした。」と玄関をそそくさと出る。もう調子狂うなぁ、恥ずかしい。


結局ジムに行くにも歯医者に行くにも店の方を通るからと、原宿まで送ってもらった。

「じゃまた後で。」とマックさんは、走り去る。

店に行くと、厨房には珍しくおばあちゃんが居て、

「身体もう大丈夫なの?」と気遣ってくれる。

おばあちゃんは、クリスマスには必ずスコーンを焼くことにしているのよと生地を捏ねていた。

誉さんは、私の顔を見るとホッとした顔をして、ラズベリーソースが見つからないとぶっきらぼうに言った。

必要な材料を聞いて用意して、在庫が切れた物のリストを作って、正月休み明けに届く様にファックスをしてから

「奥様とお約束してしまったので、これで帰っても大丈夫ですか?他に何かやっておくこと有りますか?」と聞くと

「ケーキは俺が持っていくから作らなくていいぞ。あと、あいつのペースに巻き込まれるとなんでもやらされるから、適当なところで手を抜けよ。」と手抜きの苦手な誉さんが言うので笑ってしまった。

「はーいそうします。」 

「多分、お料理はケータリングだし、皆さん何かしら持ってきて下さるから、あんまり早く戻ることないわよ。家で少しゆっくりして身体ちゃんと休めてから夕方着くくらいの気持ちでね。」とおばあちゃんは心配して言う。

「分かりました。」と返事をしながら、さっき善美さんに見せてもらった長い買い物リストを思い浮かべた。


家でシャワーを浴びて、ホームパーティーって何着ていけばいいんだと、自分の余りにも少ないワードローブを見返してため息をつく。白い木綿のスタンドカラーのシャツに、黒いパンツ。お母さんが送ってくれた黒いカシミヤのロングカーディガン。お姉ちゃんのお下がりのペンダント。コレが私の目一杯のお洒落な服だと言う結論に達した時、携帯が鳴った。

誉さん何か探し物かなと思って咄嗟に出てしまうと

「もう、全部終わらせたからさ、今何処?」

と息を切らせたマックさんの声がした。

「なんで私の番号知ってるんですか?」

「丈瑠さんに昨日聞いたからだけど、ダメだった?」

「もういいです。あのコレから頼まれた買い物いくところなんですけど、今日ってクリスマスパーティーってことなんですよね?プレゼントとか皆さん持ってくるんですか?」と聞きそびれていた事を丁度いい機会だと聞いてみる。

「どうかな人それぞれだよ。」

「そうなんだぁ」やっぱり手ぶらって訳にもいかないけど、今から何か用意できるかな。

「で、何処にいけばいい?」

「買い物は1人で行けるから大丈夫です。」とキッパリ言ったのに

「でもさ、買い物のリスト僕持ってるよ。」と言うので慌てて鞄を掻き回してみたけど、本当にリストが無い。

イブほどじゃないかもしれないけど、まだ街はクリスマス気分で浮かれているのに、有名人とお買い物なんて恐ろしい。

「じゃお買い物は、マックさんがしてきて下さい。」

そう言って電話を切った。私は手土産になるようトリフチョコレートを慌てて作る。


結局その後何度も電話が鳴って、コレは何処に売っているのとか、これは、何のこととか聞いてくるので、チョコレートも出来たし仕方なく私も買い物に加わることにした。

とりあえず何でも揃っていそうで、芸能人が居ても目立たないスーパーマーケットでと言う私のリクエストで、麻布のインターナショナルマーケットで待ち合わせする事になった。

一度行ってみたかったので、少し嬉しくなって地下鉄に向かう。

改めて考えてみると、昨日から心配をかけたのにマックさんにはお礼すら言っていなかった。

今夜の手土産に、さっき作った山椒の実で出来た佃煮っていうのかな、「みざん」を入れたトリュフチョコレートをまず最初にマックさんにあげることにしよう。


本当は、皆んなが思うほど鈍い訳でも無いし、勿論友達と恋バナで盛り上がったり、中高時代は少女漫画を回し読みしてたんだから、マックさんが本当に好きだって言ってくれてるのは分かっているんだけど、でもほんの半年前には山の中の実家からバスで40分もかけて高校に通っていた、すぐに誰かと間違えらちゃうほど無個性な私に、あんなに有名で素敵な人がと思うとかなり気後れする。それに私みたいな子が、マックさんの世界では珍しいだけかもしれない。自分の気持ちが大きくなって行くのも怖い。まだ、修行の身だし、お菓子作りに打ち込みたいと言う気持ちが揺らいで、優先順位が変わってしまったらどうしようと思うほど、マックさんに引かれている自分にブレーキを掛けている。そのほうが傷付かずに済むに決まってる。だから、なるべく2人きりで会いたくなんだ。

でも、こうやって会えると思うと嬉しいと思ってるのも事実だし、今日は仕方ないからと誰に対してかはわからないけど言い訳している自分がいる。

散り散りになった思いを行ったり来たりしながら考えているとすぐに広尾の駅に着いてしまった。

教えてもらった番号の階段を上がっていくと、出口に逆光でもすぐ分かる見知った影を見ただけで、心臓がバクバクして膝が震えて上手く力が入らない。がんばって巽。と自分を励まして残りの階段を上がった。

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