龍のお菓子番

小花 鹿Q 4

第1話

辺りが薄暗くなって来た。もう原宿って言うだけで緊張してるのに、暗いなんてやめてほしい。

Googleマップと昔母が読んでいたクロワッサンに載っている地図を見比べながら、明治通りから路地に入って右に折れて歩いてみるけれどそれらしき店は見つからない。

極度の方向音痴を自負してはいるが、いくらなんでも経路案内見ながら歩いてもたどり着けないなんてあまりにも情け無い。それでも後で会う事になっているお父さんの大好物の豆大福の店を見つけるまでは諦めるわけにもいかない。

大福はやっぱり出来立てを食べなきゃ本来の美味しさを味わえないからね。珍しく東京に出張に来るこのタイミングを逃すわけには行かないのだ。

そう思うと余計に焦って、手元のクロワッサンの淡いグレーで書いてある地図に目を落とす、薄暗くて見えない。んぅーん5時までって書いてあった筈だから、間に合うか不安が募る。何で東京の冬は日が落ちるのがこんなに早いんだろ。谷底でもあるまいに。建物が迫って来て山にいるのと同じ効果があるのかしら?

こっちかなって思って曲がった路地に一歩踏み出すと、目の前に人が居てぶつかった訳でも無いのに目に火花が散った様にチカチカした。

「スミマセン」とチカチカ光る派手な服に長い髪の一昔前のロックスターみたいな人に謝りながら脇に退けたけど、そうだと思い立って、「スミマセンここいら辺に穂積って言う大福屋はありませんか」と慌てて聞いてみた。我ながら瞬時に思いついてナイス。原宿って都会だと思っていたのに、こんな普通の住宅が立ち並んでいて、車の通れないような路地が縦横無尽に走っているとは思ってもいなかった。そして原宿なのに、それもまだこんな時間だというのに人が殆ど見当たらないから、この人を逃したら誰に聞けば良いのだと途方に暮れそうだ。だから、普段なら絶対に近づかない、ましてや声なんて自分からかけるなんて無限に近い程の確率だけど、今は離すもんかと前に立ちはだかる。

すると、派手派手マンは気楽な感じで

「あっ穂積ね、こっちこっち」と手招きをして前を歩き始めた。

いや、案内してくれなくていいから、道順さえ教えてくれたらどうにかいけると思うし。なんて考えているけど、これ以上無駄な時間を費やすわけにも行かず「ありがとうございます」なんて心とは裏腹に明るくお礼などを言ってついて行く。

「まだあるかな。こんな時間だし、売り切れかもよ。」と振り返りながら派手派手マンはニヤリと笑った。案外歳いってるのかもと派手ななりに目を奪われたけど、40は回ってるなぁという皺具合だった。

2分も歩かないうちに、小さな商店が並ぶ道に出て、小さな白い壁の店を指差して

「ここだよ」とガラガラと内側のカーテンが閉まっている引き戸を開けて

「おばちゃんまだ豆大福ある?」とカーテンを引きながらおじさん声で呼ばわった。

「なによおばさんってアンタと私は同級生でしょ」と店の人が不機嫌そうな顔で言いながら出て来たので、[売ってもらえなくなったら困るからそう言うことは言わんで欲しいなぁ]と胸の中で思っていたら、ショーウィンドウの上に「本日の豆大福売り切れ」という札が立っていた。

あちゃー、そっかぁ人気店だもんなぁ、もっと早く来りゃよかったなとがくりと肩を落とす。それにカーテン閉まってるってるし、もう店じまいしていたんじゃ無いの?と敷居を跨ぐのを躊躇していると派手派手マンは、

「一個くらいまだあるっしょ。と売り切れの札を指でペシペシ叩きながら言った。

「そう言えば、さっき丁度キャンセルの電話入ったのよ」と店の人が言ってくれたので、派手派手マンにサンキューって叫びたくなった。

「いくつ欲しいの?」派手派手マンは、向こうの都合もお構いなしに聞いて来た。

するとおばさんが、後ろを向いて

「おかあさん、キャンセルの豆大福いくつあんの?」と大きな声を出したので目を丸くしてると、中から今時なかなか見かけない手拭いを姉さんかぶりにしているおばちゃんが出てきた。

「何?杵の音で聞こえないよ。」

「杵?」本当に餅ついてんのと更に目玉が大きくなる。

「豆大福、キャンセル出たって言ってたよね。いくつあんの?」

同級生と言っていたおばさんが、おばちゃんに聞いた。

「あぁ、5個かな。もう包んじゃったのにね。どうしたの?あっ誉君。」と今派手派手マンがいたのに今気付いたらしく、急に柔和な顔になる。

派手派手マン、誉って言うんだ。

「この子がさ、欲しいんだって豆大福。」

「あらそう。良かったわ5個でいい?」とおばちゃんはニッコリ笑って私に聞いてくれた。

突然私に話しが飛んできたので、ガクガクガクと頭を縦に振って了解の意思を伝えたけど、こんな返事の仕方をしたら田舎のばあちゃんに叱られちゃう。

「ありがとうございます。今日、田舎から父が出張でやってくるので前々から食べたい食べたいと言っていた穂積さんの豆大福を是非買いたかったんです。これで父に食べさせられることが出来て嬉しいです。ありかございます。五個あれば、母さんやばあちゃんにも持って帰ってもらえるので、尚嬉しいです。」と言ってから派手派手マンの方にも顔を向けて

「わざわざ案内してもらった上にお店の方に交渉までしてくださって感謝感激です。本当にありがとうございました。」と頭を下げてると何故か背中の方から拍手が沸き上がった。

ハッと周りを見ると、店の奥からおじさんや向かいの酒屋の方々、床屋の白衣を着た店主や隣のタピオカ屋の店員さん、八百屋のおじさんまでなんだかニッコリ笑って拍手をしていた。いつの間にこんなに人が、きゃー恥ずかしい。またやってしまった。ちょっと大袈裟だったのかな?私の声はよく通るしな。さっきの路地には人影もなかったのに、あぁもうやだなと真っ赤になって下を向いていたら。派手派手マンが上を向いてカカカッと笑って

「いいねぇ君。」と言って拍手をしてくれた周りのみんなに「サンキューサンキュー」と言って手を振ってから、取り敢えず店に入りなさいと私の肩を押して店の中に入ると扉を閉めてくれた。外からは「よっ誉!」なんて声が掛かっていてご近所の人気者なんだな、

誉君ナイスなフォローだよありがとう。

穂積のおばちゃんが、

「お父さん豆大福好きなんだぁ、嬉しいわ。ウチに買いに来たのは初めてなの?そう、じゃ貴方も食べたことないのねウチの豆大福。」それじゃあと言って奥に入って「ちょっと破けちゃったのだけど、これを持って行きなさい」と一つおまけにくれた。

「良いんですか?嬉しいありがとうございます。私今学校でお菓子の勉強していて、勉強と称してあちこちのお菓子を食べ歩いてあるんです。」と今度は声のトーンに気を付けながら言ってペコリと頭を下げると、おばさんが

「和菓子やってるの?」と聞いてくれたので、「いいえ専門は洋菓子なんです。でも和菓子も大好きなんです。勉強ってのは半ば言い訳で評判のお菓子を食べる為に学校も夜間にしてあちこち食べ歩いているんです。」

と言うと、おばさんが

「じゃあ、このおじさんのお菓子も食べなきゃダメよ。誉、何か持ってないの?」と派手派手誉君の方を向いて言った。

「急に言われてもね。ポケット叩いてもビスケットは出てこないよね。」と言って「まだ時間あんの?」と私に聞く。

「ええっと、東京駅に6時半なんであと少しなら。」

「じゃあ着いて来な。」と店から出て行こうとするので、慌てて「お幾らですか。」と聞くと

「もうレジ締めしちゃったからな、千円で良いわよ。」と割引してくれた上に、紙袋に大福と一緒に最中を更に3個入れて「最中も食べてみて」と渡してくれた。

派手派手マンはお構い無しにドンドン歩いて行ってしまうので、お礼もそこそこに店を出た。

背中におばさんが「また来てね〜」と笑いながら言っていた。


外に出ると周りの店の人が、手を振ったりしてくれてるので、強ばる顔に無理やり笑顔を貼り付けて頭を下げながら早足でやっと追いつくと派手派手誉君は、

「君いくつ?」と聞いてくる。

「来月19になります」

「バイトやってる?」

「はい、でも今月いっぱいで店が撤退になるので今新しいところ探しているんです。」

「学校は、何時から?」

「6時半始まりで、9時半位までですね。実習によってはも少し遅くなることもあるかな。」

「場所、学校の場所どこ?」

「中目黒です」

ふーんと自分で聞いておいたくせにつまらなそうな声を出したところで、「此処、ここ」とニヤリと振り返る。

薄暗い路地の、狭い入り口は電気も点いてもいなくて中がほとんど見えない。

えー着いて来て大丈夫だったのかなぁと、さっき親切にしてもらったのですっかり心を許していだけど今更ながらその派手な出立ちに不安になる。

鍵を開けて、照明をつけるとそこは派手派手マンには似合わない様な、アール・ヌーヴォー的なシックで繊細なお菓子屋さんんだった。まるでヨーロッパの老舗お菓子店といった趣。まぁヨーロッパには未だ行ったことは無いけど、インスタや絵本ので見る様な感じといえば良いのかな。

つい「ステキ」と目をハートマークして店をぐるぐる見回していると、

「今これしかないけど、食べてみな。」とカーブを描いたガラスのショーケースの上にお店の赤字のロゴが入った黒い紙ナプキンに小さな薄緑色のプチフールが乗っていた。

「良いんですか?凄い綺麗ですね。ピスタチオクリームかな?」

と言って手に取ると、派手派手マンは

「予測しないで、なるべく一口で食べてみんさい。」と早く食べろと促す。

ミルキーな薄緑色のクリームの上に乗った赤い粒々がとても映えて美しい円筒形のプチフールを、パクリと一口。

リキュールの香りかなクリームの舌触りかな。味が口に広がる前に美味しいって思った。

ゆっくりと噛むと、更に美味しさが口いっぱいに広がって目を丸くるする。更に噛むとピスタチオ、ラズベリー、チョコレート、あっこれはコーヒーリキュール。カリカリと小さな粒が入っていてそれを噛むとふわっと薔薇が薫。なんじゃコレ。

色んな味が重なり合っているのに、ゴテゴテしてる訳では無くてすんごく美味しい。飲み込んでから味の余韻に浸る前に、

「あっ美味しいです。凄いです。どうやったらこんなに小さな中にこんなに色んな味を詰められるんですか?」と言うと、

「何が入っていたか言ってみ。」

と派手派手マンは私をテストする様に目を細めて聞いてきた。
なので、口の中の余韻を探る様に

「ピスタチオクリーム、コーヒーリキュール、ラズベリーソース、チョコレートガナッシュ、ビターチョコレートのソースいや違う、ビターチョコレートは、ティンパリングして薄い膜みたいなものを多分2枚挟んで有ったんじゃないかな。キャラメルクランチと薔薇のクランチ。あと何かまとめる役割をしているモノがある気がする。なんだろう。」と眉間に皺を寄せて考えている姿を、派手派手マンは可笑しそうに見下ろしているので、

「もう一つ貰えませんカァ」と食べたい衝動と解らない悔しさが綯い交ぜになってつい言ってしまう。

「あはは、いいねえ君。」とまた言って、「でもあげない」と素っ気なく言った。

「食べたからったら注文して買ってくださ〜い。ウチは完全予約制だから注文してくれたらまた作ってあげるよ。これはそうだな薔薇の蕾って名前にすることにするから、そう言って注文して。」

「えぇーすぐには食べられないって事ですか?もう一つ残ってませんか?今すぐ謎を解きたい。買わせて下さい。」

「ははは、俺に聞かないの?」

「聞いても教えてくれないですよね普通。企業秘密だろうし。あんな美味しいんだから、教えたく無いですよね。」と肩を落として言うと、

「バタークリーム」と短く言う。

「へっ」

「あとは大体合ってるよ。でも君には作れないでしょ。だから材料位いくらでも教えてあげるさ。」

凄い自信。羨ましい程の。悔しい、確かに作れない。唇を噛む。

「いいねぇ君。合格。あはは」

「へっ」

「今のバイト今月までなんでしょ?来月からうち来て良いよ。」

「えっ本当ですか。」

私と派手派手マン誉師匠との出会いは、こんな風に唐突だった。

追記、

お父さんは穂積の豆大福を大いに喜んでくれて、新幹線の中で1つでやめるつもりが2つ食べて、残りの3つを誰が食べるかで、ばあちゃんと、お母さんと、姉ちゃん達は大いに揉めたらしい。

結局上の姉ちゃんが、最中を2つ食べる事で話は収まったとお母さんが電話口で笑って言っていたけど、そんな事ならあの破れた豆大福一緒に入れてあげたら良かった。でも、最中2つって事はお父さん豆大福の他に最中も食べたんだと気付いて、大いに笑った。

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