第6話 抱擁

「エステル!遅くなって悪かった…!」

「クレイン様…!」


眠りについたお義父様の部屋にいると、クレイン様が扉を開けてやって来た。

入って来るなり、クレイン様は私を抱き締めて下さった。


「エステル…お前が看取ってくれたのか…」

「はい…」

「辛かっただろう…すまない」


クレイン様が来るとどこかホッとしてしまい、気丈に振る舞わなければと思っていたものが切れ、涙が頬を伝ってしまった。


「クレイン様、私も駆けつけましたのよ。」

「君は…」

「クレイン様…お義父様がお願いしたダンスの講師の方です。クレイン様の親戚では?」


クレイン様は何だか覚えてない風でした。


「クレイン様…こんな時ですものね。戸惑うのもわかりますわ。でも、葬儀の手配をしなくては」


一瞬ピクピクッとひきつった顔になったと思うとすぐに元に戻りクレイン様の腕にそっと手を乗せた。

いつもの意地悪顔じゃなくて、クレイン様には微笑を見せている。


「手配の心配はいらない。しばらく出ていってくれないか。エステルと二人で父の側にいたい」


ブレンダ様は、小さく口を開けたままになってしまった。


「ジャン、今夜は父上を静かに見送る。明日まで誰も入れるな」

「畏まりました」


ブレンダ様は追い出されると思ったのか、私は、と食いついてきた。


「私も心配で駆けつけましたのよ。ウィルクス公爵様に私は呼ばれてっ」

「父上が?」

「クレイン様、ブレンダ様は私のダンスの講師にとお義父様直々にお願いされたのです。失礼は出来ませんから…」

「では、明日来ればいいだろう」


ごもっともです。

今夜いないといけないダンスの講師なんていませんよね。


「…今夜は私達のお邸にお泊めしましょうか?もう夜遅いですし…クレイン様から使用人に伝えてもらえれば…」


すみませんクレイン様。

私では使用人達はお願いを聞いてくれないんです。

だからクレイン様からお伝えして欲しいんです!


「そうか…そういえば父上が頼んだと言っていたような気もするな。しかし…いや、では御者に伝えて来よう」


そして、クレイン様はまだ私を抱き寄せたままです。

こんな時になんですが、こんなに密着する方でしたでしょうか?


「ジャン、エステルを少し休ませてやれ。何か軽食でも出すんだ。」

「…でも、お義父様の側に…」

「エステル…前より痩せたのではないか?父上は逃げん。少し休みなさい。すぐに俺も行くから」


確かにお義父様は逃げません。

お義父様の側でこんな話をしている方がご迷惑かもしれません。

静かにいたいかもしれませんから。


そして、クレイン様はブレンダ様を馬車まで連れて行って、私は居間で座りクレイン様を待つことにした。


執事のジャンがサンドウィッチやスコーンを持って来たけど、クレイン様の分もあったから、一緒に食べようと思ったのだ。






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