第7話
クリスマスパーティー用の長い買い物リストのに載っていた物の殆どは、善美さんの冷蔵庫に収まって、結局その日使ったのは果物と手土産に渡す空也の最中だけだった。
善美さんは茶目っ気たっぷりに、
「2人での買い物は、楽しかったでしょ」と自分のアイディアに満足しているみたいだ。
買い物リストはよく見ると、何処の何々とかなり細かく指定があって、方向音痴の私とあまり食品を買いに出ないマックさんは、都内を不効率に走り回ったので、長い時間一緒にいる羽目になったのだ。
パーティーも終盤、思ったより人の多さにちょっと疲れてしまい、キッチンで洗い物をしているところにマックさんが来て
「楽しかった?」と聞くから買い物の事かな?とも思ったけど、
「はい、世の中には色んな人がいるんだなと勉強になりました。誉さんの周りには本当にいろんな人が集まって来ちゃうんですね〜」と笑うと、
「そうだね、誉さんは人を引き寄せる力あるよね。」と頷く。
「もう終電ないと思うけど、送って行こうか。」と言った時、後ろから誉さんの手が伸びてきて
「このヤロー、常套手段をウチのちび助に使う気かぁ」とヘッドロックする。誉さんは結構酔っ払っていてかなりゴキゲンだ。
「今日は、もうウチに泊まってけ。危ない狼に捕まったら大変だからな。」と古臭いフレーズを言って「お前は早く帰りなさい。」とマックさんを玄関へ追いやる。
するとこちらもご機嫌の善美さんが、腰に手を当てて
「パパいつからそんな野暮天になったのよ。2人の恋路を邪魔できる人なんていないですからね。」と急にケラケラと笑い出して、誉さんをキッチンから追い立てる。誉さんはそのまま飲み直すぞぉーと騒いでる集団に拉致されていった。
善美さんは、息子さんに寝室に連れて行かれて、部屋は急シンと静かになる。マックさんの同級生で誉さんの息子の大地さんが、戻って来て、
「ごめんね、驚いたでしょ?近頃あの2人こんなに酔っ払らうこと無かったんだけど、なんか今日はヤケにはしゃいじゃって。」と言うので、「全然大丈夫です。素敵なご両親ですね。ここ片付けたらタクシーで帰りますね。」と言うと大地さんは拝む様にして
「ごめん、親父行っちゃったし、母さんは、寂しがり屋だから今日泊まってもらうと助かるんだけど。俺もコレから飲み直しだからさ。こういう賑やかな時の後は、夜中に起きた時、誰もいないと泣くのよあの人。」と善美さんの部屋を指刺す。
「じゃ俺も泊まる。」と急にマックさんが現れて、大地さんと2人でぎょっとした。
後ろからベシッとマックさんの頭を叩く人がいたので、誉さんが戻って来たんだと思ったら、おばあちゃんと一緒に先に帰ったと思っていた丈瑠さんが立っていた。
「あのさぁ、お前何焦ってんの?タツミンは逃げないから少し待ってやれ。この子は昨日のがファーストキスだったの!そんなにいっぺんにアップデート出来ないんだよ。解ってやれよ。」と言葉を切りながらかハッキリ言う。
ぎゃー!何でキスしたの知ってんの?それよりこの歳になってファーストキスだって情報、ここで公にする必要ある訳?知ってるだけでも驚きだよ。もうヤダァ恥ずかし過ぎる。もうこんなところには居られない。
「帰ります」と泡のついた手も洗わずに玄関に走って行こうとすると腕を掴まれて、
「待ってそんなつもりじゃ無いから。一緒に居たかっただけだから。」と 屈んで私の目を見ながらマックさんが言った。
「ハイハイ見てられないので、退散しまぁ〜す」と大地さんと丈瑠さんがマックさんを抱える様に出て行こうとすると、マックさんが2人の手を振り解いて、
「ちょっと待ってよ、もう帰るから。」と言って椅子に置いてあったピンクの紙袋を持って戻ってきた。
「これ、タツミンへのクリスマスプレゼントだから後で開けてみて、気を悪くしたならごめんね。」と凄い不安そうな顔をするから、首を振って小さな声で
「大丈夫です。どうしよう私プレゼント用意してない。」とどうにか言った。まだ恥ずかし過ぎて目を見られない。
「コレもらったよ。」とチョコレートをポケットから出していつものとろける様な笑顔を見せる。ポケットに入れていたらチョコレートも溶けちゃうのに。
「溶けたら服汚しちゃうからすぐ食べて下さい。」と言うと私が怒っていないと分かったのかホッとした様な顔をして。
「分かったすぐ食べるね、またね」と小さく手を振って
自分で歩いて出て行った。
大地さんが、最後に
「今もう一度母さん以外誰も居ないってチェックしておいたから、俺たち出たら鍵閉めてね。じゃっヨシミンを宜しく〜」と陽気に出て行ったので、仕方なく鍵を閉めた。
まだ、テーブルに残っていた食器を食洗機に入れようと運んでいると、ガチャっとドアの開く音が響いた。驚いて後ろを向くと善美さんが
「まったく男って本当に野暮天ねぇ〜。なんかお腹すいちゃった。」とソファによっこらしょと腰を下ろした。
残っていたお料理を片付けながら、残り物でサッサっと簡単な夜食をつくる。ターキーにチーズ、レタスにクレソンバジルソースもあったのでフォカッチャに挟んだサンドウィッチ。軽く焼いて出すと、
「美味しいぃ〜このフォカッチャプチメックのだね合うなぁ」と善美さんは喜んでくれた。
私も、向かいに座ってチビチビ齧る。このバジルソースすげ〜美味い。
「あのね、こんなこと言うのは、あの子達みたいに野暮で嫌なんだけど、村正君はああ見えてピュアなのよ。」善美さん手ずから入れたカプチーノを一口啜る。
「あんな見てくれだし、優しいし、気が回るからそりゃ昔からモテモテよ。親達にも受けがいいし、今だってかなり年上のベテラン女優とかにも言い寄られてるって噂も聞いたりもするしね。」
そりゃそうでしょう。モテるに決まってる。
「だから、学生時代は女の子取っ替え引っ替えって感じの時も有ったのよ。若い男の子が、可愛い子に告白されたらそりゃ付き合うよね。だから、ファーストキスが今回って事は無いとは思うけど。」
とちょっと可笑しそうに笑ってこっちを向く。聞かれてたんだ。ヤダァ丈瑠さんの声異常に大きかったもんなぁ。また顔が真っ赤になる。
「でもねいつも振られるの。付き合っても、全然積極的じゃないのよ。言われればデートもするし、誕生日プレゼントとかも欲しいと言われたらあげたりするんだけど、全部受身なの。彼からのアプローチは無し。だから物足りないって思われちゃったのかな?見た目とのギャップがあるのか毎回つまんないって振られるの。酷いよね。ハハ。だからね、今回全然様子が違うのを見てね、巽ちゃんのことがあの子の初恋だと思うんだ、私。あんなに必死で積極的な村正君見たことないもの。なんか、良いわよね若いって。見てるこっちまでドキドキしちゃう。だからね、プレイボーイの気紛れとか思わないで欲しいんだ。」
とカプチーノを一口啜ってから、
「こんな話私がしたこと内緒よ。ヤダヤダ野暮天だなぁ」と笑って、テーブルの方へ行ってさっき私達が買って来た空也の最中を2つ取って、はいと私にも手渡してくれる。
「食べたことある?私ここの最中大好きなのよね。餡子は勿論だけど、どこの皮より香ばしくパリッと焼けたところがたまらなく好きなのよ。案外無いのよね皮が美味しいところ。こんな時間に食べたらまた太っちゃうかな。まぁ良いかクリスマスだし。」
私もパクリと頂く。本当だぁこの鼻に抜ける香ばしい香りが堪らない。
「美味しいですね。好きですこのバランス。今度実家に帰る時買って行こう。」
「予約しなきゃ買えないから気をつけてね。」
と言って残りを口に放り込むと
「あの袋開けてみたら?」
さっき貰ったピンクの袋を指差す。
ミュウミュウの袋に入っていたのは、肩と袖のところがレース使いになっていて、切り替えでウエストがフィットしているフレアーがたっぷり入った膝丈のオフホワイトのワンピースだった。共地のフラットカラーが付いていてとても可愛い。
「わぁいいじゃない。凄く似合そうよ。本当は、今夜着てもらおうと思ってたんじゃないのかなぁ。靴まで入ってるし、でもさ巽ちゃんが着ているカーディガンがお母さんからのプレゼントって言うの聞いて、着て欲しいって言うのはやめたのかもね。そういう子なの優しくて気が利くの。小さい時から知ってるし、一時期ほぼウチで過ごしてた時もあるからさ、身贔屓な意見だと思ってくれていいけどね。」と言うと欠伸をして、
「そうだ、それにぴったりのバッグあるの。クリスマスプレゼントにあげるわ。今度デートする時に使ってくれたら嬉しいなぁ。」
これ着てデートするのは決定事項なんだぁと思っていると、クローゼットからプラダのロールケーキみたいな円筒型の白のエナメルのバッグを出して来た。
「えっこんな高価な物貰えません。私、善美さんにプレゼント持って来てないし。」と言うと
「いいのいいのお古だし、もう可愛らし過ぎて持てないって思ってたから使ってくれたら嬉しいのよ。良いなぁ女の子はやっぱり。着せ甲斐があるもんね楽しい。うちは男ばっかりでつまらなかったのよ。今度一緒に買い物付き合ってねぇ」とウインクする。
「そうだ私にもプレゼントくれる気があるなら、来年のクリスマスは、巽ちゃんにケーキ作ってもらうってことにしようかしら。パパのより美味しいの作ってね。」
「無理ですよ、誉さんより美味しいのなんて。」と慌てて否定すると真面目な顔になって
「最初から無理なんて言っちゃ駄目よ。誉はなんたってもうおじさんだから感覚鈍り気味だし、貴方の若い感覚の新しいケーキが食べてみたいの。楽しみにしてるから来年も必ず来てよ。約束よ。」ねって頷くと私が返事をする前に、
「片付けは、明日に回してもう寝なさい。シャワー遠慮なく使ってね。タオルも洗面所の使っていいし、ベッドに着替えと歯ブラシ置いておいたから使ってね。おやすみ。」とお母さんモードになって言うだけ言うと部屋に行ってしまった。
膝に乗せたワンピースをもう一度見て、マックさんの笑顔を思い出した。何度も振られたりしてるんだぁ。ヘェ〜人は見かけによらないね。どうしてかよく分からないけど何だか胸が熱くなってポロリと涙が溢れた。ワンピース汚しちゃう前にもう寝ようっと。
クリスマス以降は、お店はお休み。正月明けて10日まで毎年お休みするらしい。
私も大晦日には、実家の行事に出なければならないから、28日の夜行バスで帰る予定だ。
だからその前に、おばあちゃんと丈瑠さんに年末の後挨拶しようとお店に行くと、ちょうど良く誉さんが居た。
「今年は大変お世話になりました。良いお年をお迎え下さい。明日深夜バスで実家に帰ります。また来年よろしくお願いします。」と挨拶すると誉さんが、突如、
「腕試ししてやるから、パントリーにある材料を使ってクッキーとか、焼き菓子で日持ちのする物を作ってみな。」と言いだした。
学校も休みに入ってるし、お土産は明日バスに乗る前に買うつもりだから、他に予定もないのでコックコートを羽織って、バックの中のいつも持ち歩いているレシピブックを開く。こういう時手を抜いたり、背伸びをして見た目だけの物を作って誉さんを激怒させる訳にはいかない。基本のシュガークッキーの種を作ってから、フレーバーを3つ考えることにする。
ナッツにキャラメルにホワイトチョコレート。キャラメルには、ダークチョコレートのコーティングをしよう。
焼き菓子はパウンドケーキにしよう。ブルーベリーとクリームチーズ。アイシングも掛けよう。洒落てはいないけど、今の私の実力で、確実に美味しく出来るものにした。
みんなに味見してもらうから多めに作れよとのご指示なので、レシピの3倍の量で作った。
生地を全てオーブンに入れると、
「これ、ばあちゃんに持っててくれ。」と珍しくクリーム状の物がグラスに入っていた。ムースかな?横から見るとイチゴミルク色にチョコレートに白いクリームの3色の層になっている。細くベリーのソースが飾り付けてある上に削ったチョコレートが上に乗っていた。
器は、四つ有るから後から誉さんも来るつもりなんだろうと思って、
「こんにちは」って大きな声で言っておばあちゃんの部屋のドアを開けた。
丈瑠さんの顔を改めて正面から見ると、この間の事を思い出して恥ずかしくなるけど、今ちゃんと顔を合わせておかないと、年明けにここに来るのが怖くなりそうなので、あえて何も無かった様なフリをして、
「誉さんがオヤツですって。」とガラス器をテーブルに並べる。
「この間のスコーンとても美味しかったです。今度作り方教えて下さい。」とおばあちゃんに言うと、
「あらやだ、本職の人に教えることなんて無いわよ」と満更でも無いという笑顔でおばあちゃんは応える。
「珍しく誉コレ作ってくれたのね嬉しい。私の好物だって知ってるのに、混ぜるだけでつまらんからなぁとか言ってなかなか作ってくれないのよ」と嬉しそうにスプーンを口に運ぶ。ただ混ぜるだけって誉さんは言うけれど、絶妙な舌触り、甘味、三層のバランス。レシピが有っても誰でもできる訳じゃないのになぁ。ムースがぶつぶつと口の中で潰れてから溶けていくこの感じあー美味しい。
「今日は、私がオーブン使ってしまったので。」
「何作ったの?それは食べさせてくれないの?」
「テストらしいですから、誉さんの合格点を貰えたらお出ししますね。」
そんな話をしていたら、丈瑠さんが普段にない難しい顔をして、
「あのさ、ちょっといい。また善美さんに野暮天って言われちゃうかもしれないけどさ、マックの事だけど、ヨシミンは色々考えて気後れとかしてるみたいだけど、そんな事考えなくていいからな。あいつが有名人だとか、そういった類のこと全部無視してマックと居たいのか、アイツのために何かしてやりたいと思うのか、他の奴とは違うものを感じるのかだけを考えりゃ良いんだからな。アイツには特別なもの感じてんじゃねえの?余計なお世話だと思うけど、タツミンは自分の事さ過少評価しすぎだと普段から思ってるんだよね。釣り合わねぇとか思う必要は全く無いからな。誉だってタツミンと出会えてバージョンアップしてんだぜ。分かってないでしょ?」と一気に言って、なぁばあちゃんと話を振る。
「そうね。誉も丈瑠も私もだけど、随分元気もらってるわね。うふふ。表の店だっていつ閉めるかって感じだったのに、近頃やる気みなぎっちゃってるものねぇ誉。」
「えっ閉めるつもりが有ったんですか?あんなに美味しいし予約だっていっぱいなのに?」
「誉の気力の問題だよ。まっそれは良いんだけど、だからさ、タツミンは自分で自分の事をたまには認めてやりなよ。」
「そうよ、女の子は自信を持ってちゃんと背筋を伸ばして前を向いていたほうが、幸せ呼び込むものよ。」
そんな話をしてると、誉さんが入って来て、
「さぁテストだ。仕上げしたら丈瑠の部屋へ、あの何ちゃらっていう赤いの着て持ってきて。」
「えっ制服に着替えるんですか?」
「そうそう、その方が雰囲気出るじゃんなぁ丈瑠?」と目くばせをする
「えっあぁ、そうだね。シェフの言う事は絶対だね。」
「ほらほら、じゃこっちで着替えないさい。あっ仕上げの作業してから?そうね。じゃあ持っていってあげるから。」となんだかみんな自分がテストされる様に浮き足立っていた。
厨房に戻ると、クーラーラックに出来立てほやほやのパウンドケーキとクッキーが待っていた。
アイシングを作ったり、クッキーをチョレートでコーティングしてピスタチオを砕いた物を飾り付ける。これで良しと思ってから、店と厨房の間に仮設的作ってもらった更衣室に入るとアイロンのかかった制服が掛かっていた。合格点貰えるかドキドキしながら着替えて出てくると、おばあちゃんがトレイに紅茶セットを作業台に乗せたところだった。
ちょっと座ってと言って、サイドの髪を手早く三つ編みにして纏めて顔についていた粉を落としてくれた。
「まぁこれでいいかしらね。」と一歩下がって私を見てから、さぁ頑張ってと背中を押した。
丈瑠さんの仕事部屋へノックをして入ると、いい匂いがした。あれこの部屋こんな匂いだったっけ。
お客様用のソファのみたいな肘掛け椅子に座ってる人がこちらを向く。
もう、みんな騙したなぁ。ガチャガチャと、紅茶セットが鳴って動揺しているのがバレバレだ。一度目をつぶって心を落ち着かせてから、ふっと息を吐いておばあちゃんの言葉を思い出して背筋を伸ばす。背が小さくて、鼻も低くて、痩せっぽっちだから、女の子らしい花が無いって言われる事もあるけど、お菓子作りだけは、同じ世代のどの子にも負けたりはしない。だから自信を持って、食べて貰おう。
「お待たせ致しました。今日は、お越しくださってありがとうございます。これはテストなんですって。私の焼いたお菓子を召し上がって頂けますか。」となるべく声が震えない様に笑顔で言った。
立ち上がったマックさんは、いつものとろける様な笑顔で、
「もちろん。喜んで」と言った。その顔見てまた膝の力が抜けてしまいそうだった。
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