第8話
おばあちゃんの部屋では、丈瑠さんが
「誉の割には気が利くなぁ」
と言えば、
「お前だって人のレンアイに首突っ込むなんて珍しいじゃ無いか」と笑う。
「私達の時代だってもう少し積極的だったわよ。」
「あはは、ばあちゃんこの前ドラマとか見ていて近頃の若いもんは即物的すぎるって文句言っていたじゃない。あれくらいでちょうどいいんじゃ無いの?」
「それにしても、あの2人お互い惹かれあってるのに、見ている方が焦れちゃうわよね。」とおばあちゃんまでが地団駄を踏む。
「でもよ、誉はいい仕事したよな。」
「だろ?テストはいい思い付きだろ?俺様優しいからな。」
「違うよ、タツミンを此処に雇った事だよ。」
「そっちか?まぁ、丈瑠に褒められるのは珍しいから嬉しいな。」
「アイツらは此処で出逢わなきゃならなかったみたいだからな。」
「ふぅんなんかお前がそんなこと言うならあるんだな?」
「まぁな。で、テストは?」
「アイツにテストなんて要らないの。チビ助は、舌も鼻も腕も良いからな。明日実家帰るなら親に自分の作った物食わせてやりたいだろ。でもウチの厨房とか材料使って良いって言ったってアイツ遠慮するじゃん。だからテストは口実口実。俺様優しすぎるだろ。」あははと鼻高々に言い放つ。
「誉、もうメロメロだなぁ。お前娘いなくて良かったなぁ。」
「本当ね〜いたら今頃、モンスターなんちゃらになっていたかもね。」
そんな話をしていると、コンコンとドアを叩く音がして、マックとその背中に隠れる様に巽が入って来た。
「帰るのか?」と誉さんが聞くと、
「はい、スチールの撮影が有るので帰ります。」
「ほい。じゃあな。」
「明日また、タツミンと出掛けることになりましたので、宜しくお願いします。」とマックさんは軽く頭を下げて言う。すると誉さんがニヤニヤして
「あのさ、今日から正月10日までうち休みだしさ、もう子供って訳でも無いんだからいちいち報告しなくてもいいぞ。」と言って、なぁと丈瑠さん達に言うので、2人して赤くなってしまった。
だけど、2人がどうなったのか、何を話したかとかそんな事は全く聞かないでいてくれる。やっぱり皆さん大人なんだな。
さっき、私のお菓子を丁寧に食べてくれたマックさんは、
「凄い美味しいよ。」とお世辞じゃ無くてと言ってくれた。
そして、立ち上がると
「僕と付き合ってくれませんか。」とシンプルに言った
眼を丸くして、直立不動になった私に
「ダメかな?」と優しく言うのでプルプルと頭を振って
「私なんかでいいんですか?」って聞き直す。
「タツミンがいいんだよ。」と一歩私の方へ踏み出した。
「私で良ければ、お願いします。」と頭を下げると、
「良かった。断られるかと思った。」とハグをする。
それから、顔を見て
「明日、デートしてくれる時間あるかな?暫く撮影で東京離れちゃうんだ。」
「あぁ、あの私、明日の夜行バスで田舎に帰るので、それまでなら。」
「じゃぁランチ予約しておくから。」
と、もう一度ぎゅっと抱きしめられた。
「大好き。」マックさんがと耳元でまた言ってくれて軽いキスをする。
頭がぼんやりしちゃってそれから待ち合わせの場所や時間を決めたのに、後からメールでもう一度聞き直す羽目になった。
マックさんが帰った後、お茶タイムになって、ムースの作り方を聞いたり、スコーンの作り方のコツを聞いていると、善美さんがやって来て
「巽ちゃん居る?」と玄関から大きな声で呼ばわる。
「はい、はーい。」とバタバタと玄関に向かうと、
「良かった。今夜から田舎に帰るんでしょ?これ持って行きなさい。」と空也最中の箱をくれる。
「わざわざ買ってきて下さったんですか?ありがとうございます。」と頭を下げると
「ちょうどお茶していたのよ、玄関先じゃなんだから、お上がりなさい。」とおばあちゃんが、善美さんを部屋に誘う。
「善美さん。あの私マックさんとお付き合いすることになりました。」と小さな声で報告する。
「あらまぁ、まだその段階なのね。でも良かったわ。」と私の肩をぎゅっと引き寄せて、「おめでとう。」と言ってくれる。
「早くあのワンピース着てデート出来るといいわね。」と言うので、
「明日、ランチデートで着ようかなって思います。」と言いながら自分があのワンピースを着た姿を思い浮かべる。
靴もバッグもあって完璧。ハッとした。コート!学生時代に着ていた紺のダッフルと今日着てきたダウンの入ったMA-1しか無い。青くなった。
「善美さんどうしよう。」と泣きそうな顔で言うと、おばあちゃんが、
「どうしたの情け無い声出して。」と聞く
「あの、明日出掛けるのにせっかく頂いたワンピース似合うコートが無くて。どうしようかと、、、紺のダッフルかMA-1しかなくて。」
「コートなんてなんでもいいじゃん。寒くなきゃ良いんだし、どうせ車で店行きゃすぐ脱ぐんだろ。」と誉さんが言うと、
「ダメよ。」と善美さんとおばあちゃんが声を揃えて言う。
「今から伊勢丹行きましょう、私が買ってあげるわ。」
何故かおばあちゃんが張り切った声を出す。
「いえいえ、そんな訳にはいきません。」
「良いのよ、クリスマスプレゼントと思ってくれたら。」
「クリスマスプレゼントは、スコーンも、レシピも頂いたし。」と必死で断る。
「そうよね、バイトもしてるし自分で買いたいのよね。予算は幾ら?」
「えっと、明日の実家へのお土産買うので、15000円位なら。」
「あらやだ、一万円台でコートは無理よね⁈」とおばあちゃん。
「あぁ、土産ならさっき作った菓子持って行っていいぞ〜。」と誉さん。
「えっいいんですか⁈それより誉さんテストは?結果は?」と聞く
と、
「テストって何?」と善美さん。
「合格みたいだぜ、なぁ誉?」と丈瑠さんが先に言う。
「いや、まだ食ってねえのにそんな事は言えんな。」とふんぞり返って誉さんは、拗ねた様に言うので、
「いま持ってきます。」と厨房に急ぐと、
「パウンドケーキは2本手を付けずに残しとけよ。」と誉さんが声を掛けてくれる。
みんなの分をそれぞれお皿に切り分けて、配る。
「美味しい。ねぇ〜パパ?」
「誉のとは、レシピが違うね。スパイス何か入れた?」
「口当たりがまろやかで美味しいわぁ。」
「ふむ、もう一切れパウンドケーキ。」と誉さんがお皿に突き出す。
それを見て皆んながニヤニヤしている。
「で?」と丈瑠さんが誉さんに水を向けると誉さんは、お代わりしたんだから分かるだろと、鼻に皺を寄せてから、咳払いして
「まぁ、さすが俺の弟子だな。スパイスを入れるならもう少し香りが立つ様に工夫したら尚いいな。」
「で?」と面白そうに善美さん、
「合格だよ。」ケッとつまらなそうに鼻を鳴らしてから、
「ほれ、実家に持って行ける様に包んじゃえよ。そろそろ業者来るからな。」
とつまらなそうに席を立って、厨房に向かう。
掃除業者が来る前に、お菓子を包んで、紙袋に入れる。
「師匠、ありがとうございました。今年は色々お世話になりました。来年も励みますので宜しくお願いします。」と頭を下げると
「師匠とか言うな。」と照れた声で言う。
「だってさっき弟子って言ってくれたから。」とニンマリ笑うと
「土産なら菓子は要らねえから、地元の味噌と醤油な。」と照れ隠しに言って、ホレホレと向こうへ行けとばかりに手を振る。
「はーい。了解しました。」お土産のリクエストはありがたいと思いながら、退散する。
おばあちゃんの部屋へ戻ると、丈瑠さんはもう居なくて、善美さんがワンピースの絵を描いておばあちゃんに説明していた。
そうだ、コート問題だった。
「じゃぁ今からZARA行ってみよう。多分二万円内で今ならセールもやってるし買えると思うから。さぁ、お祖母様も一緒行きましょう。ZARAなら、歩いてすぐですから。」とおばあちゃんも誘う。
「あら、私も?嬉しいけど、今回は善美さんにお任せするわ。今度、伊勢丹行きましょうねぇ。」とにこやかに笑いかけてくれる。
「すみません、せっかくおっしゃって下さったのに。」と頭を下げると、
「いいえ、私も巽ちゃんの考え方に賛成よ。素敵なコート見つかると良いわね。」と見送ってくれた。
善美さんとZARAで上から下まで2往復して、善美さんの手に残ったのは真っ赤なマント型のコートだった。
「赤ですか?」
「嫌?」
「に、似合いますかね?」
「あら、あのワンピースにはピッタリだと思うわよ。」
「いやぁ私に。」
「大丈夫よ。もっと自信を持ってちょうだい。着る物は心持ちで似合ったり似合わなかったりもするもんなのよ。私が太鼓判おしてあげるから、自信持って着てちょうだい。スッゴく可愛いわよ。」と私に羽織らせながら言う。
「それに、セールの更にセールで13000円位になってるしね。」と策士の顔で私に囁く。
結局値段にも善美さんの推しにも負けてそのコートを買った後、
「タイツか、ストッキングがいると思うけど白っぽいの持ってるかな?」と善美さんがアドバイスしてくれる。
そうかぁそこまで頭が回らない、ファッションレベルの低さにまた少し落ち込んで
「いつもパンツにソックスなので無いです。」と言うと、ラフォーレまで私を引っ張って行って、白に細かなラメが入った薄手のタイツとリボンが二重になっている髪飾りを予算内に収まる様に選んでくれた。
「あー楽しかった。やっぱり女の子は良いなぁ。また買い物付き合ってねぇ〜。」と私の頭をクシャクシャっと撫でて
「私はもう少し見ていくから。」とエスカレーターを登って行ってしまう。
「ありがとうございました。」と声を掛けるのがやっとだった。
お店に荷物を取りに戻る。
おばあちゃんに買って来たコートを見せると、
「まぁ素敵。これを予算で買えたの?良かったわね。」と言って
「ちょっと待ってね」と奥に行って、手に小さな凝った飾りの箱を持って来た。
「今ふと思い出したんだけど、昔そうねロンドンだったかな、アンティークショップで誰かにあげようとと買ったのよ。」と箱を開けて銀細工で周りを包み込む様になっている雫型の水晶なのか透明な石の中によく見えないけど何かが彫られているペンダントを出して、
「コレ、つけてみて。」
言われるままにつけみる。
「あぁよく似合うわ。ずっと忘れていたのに、急に思い出すなんて、巽ちゃんを待っていたのかもしれないわね。」と不思議なことを言う。石は細かなカットが施されているキラキラと輝く。
「良いんですか。嬉しいです。ありがとうございます。」とペンダントベッドを手に乗せるととても落ち着いた気持ちになった。
もう一度おばあちゃんと丈瑠さんに
「では、お世話になりました。また来年も宜しくお願いします。良いお年をお迎え下さい。」と玄関で頭を下げる。
「タツミン家何処だっけ?岐阜?」
「いえ、滋賀です。近江八幡の辺りです。」
「ふぅ〜ん。家の行事があるって言っていたけど、町のお祭りとか?」
「あぁ、私の母の実家がお寺で特に私達が普段はやる事が無いんですけど、大晦日だけは私と母に役割があって帰らなきゃならないんです。」
「お寺なの?神社じゃなくて?」
「はい、実は明治維新の時の神仏分離の時に、寺の方が儲かるからっておじいさんが言ったとか言わないとかって話によくなるので、もしかしたら神社でもあったのかも知れません。龍神をお祀りするお社もあるし。」と言うと
「なるほど。」と丈瑠さんは妙に納得して。
「ごめん引き留めて、明日の準備もあるよね。気をつけて、明日は楽しんで来いよ。」と手を振るので、ポッと顔が赤くなる。誤魔化す様に
「お土産何かリクエストありますか?」と聞くと
「私、丁稚羊羹が食べてみたいわ。」とおばあちゃん
「じゃ俺は地酒だな。」
「分かりました。では皆さんお元気で。」ともう一度頭を下げた時、玄関の向かいの地窓から池の水が跳ねた様に見えた。
何か上から落ちて来たのかな?と思ったけど、玄関を出るとその事ももう忘れてしまった。
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