第20話


富士山で水蒸気噴火が起こったと、日本中がこの後本格的な噴火が起こるのではないか不安にかられている時、巽達は青木ヶ原の樹海の中にある鍾乳洞の底にいた。

洞内は熱く、不穏な気に包まれている。


「此処は何処?」

「多分富士山の麓。」

「噴火が有ったんじゃ?こんなところに居て大丈夫なんですか?」

私はどう見ても鍾乳洞の中であるこの場所が怖くて聞いた。

「敵が動き出した。」

「敵?」

「先ずは敵を放っておいて、巳を探したいところだが、そうもいかない様だ。」そう丈瑠さんが言うと。

マックさんが、刀を抜く。

丈瑠さんは、口の中で何かを唱える様にしていたが、いつの間にか手に光る棒を持っている。

アークは、地に耳をつけて周りを見渡している。

青龍が見えない。

私は何をしたらいいのかも分からず無防備に立っていると

「出来るだけ僕のそばにいて。」とマックさんが優しく言う。

「はい。」と返事をしたが、刀を振るのならそばにいない方が、気兼ねなく戦えるだろうと、マックさんのリュックを背中から下ろして中のお菓子の袋を取り出しながら、少し離れた。

役に立つかは分からないが、すぐに取り出せる様にポケットに有りったけ出したお菓子を詰め込み、水を湛えた奥の方の池を見る。

水面から、初めて会った時の姿の青龍が此方を見ている。

ふと、手に当たったスコーンを青龍に向かって放る。

「キュー」と鳴いて身体を水に沈めた。その声が合図の様になって、急に辺りに緊張感がみなぎる。アークが

「どっからだ?」と丈瑠さんに問う。

丈瑠さんは目を閉じて気持ちを集中している。

「乾の方角。」

そう言った瞬間何かが飛んでくる。それをマックさんの刀が薙ぎ払う。

飛んできたのは赤い鱗。2つに切れた鱗は、鍾乳石に突き刺さる。

また一つ今度は私目掛けて飛んできた。近くの岩を蹴って跳びすさりトンボを切ってそれを避ける。

その身のこなしに丈瑠さんが短く口笛を吹く。

マックさんは、ちょっと呆気に取られていたが、次の攻撃に備えて身構えた。

しかし

「なるほど、皆揃っておるのだな。」と何者かが言った声が遠ざかって行き、張り詰めた空気が解けていく。


皆んながホッと息を吐く。

水を打つ音がして青龍が青年の姿になって近づいて来る。

アークが慌てて青龍に近づき、

「移動致しましょう。」と言うが、それには応えず石に刺さった鱗を引き抜く。

「赤龍。生きておったとは。」

「なんと、赤龍様が。」

アークが声を上げる。

「おぬし、知っておったな。」

「滅相も御座いません。」と身体を縮めて震える。

「なるほど、そう言うことか。」

丈瑠さんが、鑑の上に半分に割れた鱗を乗せてそこに立ち上がる靄に映し出されているものを見ながら呟く。

「なっ、何が見えるのだ。」

アークは、後退りながら懐疑的に聞くが、丈瑠さんははぐらかす様に

「そうだなぁ、お前には教えずとも知っている事さ。」と言ってニンマリとおよそ丈瑠さんらしくない意地悪な眼差しでアークを見た。

「どう言う事だ?」マックさんは、アークに腰の柄を押し当てながら迫る。

「何を言っているのか分からない。」と首を振り顔面蒼白なっているアークは、否定する。

「どうします?先ずは移動しますか?それとも事を詳らかしてアーク処遇を決めてから動く事にしますか?」丈瑠さんが青龍に聞く。

「アークには長年世話になっておる。出来る事なら連れて参りたい。なので此処で決断致す。村正、その時は此奴の首を切れるな。」

「はい。」マックさんは短く答えてアークの目を力を込めて見つめる。

「おい、どうする自分で言うか?俺からがいいか、選ばせてやる。」そう言われてアークは、

「自分で言うことはきっと出来ねぇだろう。」

「やっぱりな、お前を喋れなくしたのはあの赤いのだな?」

「うゔ。」と苦しそうに首を縦に振る。

「タツミン、コイツに何か菓子を。」

「はい。」と言ってポケットからフィナンシェを一つ出した。

「さぁ、口を開けろ。」光る棒の先にフィナンシェを乗せて、アークが苦しそうに開けた口の中に一気に差し込んだ。棒は丈瑠さんが掴んだ部分を残し全て入ってしまう。

あの棒は、アークの背丈ほども有ったのにどういうことだ。目を丸くして見ていると、引き抜いた棒の先に赤い鱗が付いていた。

アークは気を失って白目を剥いている。

アークの心に鱗を刺し、居場所を探り、喋れなくしていたのだ。

取り出した赤い鱗に丈瑠さんは、「タツミン、ポケットに入っている札を一枚ちょうだい。」と言ってそれを貼り短く呪をかけて水に沈める。

「今度はコチラが、居場所を突き止めるのに使わせてもらう。」そう丈瑠さんは、言ってパチリと指を鳴らした。

ガバリとアークが目醒める。

「ありがたい。」

そう言うと丈瑠さんの手を握ろうしたので丈瑠さんは、思わずうわぁと手を引っ込めて、

「タツミン、さっきの特別な緑のやつをアークにもあげて。」と言った。

これでアークも特別な仲間という事らしい。

「良かったねアーク。首切られなくて。血飛沫浴びたらどうしようかと思ったよ」と小さな薄緑色のお菓子を手渡す。

アークは身震いしながら

「冗談でもそんなこと言わないでくれ。」

と恐怖を打ち消す様にプチフールを口に詰め込んだ。

「こりゃ美味い。」

残るプチフールはあと一つ。誰が待っていると言うのか。



青龍を真ん中にして5人は円陣を組む。

アークが先程の赤い鱗を持つ赤龍から我々の行動を辿れなくする為に、結界を張るも言い出したので言われるままに位置を入れ替わり横に回ったり、前に一歩後ろに三歩と繰り返す。まるで音楽のないマイムマイムだ。

変なのと思いつつ、でも誰も疑問を口にし無いので黙っていた。

最後に、青龍の肩に1人ずつ手を乗せて行く。皆が繋がった時また水の中に落ちて行く。

硫黄の匂いが鼻をつく。


ほの白く光る鍾乳石に囲まれてはいたが、トルコのヒエラポリス-パムッカレに似たプールの前に居た。

こんな時で無かったらこの美しい景色にどんなに心を奪われただろう。


「近いな。」

青龍が呟く。

「タツミンペンダントを出して。」

鑑をペンダントに当てると、白い鍾乳石で出来た段々畑の様なプールの水面がキラキラと呼応して光った。その光が一筋となって向かいの壁面を照らす。

登って行くルートがあるのか、素早く探る。

横で、マックさんが緊張するのが分かった。 

「辿れない様にしたはずなのに」アークが呟く。

「隠して。」丈瑠さんが自分も鑑を仕舞い込みながら指示する。

「さっきとは違う者どもだ。」

鍾乳石に身を隠しながら、何者かが現れるのを息を呑んで見守る。


コツコツコツと、この場に似つかわしくない革靴の音が響く。

「なんなんだ此処は、どうして俺がこんなところに来なきゃならんのだ。」スーツを濡らした中年の男が、不平不満を並べながら嫌そうにコチラに進んでくる。

本を開いて、ぶつぶつ言いながら座り込んでしまった。


一緒に水に入った黄龍の姿は無かった。



「どうしますか?」

口だけを動かして聞いてみる。

口に手を当てまだ様子を見ると丈瑠さんが伝えてきた。


男の本が光る。

すると私の胸にいた本までもが、光り始めた。

光が漏れ出ない様に体を折って鍾乳石の柱の後ろで小さくなる。 

それを庇うようにマックさんの腕が私を包み込む。


地べたに置いた男の本から黒い柱が立ち昇る。

男は尻餅をついてその柱を見上げる。黒いものが

「銅磨よ、あの柱の奥にいる女を連れて来い。」

男は、先程不平不満を口にしていた時とは様子がガラリと変わり、急に動きが機敏になった。三白眼を巽の方へ向けこの世のものとは思えない汚らしい声で叫びながらて走り出した。


マックさんが鍾乳石の柱から走り出る。

私の前に立ちはだかって刀を抜く。光る刃が男を捉えると思った瞬間。男はゴロゴロと転がり私の足元へ到達する。

捕まってはなるまいと、飛んでプールの前出る。

するとあの黒い影が、

「いただいた」と私に手をかける。その時ペンダントから強い光が放たれ黒い影を飲み込む。影が怯んだ隙に地を蹴って丈瑠さんの元へ走る。

マックさんが今度は黒い影に刀を振る。しかし影は切ることができない。

影が地を這いながら、また私を目掛けて突進してくる。

「巽、こっちへ」

この声は青龍だ。

青龍の元に走りながら、黒い影にポケットに手を入れて掴んだものを投げつける。

辺り一体に甘い匂いが立ち込める。

影が、少し薄くなった気がしたのは気のせいか。

ポケットからお菓子がこぼれ落ちている。

「美味そうな匂いだ。食ってもいいのか。」

銅磨と呼ばれた男が、菓子を拾い貪るように食べ始めた。

「食うな、お前の卑しい心が、、、食っては駄目だ。」

そう言われても食べ続けている男は、腑抜けみたいにその場に座りこんで食べ続ける。

「タツミン、今度は札だ。」

「それは、僕が。」

マックさんがポケットから札を出すのを見て

「あの男に貼って。」と丈瑠さんが指示を出す。

黒い影が、

「忌々しい奴等め」と言った時、

池の奥から黄金に光る龍が現れた。

新しい敵に、緊張が走る。

「お前の望みは何だ。」

黄龍が影に問う。

「何をこの期に及んで。」

「私を起こしたのは何故だ。」

「しれた事よ。」

「欺くことは出来ぬぞ。その男のようにな。」

「ほざけ、もう飛べばしない。体の芯から腐っておるだろ。だから王の宝玉を手に入れるのだ。お前は地を這うのではなく、空にいることこそが、似合うからな。」

「飛べなくしたのは、誰だ。お前だな。その男を唆して何をした。」



どうやら内輪揉めが始まった様だ。その機を逃がさず、私達はまた青龍と共に池に沈んだ。

気配を惑わす為に。札を撒き散らし、お菓子をばら撒いてから。

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