第10話
私が作ったお菓子と、空也の最中にマックさんの手土産を神棚に並べて拝んでいると、バタバタと足音がして、息の荒い伯父さんが駆け込んで来た。
「ご無沙汰しています。さっき帰って来ました。」と頭を下げると、私なんかお構いなしにマックさんに向かって、
「よく来たね。本当にこんな事が起こるとは思っていなかったよ。」と当主からして信じてなかったんかいと、ツッコミたくなるような事を言った。
その後に続いて、ばあちゃんがゆっくり上がってきて
「よう、来なさったねぇ。」とマックさんの肩を叩く。今夜はお祝いだねと嬉しそうに言うから、
「ばあちゃん、彼はこれから仕事に向かうから夜にはもういない…」と言いかけるとマックさんが軽く私をいなして
「ありがとうございます。楽しみにしています。」と言った。
「現場に今日中に入る予定だったんじゃないんですか?」
「あぁ、あのね現場で仕事が始まるのは年明けてからなんだ。でもその前に下見で雰囲気を飲み込んでおこうと思って、個人的に正月休みも含めて前乗りするつもりだったの。でも山なら此処も一緒だし、まだ大丈夫だよ。」
横を向いてお母さんに
「お邪魔じゃないですか?」とわざとらしく聞く。
お母さんは、うっとりとマックさんの顔を見ていたが、話しかけられると弾けたように
「勿論勿論。迷惑だなんてねぇ〜是非泊まっていってね。ていうか泊まって貰わなきゃ困るし。」と言った。もう何がどうなってんだか分からない。そう言えば、お母さんミーハーだもんね。踊り出したくなるくらい本当は嬉しいのかも。
伯父さんが、マックさんに握手を求めて更に2人でツーショット迄撮ろうとしているのを発見して、お母さんが「私が先よ」と言うのかと思ったら、
「兄さん、写真ホームページに載せる気じゃないでしょうね。」「あっいや、まぁなんだ。」としどろもどろになって返事をしながら伯父さんは、かなり狼狽している。
「初詣の参拝客とか増やすために写真アップしたらタダじゃ済まさないわよ。そんな事をしたら、明日からのお水取りは、兄さにやってもらいますからね。」とかなりの剣幕でまくし立てる。
「分かったよ、載せないから勘弁してくれよ。」と丸々と太った体を小さくする。こんなやりとりには慣れているから、私はまた始まったと、ばあちゃんに神棚に上げていたお菓子を「私作ったんだ食べてみて。」と出し始めていたけれど、マックさんは面白いもの見ちゃったって顔で眉を上げてこちらに視線を送ってくる。
もう、恥ずかしい。
「良いから良いから、放っておいてください、いつものことなんでですから。それに本当に泊まるんですか?」と肩を押してお母さん達から離す為にダイニングに連れて行く。
「駄目?迷惑?」もう反則だよ、その聞き方。悲しそううな上目遣いのあどけない表情に抵抗出来るわけがない。
「こっちこそこんな粗末な家で、ご迷惑じゃなかったら。」とつい言ってしまうと、嬉しそうに
「やったー。」と完璧な笑顔で言った。
「じゃ。夜通し運転してもらっちゃったから、朝ごはん食べたら寝てくださいね。」
そう言って座ってもらってから、朝ごはんの用意をしにキッチンへ入った。
頭のついていかない混乱したお父さんは、役場に一回顔を出すと言ってご飯を食べるとそそくさと出掛けて行き、ばあちゃんは毎年年末はうちで過ごすので、台所でお節の準備をし始めた。
マックさんには、客間はばあちゃんが使うので、恥ずかしいけど姉達の部屋に散らかっていた物を突っ込んだからそっちは駄目と厳命されたので、私の部屋で仮眠してもらうことにした。
「寒くないですか。」とストーブに火を入れながら聴くと、
「寒〜い」と言って後ろから被さってくる。ひゃー下に親がいると思うと余計焦る。
それでも、ちょっとジッとしてマックさんの重みを楽しんだ後、クルリと振り向いて
「さぁ寝てください。」と少し体押すようにする。
「おやすみ」と予想通りだったけど私の肩をそっと引き寄せてキスをした。
「さっきの話、信じますか?私には俄には信じられないけど。」と肩のところに顔を埋めながら聞くと、
「分からない。でも、タツミンとは、初めて会った時に何があってもタツミンのそばに居たいそう思ったんだ。それに僕を助けてくれるのは、タツミンらしいしね。」
少し笑って、
「お母さんにもう一度よく話を聞いてきてごらん。」何があっても、その言葉にキュッと胸が熱くなる。
「うん、そうします。」
頭にポンポンと大きな手ひらを乗せてから、
「じゃ寝るね。」ともう一度軽くキスを交わして、マックさんが私のベッドに入る。なんだかすごく不思議な光景と思いながら、ちょっと立ち止まってドアのところで寝姿見ていたら、布団の端を持ち上げて「くる?」と声を出さずに手招きをするから、走って部屋を出た。
伯父さんは帰ったらしく、空也の最中をお母さんと食べながら、リビングで話をする。
「なんだこれ、超美味しいねぇ〜。やっぱり東京は洗練されてるなぁ」とお父さんの分まで食べてしまいそうだ。
「お父さん分残しておいてよ。
それでさ明日は、いつも通り朝から始めるんでしょ?」
「そうねぇ、とりあえず雨で雪でもなさそうだら良かったね。」と他人事だ。
「それよりさ、なんでこんな事になっちゃってる訳?」とマックさんとの馴れ初めを興味深々に聞いて来る。誉さんと会ったところからから、話を端折りながら、昨日初めてデートしたところなんだと言うと、
「良いなぁ〜超羨ましい。東京行かせて正解だったなぁ〜、出来ることなら代わりたい。お姉ちゃん達旅行なんか行かなきゃ良かったって言うよねきっと。話をするのが待ちきれない。」ウシシシと下品に笑いながら母親らしからぬ事を言う。
私はきっと何で先に言わ無いのと締められるに違いない。
大晦日の行事は晦日から始まる。
禊をして、山に点在する鏡池と呼ばれる水の湧き出るポイントを全て回ってお水取りをしながら供物を置いていく。
そして、大晦日に山の本堂からしか行けない鍾乳洞へ入って龍神を祀ってあるお社の池へ集めた水を返して祈りを返す。そしてその池から龍頭の水差しに水を汲み、本堂にお祀りする。
その時必ずお供物として甘いお菓子を鏡池にも本堂にもお供えする。
本来なら当主の仕事だが、三番目の娘に三番目の娘が生まれると、その役割は娘親子に託される。
つまり私達だ。
そろそろ供物を作り始めなければならない。
小さな時からこれをやっていたおかげで、もしかしたらパティシエになりたいと思ったのかもしれない。基本食べるのが好きだからだと思っていたけど、それも運命的導きなのかな。まさかね。
「それでさ、さっきの話の続きだけど、鑑は鏡池のことかな?巳は人かな?何のことなの?」と聞くと、今度は私の作ったクッキーをパクパク食べながら、
「美味っ!本当にあんた作ったの?凄いね〜学校行くとこんなに腕が上がるもんなの?」と質問には答えずに言う。
「それは、お店の材料使わせてもらったからだと思うよ。何せ高級材料しか使わないから、ウチの店。」
「ヘェ〜。そんなに違うもんなんだぁ。あー幸せ。イケメンも間近で見られたし。」
「それより、さっきのノストラダムスの予言みたいなのは何よ⁈」
「私にだって分からないわよ、知っているのは、私達が毎年やっていた水取りをしなきゃならないこと、あなたも知ってる口伝えで聞いていた話、それにあの本(とテーブルに乗った古文書を指差し)に書いてあることだけなんだから」
ぶふふふと笑って
「前に読んだ時あんまり分からないから、かなり端折って読んで昨日久しぶり読んだんだけどね。やっぱりよく分からないんだよね〜本当ノストラダムスの大予言っぽいよね。」
お母さんらしい軽いノリでそう言ってから、
「まぁ、後で読んでみてよ。それから明日は、マックちゃんと2人で行くんだからね。そう本に書いてあるから。」
マックちゃんてなんだ?
「えっどうしてそうなるの?お母さんは行かないの?」
「あぁ、こんな事ならトレーニングにサボっておけば良かったよ。今年もバキバキに鍛えちゃったんだから。」と腕まくりして二の腕を見せる。
頭の混乱は依然とスッキリする事は無かったので、母を頼らず本を読む事にしてリビングに行こうとすると、ばあちゃんが
「間に合わなくなっちゃうから、先にお供物作ってしまいなさいよ。」と優しく言った。
そうだ忘れるところだった。
お母さんはすっかり寛いで年末番組を見始め「何年振りかしら〜Liveで見るの。」とテレビの前から動く様子は無い。
こっちも全て私に移行って事なのか、と大きくため息を吐く。
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