第28話 婚姻届

晩餐は穏やかだった。

クレイン様は貴公子のごとく優雅だった。


「蝶の髪飾りをしてくれたのか」

「はい、私の大事な宝物です」


クレイン様が初めて私に下さった物ですからね。


そして晩餐の後、二人で居間でお茶を頂いていると、クレイン様はまたおかしくなった。


「エステル…明日結婚しないか?」


今なんと?

クレイン様は何を言っているのでしょうか?


「クレイン様…どうなさったのですか?」

「もう17歳だ。結婚ができるだろう。結婚式は準備がかかるから後になるが、俺の妻になって欲しい」


真横にぴったりくっつき、両手を握られ真剣な顔でクレイン様はそう言った。


そして、両手に口付けをしてくる。


「…エステル、嫌か?邪魔者は全て排除してやるぞ」


邪魔者はもういませんけどね。

既にクレイン様が邸から全て叩き出しました。


「あの…帰国なされたばかりですから、もう少しお待ちした方がよろしいかと…」

「だから、一晩待つのではないか?…エステルは一晩も待てないか?」


フフフ…と、クレイン様は色っぽく見ていた。

ちょっと引く。

しかも、待つのが一晩なんて…。


逃げる気はないけど、なんか逃げられない雰囲気を感じる。

でも、クレイン様と結婚なんて夢のようだ。

ずっと、早く帰って来て欲しいと、12歳から想い続けていたのだから。


「クレイン様…よろしくお願いします」


隣に座っている私の肩に回していたクレイン様の手に力が入り、クレイン様の顔が近づいてきた。


目を閉じると、唇が重なる。


唇が離れ、瞼を開くと、クレイン様は無言で満足そうに見ていた。


そして、また抱えられて部屋に連れていかれる。

今日1日は歩いた回数より、クレイン様に持ち運びされた方が多い気がする。


部屋のベッドに降ろされると、クレイン様は額にキスをした。


「寝支度をしてベッドで待っていてくれ」

「はい…」


そして、言われた通りにナイトドレスに着替えてベッドに座っていると、クレイン様も着替えてやって来た。


そして、紙とペンを持っている。


「エステル、婚姻届にサインをしてくれ」


一体いつ婚姻届を準備していたのか、また不思議が増えた。


「本当に良いんですか?」

「可愛いエステル以外に選択はない。毎日、大事にしよう」


クレイン様が私を後ろから抱擁し、そのままナイトテーブルの上でサインをした。


そして、ナイトテーブルに記入済みの婚姻届が広がったまま、二人で初めて同じベッドで眠りに就いた。





翌朝、クレイン様は張り切ってアーリーモーニングティーを準備してきた。

しかも、私の好きなアップルティーだ。


「身体は大丈夫か?」

「だ、大丈夫です…」


アップルティーを飲みながらクレイン様を見ると、またうっとりと見ている。


「朝食を部屋に持って越させるから一緒に部屋で食べよう」

「はい」

「食べたら、すぐに婚姻届を持って行くぞ」


クレイン様は役所が開くのが待ちきれないというように、朝食を食べるとすぐに出かける準備をした。


そして、本当に記入済みの婚姻届を役所に提出し、クレイン様が帰国してたった一晩で私はクレイン様の妻になった。





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