第17話

新しい年を迎えようと国中が、今年のことを振り返ったり、今夜のイベントに向けて慌ただしく準備をしたり、新年の過ごし方に心沸き立たせている頃、富士山の麓湖へと繋がる水脈の奥に年老いた龍がうつらうつらと水に漂っていた。

「どうだ見つかったか。」頭を擡げるのも億劫そうに近くにいる忠臣に尋ねる。

「どうやら動き出した様です。しかし、それを阻むものもまた動き出したので、少し移動したいと存じますが、動けましょうか?」

「うむ、参ろう。」

そう言うと、老体は身体をブルリと震わせ化身を試みた。しかしそれは上手くいかず、苦い思いで歯噛みをする。

長身で筋肉がビシリと付いている割に細身の、黒髪を無造作に束ねたキリッとした面差しの朱巳は、一度眉根を寄せてから、主人に見えない様に息をふっと吐いてから懐の巾着を取り出して

「コレを」と差し出す。

丁寧に磨き上げた和三盆を使った落雁は、滋味深く龍王に力を与える。再度身体を震わせ人の形になった王は、白髪を三つ編みに束ね、いぶし銀の鎧兜を纏い手にした槍を杖代わりに歩き出す。

「こちらへ」朱巳はやっと人1人が潜れる程の岩の割れ目に誘う。

腰を曲げて、半ば這う様に進むと広い空間出た。そこは鍾乳石が白く光るだんだん畑の様なプールだ。しかし足を止めず、鍾乳石の柱を掻い潜り朱巳は更に奥へと進む。先程来た道とはプールを挟んで反対側に縦に深く切り込んだ岩の隙間が在り、そこを登る。岩の頂まで後2メートルと言う辺りに横穴が穿たれていた。

「此処です」朱巳は主人を先に行かせ、自分は振り返り入り口付近に落ちていた石を積んで横穴を塞ぎ、更に手を当てて呪を唱えた。

足早に主人に追い付き、

「コレしか無くて申し訳ございませんが、召し上がって下さい。」と落雁を渡す。

「有難い。」短く答え深く息を吸ってその香りまで味わい尽くす。

暫く歩くと、地の底から湧き出る温水がもうもとう湯気を上げる池に出た。

「此処でお休み下さい。」

朱巳がそう言うと、カラカランと槍が地面を打って転がり、水飛沫と共に元の姿になった王が、池に浮かんだ。

この硫黄の匂いで暫くは、誤魔化せる事を祈り朱巳は周囲に目を配る。

自分も近くの岩に座り、どうやって敵を欺き、若き龍王へコンタクトが取れるか考える。池に身体を埋める主人の姿を見る。時間が無い。

先日、龍王の菓子番の家が絶えてしまったのも痛手だった。早く新たな菓子番に会って清浄なる供物を捧げてもらわねば、主人の魂が濁ってしまう。

導く者よどうか主人を見つけてくれ。と手に残るヒビの入った鏡を握りしめた。

最期の招集が掛かった時、鑑の血を引く西砥部が敵の手に落ち絶命した。年老いた西砥部の尊厳を守る為に言うのなら、手に落ちそうになった時点で病気の為に着けていた人工呼吸器の管を引き抜いて自ら命を絶ったのだ。鑑は事情を知らぬ者によって池に沈められ我が手の内に届いた。それを持って主人の元までやっと辿り着いたと言うのに、割れてしまった鑑は思う様に先を導いてはくれ無い。

微かに甘い匂いがした。

ガバリと立ち上がり周囲を見渡す。主人も気付いたのか頭をもたげている。



その頃、池に飛び込んだ龍王達がたどり着いたのは巽の実家の裏の室の奥の池だった。気を失っている巽を村正が抱え、家に行くと母親は驚くこともなく招き入れる。

祖母が、若き青龍を拝み平伏す。

父親は、オロオロするばかりだが余計な口はたたかなかった。


目が覚めた。

家のソファだ。嗅ぎ慣れた匂い。なんて落ち着くんだ。安心してまた眠りに落ちる。ばあちゃんの煮しめの匂いがする。正月かな。お腹すいたなぁって目を開くと綺麗な顔立ちの男の人が目の前にいた。コレは夢だ。マックさんの方へ手を伸ばしてもっとそばに来てと、首に手をかけると顔が近づいてきて背中に手が回った。

「起きられる?」

「うん?」ヤダ本物。

自分から抱きつくみたいにするなんてヤダヤダ。

身体を起こしてもらって座ると、他に3つの顔が覗き込んでいた。

「起きた?大丈夫?何か食べられそう?」

矢継ぎ早に聞いてきたのはお母さんだ。

丈瑠さんと龍王と呼ばれた青い目の青年は、心配気な顔で見つめている。

立ち上がってちょっと屈伸しながら、夢じゃないんだなぁと実感して、ちょっと落ち込みながら、

「大丈夫です。どうやって此処に?」

「それは後から聞いて、時間がないからとりあえずご飯食べて出かけられるように支度しなさい。」

妙にお母さんは事務的に言って、ダイニングの方へ行きながら、

「皆さんも、早く召し上がって下さい。もうお水取りの儀式は終わったのでお肉も沢山用意しましたからね。」

お母さんのところへ行こう踏み出しかけると、マックさんが

手を引っ張って

「本当にもう大丈夫なの?どこか痛いとかクラクラしたりとかしてない?」と屈んで私の目を真っ直ぐ見つめてくる。

あぁまだ慣れない、顔から火が吹くほど真っ赤なっているのが分かる。

「熱が出て来たんじゃない?」と大きな掌をオデコに当ててくる。

「無理しちゃダメだよ。巽に何かあったらと思うと、、」って言ってギュと抱きしめてくる。

おいおい、お母さんも丈瑠さん達もみんな見てるから、ちょっとちょっとと太い引き締まった二の腕のところをパチパチとタップして降参の意思を伝える。

少し緩んだ腕の中で

「大丈夫です。エッと顔が赤いのはマックさんのそばにいるからで」と小さな声で言っていると、うん?と耳を近づけくるので唇が触れそうになる。

すると、ペシっとマックさんの頭を丈瑠さんが叩いて、その勢いでマックさんの顔が前に出て、私の唇に触れる。

「朝っぱらから親の前でラブシーンを演じてんじゃねぇよ」

と可笑しそうに言った。小さな声でお父さんが「そうだそうだ」と言うのも聞こえて、思わずぷっと吹き出したらマックさんは不思議そうな顔をする。


「飯だ飯だ。」と丈瑠さんが掛け声をかけてくれたので、みんなでテーブルを囲んでご飯にする。

お煮しめや油淋鶏、ポテトサラダにエビフライにコロッケ、刺身や焼き鳥、ラザニアなんかも有ってなんだか統一性の無いごちゃごちゃした食卓になっているけど、お母さんとばあちゃんが頑張って支度してくれたんだなぁって分かって有り難かった。

「美味しい。ありがとう。」

そう言って、なんに備えてか分からないけど、お腹が破裂するくらい沢山食べた。

龍王は、何故か不機嫌であまり食が進まない。

テーブルの端にあった空也最中を手に取るとパクリと一口で食べる

それを見ていたお父さんが

「あっぁ、まだ食べてないのに。」と情け無い声を出す。

東京に帰ったら送ってあげるからね。ごめんねお父さん。

その後は何も食べようとしない龍王に向かって

「お口に合わないですか?」と聞くと

「巽、特別な菓子を持っているな。それを此処へ。」

「特別?」なんのことかと思ったけど、もしかしたらプチフールの事かもって思い立って、リュックを探す。でも振り回したからもうグチャグチャになっちゃったかな?

「何探してるの?」

「あのリュックに入っていたお菓子は?」

「リビングのテーブルの上よ。」

保冷バックに入っていたのは冷蔵庫に入れておいた。」

冷蔵庫を開けると、小さな箱に入ったプチフールを出してみる。

ちょっと形は歪になったけど大丈夫かな?

「これですか?」

と箱ごと出す。

「その様だな。さてこれより絆を深くする為にコレを皆で食す。」とプチフールを1つ手に取って丈瑠さん、私と渡していく。マックさんに渡す時ちょっと間があって「気に食わん」と言った気がするが、マックさんの手にもプチフールを落として、自らも手に取った。

「我らに力を」

私が作ったお菓子に何か与えてあげらる力はあるのかしら?

そう思いながらも噛み締めたプチフールは、誉さんに食べさせてもらった時のものよりちょっと味がダレていてそれが気になったけど、みんなは美味しいと褒めてくれた。

「巽よ腕を上げたな。其方の供物はいつでも私の心を真っ直ぐにしてくれた。真摯に向き合って作るものは受け取るこちら側の心根さえも清らかにしてくれる。そして何より美味いな。」と余韻を味わう様に目を閉じてそう言った若き龍神は、パチリと目を開けて私を見つめた。

何故かその目線を受けて、私の頬はほんのりと赤くなる。

すると、丈瑠さんが私の肩をパンと叩いて囁くように

「タツミン、モテ期だなぁ。」と立ち上がりながらからかう。んもぅ変なこと言わないで欲しい。


その時お母さんが、

「そう言えば、こちらさん方はどなた様?」と聞いた。

「あらやだ、あんた分からないのかい?こちらの青い衣の方が、龍神様だよ。」とばあちゃんは分かりきったことを何聞いてんだって口調で言う。

「えぇっそうなの?それはそれは、失礼致しました。あんまりお若いから、気付きませんで。」とペコリと頭を下げてから

「で、そちらのハンサムさんは?」

「こちらは私のバイト先でお世話になっているマネージャーの砥部占丈瑠さんです。」

「まぁいつも巽がお世話になって。ありがとうございます。でもなんで此処へ。」

「話はややこしくて、長くなるから帰って来てからちゃんと話すよ。」とお母さんの好奇心を踏み躙って

「あの、お名前聞いていいですか?とても呼びづらいので、すみません。」と言うと青い青年は、

「名前?みなが呼ぶ名が私の名前だが。水神、龍王、龍神、ナマズと呼ばれる事もあるな。巽はなんと呼ぶ?」

「えっ?私?私はいつも鏡池にお菓子を落とす時は、お池様とそう言ってきました。」

「ではその名でいいぞ。イッケさんでも構わんけどな。」とニヤリとする。

はぁ?なんだそれ?龍神もギャグとかいうのかしら?


「さて、そろそろ行きますか。」パシパシとお腹を叩いて丈瑠さんが言う。

「ご馳走様でした。とても美味しいかったです。元気が出ました。」マックさんが丁寧にお母さん達に頭を下げて言うと、目にハートマークが浮かび上がらんばかりに

「戻ってきたらまた作りますからね。必ずうちに寄って下さいね。」とお母さんがマックさんに微笑みかける。

そして、青龍が

「母よ、長年世話になった。巽をここまで素直に育ててくれた事に礼を言う。もう会うことは無いやもしれぬが、達者でお暮らし。」と声を掛けると、あのお母さんが声も無く泣いている。

「努力が報われるという事は、こういう事なんですね。お言葉を頂けるなんて思ってもいませんでした。ありがとうございます。」と青龍に頭を下げる。

お母さんの涙にお父さんはつられて泣いている。


昨晩頂いたスコーンやお父さんの分も含めて作ったお菓子を全部みんなの荷物に入るだけ詰めて出発する。

「何処にどうやって行くんですか?」

と外に出てから誰とは無しに聞くと丈瑠さんが、

「東だな。まずはうちの庭に戻ってから行くか。でも行き過ぎだなロスタイムは出来るだけ取りたくないしな。どうするかな。」

その時、裏玄関のドアが勢いよく開いてお母さんが裸足で駆けて来る。

「大変よ。今テレビつけたら7時のニュースで富士山が噴火したって。さっきの揺れはそのせいだったのよ。」

えっ夜明けに起きてからまだ三時間くらいしか経ってないの?コレはまた長い一日になりそうだ。

東京の皆んな無事かしら?と心配になる。


それから慌てて、室の池に行くとアークが

「遅い。何してんだ。敵はドンパチ始めたみたいだ。行くぞ。」と大仰に手を振りまわしいる。

「何処へ」と聞こうとしたけど、そんな雰囲気でもない。

青龍を真ん中にして鑑、ペンダント、掌、そしてアークの古びた金槌を出すと池の水が盛り上がり私達に降り注いだ。







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