第11話

昼を過ぎると風が鳴り始めた。

山に面したキッチンの窓にさえ枯葉が時折打ち付ける。

我が家の古びたオーブンや蒸し器、昔ながらの天火まで出して、3時過ぎまでひたすらお菓子を作った。

素甘や落雁、酒饅頭。小ぶりのフィナンシェやカヌレも作った。それから、Délicieux bonbonsのおばあちゃんのレシピで作ったスコーンも。

なんと、我がばあちゃんが本家の孫娘に頼んでAmazonでアーモンドプードルの大袋を取り寄せてくれていたので、ブールドネージュを沢山作る。ちょっと壊れやすいけど、持ち運ぶのに軽くて数を多く持てるからとても助かる。それらがほぼ出来上がると、1番初めに食べた誉さんのプチフールを東京から持って来た材料で作ってみた。コレは私にとって特別なお菓子だから、マックさんが一緒にお水取りをしてくれるのなら、終わった後に是非一緒に食べてもらいたいと思って眠気と戦いながら頑張った。

私が小さな頃は和菓子が主だったお供え物だが、一度私が学校で作ったマドレーヌを持っていくと、その年は天候も農作物もとても良くて、自然災害も殆ど無かったのだ。そのせいだったかどうかは知らないけれど、それならばと次の年から私が試してみたいお菓子を、色々作ってみて持っていく事にした。いくら美味しくできたとしても、日照りや大雨が降る年は有るもんで、特に霊験あらたかって訳には行かなかったけど、それが慣例になった。だって本当に何に役に立つのかさえも疑心暗鬼だったし、とりあえず自分が作って食べてみたい物を作れるだけ作っていたのだ。その日はどんなに沢山高い材料使っても、叱られないのだから。

キッチンからリビング玄関まで、甘い匂いに包まれている。

粗熱を取って荷物に詰められる様になるまでの間、私も仮眠しようとキッチンを出ると、マックさんが階段を降りて来た。

「良く寝られましたか?」

「うん、凄いいい匂いだね。お腹すいちゃったよ。」

「お昼食べて無いですもんね。」

「その前にシャワー借りていい?」

「あぁどうぞ、こっちです。」

「車からスーツケース出さなきゃ。」

「私取って来ます。」と言ってマックさんをとりあえずお風呂場に案内してから、外に出ると。これから荒れそうな雲が、山に掛かっている。

向かいの町を挟んだ方の山は予報通りの晴天なのに。

納屋に入れてもらった車からスーツケースを出そうとしたけれど、スーツケースは3つも乗っていてどれだろうと迷う。

「全部荷物解いちゃって良いかな?」と後ろからマックさんが声を掛けてくる。

「どれも重くて、出せないでしょ?」

「全部?とりあえず着替えが有れば大丈夫ですよね?」

「ほら、トレーニングもしないと怒られちゃうからさ。」

またそういうことを言う。とちょっとむくれて、

「どれ下ろしますか?」って聞くと

「じゃ右の3つ。」

と言って、3個のスーツケースを下ろす。いったいどれ位ウチにいるつもりなんだろう。その横に有った長めの銀色のケースだけは。車に残した。


リビングにスーツケースを並べて、着替えを取り出すとマックさんはお風呂場へ。

その間に本当こんなに出しちゃって無駄っぽいけどと思いながらも、私の部屋へ荷物を運ぶ。


そうこうしているうちに、お父さんも帰って来て、おばあちゃんが早目に夕飯にしましょうと言い出した。

「ちょっと早過ぎない?」とも思ったけど、本も読まなきゃならないし、まだ車の中で寝落ちした1時間ちょっと以外寝てもいない。


冷めたお菓子類を、持っていける様にパッキングして、残りをお父さん用に別にタッパーに詰めてから、みんなで食べられるように大皿に盛り付けた。

姉達は、冬休みに入ってお互いの友達と年明けまで旅行に行ってしまったから、両親だけの静かな夜もばあちゃんや私達もいるので賑やかな夕食になった。

お父さんは、夕飯はそっちのけでお土産やさっき作ったお菓子をつまみながら、「美味いなぁ、凄いなぁ」と目を輝かせて食べている。気付かないフリをしてあげたけど、なるべくマックさんを見ないようにしていたのは明らかだ。

お母さんは、いつにも増して上機嫌で年末なのにマックさんにお酌されながらお酒を口にした。

「お母さん今日はお酒飲んじゃ駄目じゃ無い。」

「だってお役御免だもの。飲まずにはいられないでしょ。」とグイッと盃を煽ると

「明日から巽をお願いしますね。」とまるで嫁に出す父親みたいな口調で言うから慌ててしまった。

「はい、分かりました。」とマックさんは勢いで相槌を打つけど、そんなに軽く請け負わないで、ってちょっと思った。

「明日は、何をするの?」とマックさんがついに私に問いかけて来たので、じゃあ2階でと覚悟を決めて、後片付けしなくてごめんなさいとばあちゃんに謝って、

「お母さん、少しは洗い物とかしてよ。」と言いながら、マックさんと階段を上がった。

もし、断られてももう20年近くやって来たことだから、1人でもきっと出来るはず。

私の部屋に入ると、

「荷物ありがとう。お父さんが運んでくれたの?お礼言いそびれちゃったな。」

「いえ、私が。」

「本当に⁈結構重いと思うけど。」

「案外鍛えてますから。話聞いてもらって良いですか。」と居住まい正すと、マックさんも背筋をピンと伸ばして正座をした。

「さっき母がしていた私達が伝承してきたものの、話です。」と大まかな話をして

「何をするかと言うと、明日は禊ぎをしてから山歩きをして、十二の鏡池からお水取りをするんです。その水をさっき来た伯父さんの居るお寺より上にある山の本堂のお社に大晦日に返しに行くんですけど、今までは母と私でやって来たんです。だけどもうマックさんが来たからお母さんは自分はお役御免だとか何とか言って、さっきお酒まで飲んじゃったからもう母は行けないんです。で、母はマックさんが行くものだと思い込んでいるみたいで、今から本を読んでみますが、どれくらい解読出来るかもわからないので、とりあえずお知らせしておきます。」

「行くよ勿論。」即答する。

「でも、何の訓練もせず山に入るのは危険です。でも何があっても途中でリタイヤも出来ないから、私マックさんをおぶれないし。どうしようって思って。」

「なんでタツミンが僕をおんぶしなきゃならないの。これでもトレーニングは毎日してるし、なんならタツミンをおぶって山歩きするくらい何でも無いよ。

大丈夫だよ。迷惑は掛けないよ。それに、タツミンの方向音痴で、お母さんいなくて大丈夫なの?」

痛いところを突かれ困ったなぁって顔してると、

「タツミンは、そんなに過酷な訓練積んでるの?」って聞いてくる。

「私は山育ちです。何処が脆いかとか滑り易いのも身体が覚えています。それに夜明けと共に出掛けて、日の入りまでには帰って来なきゃならないから時間との勝負的な事もあるし。う〜ん。」

「とりあえず、その本を読むことにしない?」

ハッとした。私以外にこの本を見せて良いのだろうか、まごついている私を見て、マックさんは顔つきを変えて、私の手を取って

「僕の名前は、マッケンロー、龍臣、村正。剣の名を持つ者として此処へ参った。辰と巳を繋ぐ者よここへ全てを詳らかにする時が来たのだ。畏れずに、共に先へと歩もう。」と、キラリと青くもチャコールグレーにも見える目を光らせてから、いつものマックさんに戻ってトロける様な笑顔を見せる。

なに?演技?俳優さんだもんね⁈舞台の台詞みたいだったよね。何が本当なのか分からん、と混乱したけど、今迄さして信じてもいなかったんだ、もうどうにでもなれと言う気持ちになって、本を手に取る。少々過呼吸気味になっている私に

「落ち着いて大丈夫。」とマックさんが肩に手を回してくる。

いや、待って待ってもっとドキドキして来ちゃったじゃない。

ともあれ、表紙を開くと一段と強い風がガタガタと家が揺らす。ほんの少し本が光って見える。お母さんが読みづらくて、なかなか意味が掴めないと言っていた文字が何故かすらすらと頭の中に書き込まれて行く。

ふと、目を上げるとマックさんは目を閉じて本を見ていない、肩にあった掌が、頸の上にあった。


本には、前から知っていた言い伝えとお母さんがさっき教えてくれた事以外には、次の扉を開く時、この本も開かれると書いてあり、今知ることが出来るのは、私を連れに来た者がいるのならその者と共に山を巡りお水取りしなければならないということだけの様だ。

マックさんに向かって、一礼をして

「本の内容をご説明した方がいいですか?」

「大丈夫だと思う。一緒に見たから。後で認識を同じにするために、確認はしたいけど、とりあえず大丈夫。」

「では、先程の申し出て頂いた事がまだ有効ならば、明日夜明けと共に、私と山に入って頂けますか。」と深く頭を下げる。

「しかと承る。多分長年のご苦労に礼を申さねばならないのはこちらの方なのだろうが。」と不意について出た言葉に何かを思い出せそうだと、こめかみを揉んで顔を顰めているマックさんを、そんな姿もなんて格好良いんだろうと、今の緊張感とは別のところで思って、ちょっと不謹慎だなと反省した。

私は覚悟を決めて明日の準備を始める事にした。













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