第19話 貴公子だったはず!


「エステル!俺だ!クレインだ!」


背の高い黒ずくめの男は頭の黒い布をほどくように外し顔が現れるとクレイン様と同じ銀髪にやはり私と同じ深い緑の瞳だった。


「…ク、クレイン様…?私のクレイン様…?」

「エステル…私のと言ってくれるんだな」


シノビもしくは暗殺者みたいなクレイン様は私の頭を優しく撫でながら、見つめてきた。


クレイン様…そっくりです。

瓜二つです…。

本当にクレイン様?


「エステル…足も赤くなって…可哀想に…」


そう言いながら、クレイン様?は私の足を優しく持ち赤くなった下腿にキスをした。


あぁ、何故このクレイン様?は私の下腿にうっとりとキスをしているのでしょう?


「誰ー!?」

「エステル!クレインだ!」


クレイン様は貴公子だったはず!

奇行者じゃなかったはずです!


何ですか!?

その黒ずくめの格好に突撃部隊は!?

その上、下腿とはいえ足にキスするなんて!?


「俺のエステル…」


クレイン様?は私を横抱きに軽々抱え、うっとりと見つめながら立ち上がった。


「あ、歩けます!降ろして下さい!」

「ダメだ!足が赤くなっているじゃないか!」


クレイン様はいつからこんなに逞しくなりましたかー!?

ずっと逞しかった!?


仕事兼留学に行ってから段々違和感があったのは逞しくなっていたから!?


そりゃクレイン様のお身体なんか見たことないですけど!


「ほ、本当にクレイン様…ですか?」

「本当だ…忘れるほど辛かったか…!」


いや!クレイン様を忘れたことはありません!

この状況についていけてません!


そして、私の疑問を他所に、黒ずくめの集団の一人がクレイン様?に報告にきた。


「隊長!邸は制圧しました!」

「よし!よくやった!どこかの部屋にまとめて閉じ込めておけ!可愛いエステルの手当てが先だ!」


何言ってんのー!?この人!?


邸の制圧!?使用人を閉じ込めてどうしますか!?


「あの…クレイン様?…」


その時一人の黒ずくめじゃない男性がこの窓ガラスが全て割られて荒れ地のようになった大広間にやって来た。


「クレイン、終わったか?」


ヒョコッとやって来た男性にクレイン様?はギラッとして、またどこからか出したナイフを投げつけた。

しかも、私を片手で抱えたまま。


「貴様のせいでエステルが怪我をしたんだぞ!!何回も留年しやがって!!」

「止めろ!クレイン!」


男性は、大広間にあったソファーにヒョイッと隠れ、止めろと叫んだ。


ナイフはソファーにカカッと刺さり、男性には当たらなかったが…何ですか!?

この手の早いクレイン様?は!?


全くこの状況についていけません!


ブレンダ様とチャーリーに私は困っていて、今日はブレンダ様に物差しで叩かれて…何故黒ずくめの部隊が突入しますか!?


そして、この奇行者クレイン様はクレイン様!?

確かに、よく見るとクレイン様の顔です!


「どうした?エステル…そんなに見つめて…あぁ、綺麗になったな、エステル…」


私の顔に手を添えながらクレイン様はまたうっとりと私を見つめていた。


この状況で何故うっとりと出来ますか!?


「…き、気絶してー!?私ー!?明日の朝食はリンゴジュースで我慢するから!!」


もう色々限界です!


何故か、私はリンゴジュースに願掛けするように気絶してとクレイン様の腕の中で叫んでしまっていた。

しかし、リンゴジュースに願掛けしたって気絶はしない。


というか、馬車から落ちた時も意識はあったし。


「リンゴジュースが欲しいのか、すぐに用意しよう!…エステルにリンゴジュースを持って来い!」

「ち、違っ…!」

「隊長…使用人は全て捕らえてますので…」


黒ずくめの一人が困ったように言って来た。

そうです!

リンゴジュースを所望しているわけではありません!


「レーヴィならわかるだろ!あいつには邸を調べさせていたはずだ!早くしろ!エステルがリンゴジュースを欲しがっているんだ!」

「ク、クレイン様…!」


クレイン様の肩に手を置くと、またうっとりと私を見て額にキスをして来た。


「エステル…すぐに部屋に連れて行ってやるからな…」


そして、この制圧された邸の中、堂々と主人らしく私をお姫様抱っこで、私の部屋へと歩いていった。


私はただただ、クレイン様の腕の中で小さくなっていた。





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