第16話


何が起こるのか、不安に苛まれていても、大晦日の儀式を疎かにする訳にはいかない。

本堂への渡り廊下を歩いていると、ブロンブロンとスクーターを思いっきりふかす音が聞こえる。

確かに傾斜が40度くらいある階段をそれも百段を超える高さがあるから、伯父さんのでっぷりした体には無理が有るのかもしれないけれど、今日くらいは手順を踏んで階段使えばいいのにと、岩場も登るお水取りを思い出しながら頭を振った。


本堂に入るとアークの姿がないのに気付く。いつ居なくなったのだろう。

さすがに今夜からの初詣に備えて本堂は清らかに磨き上げられていた。

伯父さんが、慌てて袈裟を被りながら祭壇の前までやって来る。

私達を見て大きく目を見開き、私に長い髪の精悍な顔付きのイケメンは、どっから湧いてきたんだ?と言わんばかりに目配せをしてくる。丈瑠さんの事をどうやって説明しようと天井を向いてため息を吐く。

「初めまして、私砥部占丈瑠と申す者です。巽さんとは縁がありそしてまた、此処の龍神とも縁のある者です。突然の現れた様にお感じになるかもしれませんが、これは古より決まっていた事柄。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」と丈瑠さんにしては大人の硬い声で言うと、伯父さんは何か聞こうとして口を開きかけたが、丈瑠さんと目を合わせるとその口を閉じ、一礼して祭壇の方へ向き直った。

大晦日のお経を読み上げ、昨日本殿にお供えしていた竜頭の壺を祭壇から下ろして私に渡す。

その時囁き声で

「どうなってるんだ?」と聞かれたけど

「私にもよく分かりません。」と答えるに留めた。本当によく分からないしね。

マックさんが私から恭しく壺を受け取り

「ありがとうございます。行って参ります。」と言うと伯父さんはその気配に圧倒されたのか、その後は口を開かず鍾乳洞へ続く扉の鍵を開けてくれる。

黙礼して私を先頭に中へ入るとマックさんが、

「先頭は危険だから、僕が先に行く。」と言って前に出た。危険な事なんて一度だって無かったんだけどなぁ。

此処は家の裏の室と違って電気がきているので、ほの明るい中を三人でお社のところまでの下る踏み固められた道を歩く。

「アーク何処に行ったんでしょう。」と誰にともなく言うと

「すぐ現れるさ。」と丈瑠さんがニヤリとする。

道が尽きると、池を背にいつもと違わずひっそりとそこにお社はあった。お社に供物のお菓子を並べて、三礼してから竜頭の壺の水と黒糖を効かせたマーラカオを池に返した。

その時何かが起こると皆んなが思っていただろうが、水紋が出来ただけで特に変化が無かった。

いつの間にか詰めていた息を、はぁーと吐いて二人の顔を見た。

丈瑠さんが目をつぶって何やら口の中で唱えている。マックさんは緊張を解かずに、腰に差した刀に手を掛けている。

「タツミン、ペンダントを出して。」と言いながら丈瑠さんも鑑を出した。

マックさんは背に掛けた剣に手を掛けたが、

「マックは、掌、、、右手だな。右手を上に向けて出してくれ。」

丈瑠さんの指示でマックさんは、掌を出す。

昨日現れた印が、鈍く赤らむ。

その手に私の手を重ねると、私がまた青い色に光出しお社を染めていく。

池の奥の岩だと思っていた扉が、音を立てて開いた。そこにはまた、アークが立っていて、

「やっと来たな。こっちだ。」と顎をしゃくって偉そうに早く来いと言った。

池の中に入ってしか行け無いので、仕方なく水に入る。リュックが濡れない様に掲げながらやっと三人が扉の中に入ると、

「コレで禊ぎも済んだな。」とアークが丈瑠さんをギロリと見た。

なんだ、丈瑠さんに禊して欲しかったら先に言っておいてよ。と濡れた身体を震わせながら悪態をつく。

初めて入る鍾乳洞の奥は、下へ下へと向かっているみたいだ。

先に進み出すと、また扉は音も立てずに閉まってしまう。

ヘッドランプを持って来て良かった。足元を照らしながら、滑りやすい道を降りていく。下へ行くほどやけに暑く、硫黄の匂いが鼻をつく。

一度足を滑らし掛けて「うひゃっ」と変な声を出したら、マックさんが、サッと腕を掴んで引き上げ「大丈夫?」と覗き込む様に聞いてくれる。

「はい、大丈夫です。」と言ったのに、手を繋いで歩き始めた。

大きな手を繋いでくれていると、地の底に行く不安が薄れていく気がした。

水が轟く音が聞こえる。滝だ滝壺には、湯気が立っている。

「タツミンあそこを見て。」と丈瑠さんが、滝壺の右側の方を指差すと尖った耳と角の様なものに長い睫毛の青い丸い眼玉が見える。

「何ですかアレ。もしかしてアレが竜、、」

「静かに黙るんだ。」アークがぴしりと言い放つ。

「此処だって完全に安全ていうわけじゃ無いんだ。黙っててくれ。」

ひょいひょいと手を振って、私を見てくる。

「何よ」

「菓子だよ。何でも良い直ぐに出せる物をくれ。」と変に潜めた声で言う。

「あっ、はいはい。」リュックの中のジップロックを開けてアーモンドクッキーを取り出した。それをアークが滝壺へ投げる。

クィーっと人では無い声が聞こえると水飛沫と共に大きな口がクッキーをキャッチした。

青い身体は玉虫色の鱗に覆われて、長い髭を持ち頭から尻尾までは3メートルは有に超えるほど大きい。きっとアレが若き龍王と言われる者なのだろう。

スイと水面を滑る様に近づいて来る。茫然と見つめていると、横でマックさんが膝をついて頭を下げている。丈瑠さんは悠然と腕を組んで立っている。

直ぐそばまでやって来た時、本当の大きさに息を呑む。間近に顔を寄せて来たので

「ヒャァ〜」と頭を抱えると、尾で水を叩いてジャンプしたかと思うと、どさりと地に落ちてきた時には人の形をしていた。そしてなんと言うことだ、私を持ち上げて頬擦りしてくるではないか。

「キャー!どういうこと?何?マックさん助けて…」

金色に光るウェーブががった長い髪を下の方だけ細い三つ編みにして青く光る甲冑をつける細身の青い目の青年。細い顎に彫りの深い顔立ち。長い手足に伸びた背筋。スッキリとしたまさしく王子の中の王子という品の良い面差しを向けて

「巽よ会いたかったぞ」青年の声で言い放つ。横でマックさんが驚愕しているのが目に入る。

「あの、初めましてじゃ無いんですか?」と狼狽しながらも聞いてみる。

「毎年お前の菓子を楽しみにしておった。我が優秀なる菓子番よ。 其方の菓子が我が心根を決めたのだ。」

「いやぁ言ってる意味がちょっと分かりかねますが。とりあえず下ろしてください。」

「我が主人、若き龍王よそろそろ行きませんと、気がつかれてしまいます。」

アークが四方に目を配りながら言う。

王と呼ばれる龍の化身が私を名残惜しそうに下ろしながら

「では、参るか。しかしアークよ私はまだ王と呼ばれるには早かろう。果たして王となれるかはこれからが勝負だ。其方達覚悟は良いな。」

「はっ」とマックさんが短く応えながら、私の手を取り少し自分の方に引き寄せる。

「じゃあ、行ってみるか。」と伸びをする丈瑠さんはいつもの調子を崩さ無い。

この面子で、巳と呼ばれる者と今上龍王を見つけなければいけないと言うことか。

何をどうすれば良いのか見当も付かないけど、早く終わらせてゆっくりとばあちゃんのお節が食べたいと、ため息をつきながら思った。

その時、地面が大きく揺れて遠くから地鳴りが徐々に近づいてくる。こんな洞穴みたいな所に居て生き埋めになってしまうのだろうか。

私の手を誰かが素早く握り滝壺へと飛び込む。後から続けて飛び込む人がいるのは分かったが、それからの事は意識は遠のいていってしまって記憶にない。




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