第31話 番外編 後悔(ブレンダ視点)

私は何をしていたのだろうか。


毎日浴びるようにチャーリーが準備した高いワインやシャンパンを飲み、クレイン様の邸を自分好みに改装しようとしていた。


クレイン様の邸で邪魔者のように扱われていたエステルに勝った気になり、何故だかクレイン様の邸は私のものだと錯覚してしまっていた。


一度もクレイン様から愛情なんて向けられたこともなかったのに、チャーリーに毎晩綺麗です、クレイン様もお気に召しますよ、と甘く囁かれその気になっていた。


クレイン様は私が好きなんだと。


毎日酒浸りで思考が緩くなっていたのかもしれない。


牢に入り、酒浸りの毎日じゃなくなったら、クレイン様に愛されたことなんてなかったと、確信してしまった。


ましてや、使用人であるチャーリーと毎晩閨事をして、こんな未婚の伯爵令嬢がいるのか。


かといって、クレイン様がエステルを好きだとはどうしても思えなかった。


だが、そんな勘違いはすぐに私に知らされた。


「お父様、早く私をここから出して下さい!こんな汚い平民の牢なんて…」


涙を浮かべ必死でお父様に訴えた。


「ブレンダ…お前は何をしていたんだ!?もう、クレイン様の怒りは鎮められん…」

「もっとお願いして下さい…!エステルのことだってクレイン様が憐れんで置いていただけですから…」

「…クレイン様はエステル嬢と正式に結婚された。とても憐れんで置いていただけとは思えん」


そんなはずはない!

クレイン様はずっと帰って来なかった。

婚姻届を出すなんて出来なかったはず!


「エステルが偽造したのですわ!犯罪です!そこをつつけば…!」

「正式に婚姻届を出したのは今朝だ。偽造なんてあり得ないし、これ以上クレイン様の不興を買えばどうなるか…」


クレイン様は帰国され、私達を捕らえた翌朝にはエステルと結婚してしまった。


こんなにすぐに結婚するなんて待ちきれずに結婚したも同然のように思えた。


「クレイン様はエステル嬢を片時も離さず愛おしんでいた。とても同情で邸に置いていたとは思えない」


お父様は打ちひしがれるように、何ページもある紙を見せてきた。


中を確認すると、私がクレイン様の邸で浴びるように飲んだワインやシャンパンにエステルには出さなかった豪華なご馳走、勝手に買い求めたドレスに、その上主寝室でチャーリーとしていたこともバレており、その部屋の改装にベッドや寝具の弁償と、覚えられないほどの弁償の目録だった。


ワイン一本でさえ高級で、平民の1ヶ月の給料以上の金額の酒もある。


「…主寝室の改装やベッドの弁償はなんだ?まさかクレイン様の主寝室で寝泊まりしていたのか?主寝室は邸の主の部屋だぞ…」

「それは…」


私とチャーリーがいやらしく毎晩抱き合っていたなんてお父様には言えない。


「クレイン様の寝室で寝泊まりしてないなら、減額に訴えるがもし、私がお門違いのことを言えばまた慰謝料を増額されてしまう。全て話してくれ…」

「慰謝料…?」

「クレイン様は邸の弁償に加え、エステル嬢の慰謝料もかなりの額を要求している。一括で全て払えと…調べも全てついているらしい…クレイン様の部下のレーヴィという男が全て調べたと…ルーファス様の近衛騎士だから言い逃れも出来ない…」


レーヴィ様がクレイン様の部下だった。

クレイン様がいつルーファス様の近衛騎士になったかは知らないが、私はレーヴィ様にエステルのことをいずれ追い出される愚鈍な娘だと嘲笑いながら話していた。


それが、全てクレイン様に筒抜けだったのだ。


「…っ執事のチャーリーと主寝室で…私は…」

「使用人に身体を捧げるなんて…ましてやクレイン様の寝室で…なんて馬鹿なことを!」


喚くように泣いてしまった私にお父様は、もう終わりだと目録をギリッと握り締めていた。


「我が家は破産だ…ウィルクス公爵の親戚からも抹消される。邸も領地も全て処分しないと賄えない…ブレンダを出す金すらない…」


ウィルクス公爵の親戚から抹消されるということは新しい商売も出来ない。

まともな高給取りの仕事だってない。


「…せめて、平民の牢ではなく貴族が入る牢に移して下さい…!」

「その金すら無いんだよ…」


あぁ、何故私はエステルをいびったのか。

何故、チャーリーの勘違いを一度でも正そうとしなかったのか。


今さら青ざめたってどうにもならない。


クレイン様が帰って来たら、きっと私を選ぶなど何の根拠もないのに、たかが執事や使用人に持ち上げられて、いい気になったのか。


もう後悔しても時間は戻らなかった。








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