第25話 踏みにじった

「次はチャーリーの所だが…エステルは止めとくか?顔も見たくないだろう?」


顔は見たくなくても状況は知りたい。


「行かせて下さい…」

「不安になることはない。決して手は出させんから心配するな」


頼もしい言葉だけど、何故か腹黒いものを感じる。


そして、お姫様抱っこをされたままチャーリーのいる部屋に行くと、チャーリーはすでに縛られていた。


抵抗したのか、チャーリーの服は乱れタイは外れている。


「クレイン様!あんまりです!私にこのような仕打ちなど!私は心からブレンダ様にお仕えしたのに!」

「だからなんだ?ブレンダに仕えたからといって何になる?この邸の主人は俺で、女主人はエステルだ」


クレイン様は私を抱えたまま、椅子に座った。


「エステルに謝罪しろ!今すぐに詫びるんだ!」


チャーリーは私に謝罪するのがプライドが許さないとでも言うように歯ぎしりをしていた。


「…クレイン様には、ブレンダ様がおられるのでは…!」

「何故ブレンダだと思う。あのように、図々しく邸に留まり、一日中酒浸りであまつさえ、立場もわからんような女のどこに惹かれる?俺が愛しいと思うのは、この腕にいるエステルだけだ」


クレイン様は私の額にそっと唇を添えながらそう言った。


「しかしっ!邸に滞在を許されたのはクレイン様では!?」


クレイン様は横目でチャーリーを睨み付けた。


「レーヴィ、ブレンダを連れて来い」

「はっ!」


レーヴィ様はすぐに指示通り動いた。


そして、暴れたであろうボサボサの髪になったブレンダ様が後ろ手に縛られながらやって来た。


「クレイン様!私を捕らえるなんて!?私はウィルクス公爵様に頼まれて来たのですよ!?」

「…父上はもういない!レーヴィ、ブレンダを座らせろ!」

「きゃあっ!」


レーヴィ様は容赦なく床にブレンダ様を座らせた。


「ブレンダ、邸の滞在を許可したのは、父上の葬儀の時だな?」

「…っ!」

「あれは夜遅いから、エステルの好意で泊まらせてやっただけだったはずだぞ。エステルの好意を曲解し、エステルの好意を踏みにじったな!」


えぇ!あの時、夜遅いから邸の宿泊をとクレイン様にお願いしたのが、何故居候になるんですか?


クレイン様の膝の上に横抱きになったまま、不思議でつい聞いてみた。


「クレイン様が滞在を許可したのでは?チャーリー、クレイン様から許可があったと言いましたよね?」

「俺はチャーリーに直接言ったことはない!あの日エステルが伝えてくれと頼んだから伝えただけだ。」


信じられない。

たったあの日のことだけであんなに図々しく居座るなんて…。


「チャーリーが勝手に勘違いしたのよ!」

「ブレンダ様!?」


勝手に勘違いって…。

勝手な勘違いであんなに邸を好き勝手しますか!?


「その勘違いで、俺とエステルが使うはずだった寝室に踏み込んだのか!?」

「あ、あれは、閨の教育で…!」

「閨の教育だと!?貴様ごときが味見した女を俺に出すつもりだったのか!?穢らわしい!」


チャーリーもブレンダ様も私やクレイン様に悪いと少しでも思う気持ちはあるのだろうか。

言い訳ばかりのように聞こえてしまう。


「チャーリー、ブレンダ、今俺が腕に留めているのは誰かわかるか?」


二人は驚いたようにびくついた。


「…っエステル…様ですっ…」


悔しそうに二人は、項垂れていた。

そして、初めて様付けで呼ばれた。


「そうだ。エステルだ。俺が愛しいと思うのはこのエステルだけだ。そのエステルの好意を踏みにじり虐待まがいのことをし、暴力を振るったことは許せるものではない!」


項垂れる二人を前に、クレイン様の膝の上にいる私に添えていた手に力が入ると、クレイン様は私を抱えたまま立ち上がった。


「謝罪をする気はないようだな。連れて行け!」


クレイン様がそう言うと、二人は縛られたまま起こされ、チャーリーもブレンダ様も必死でクレイン様に訴えた。


「クレイン様!何かの間違いですわ!私を捕らえるなんてっ…!」

「私はっ、必死でお仕えしました!」

「エステル以外に仕えて何になる?エステルの忠告も無視しただろう」


喚く二人にクレイン様はまた冷たく言い放った。

そして、私やチャーリー達のやり取りをよく知っているのは、かなりレーヴィ様が調べていたのだろう。


「チャーリー…俺とエステルの手紙はどうした?」

「……っ!?」


チャーリーは歯を食い縛り無言だった。

そんなチャーリーにまたクレイン様はナイフを投げつけた。


クレイン様、ナイフの投げつけが早すぎて見えません。


「次は顔だ」

「…っ!?す、捨てました…っ!届いた手紙も、エステル様の手紙も郵便屋が取りに来る前に…処分を…!」


私達の邸には郵便屋に行かなくても、毎朝郵便屋が手紙を取りに来てくれるように、お義父様が手配してくれていた。


私がクレイン様に手紙を出すのに、その方が出しやすいだろうと、気を遣ってくれていたのだ。


それをチャーリーは勝手に処分していたようだった。


処分したということは、届かなかった手紙はもう読めない。

宝物のように大事にしていた手紙が、私の手に来る前にもうないのだ。


「…クレイン様、手紙がもう失くなってしまいました…」

「…エステル。もう手紙はないが、これからはずっと一緒だ…」


クレイン様も手紙がなくなったことに怒りは感じるが、私にはひたすら優しく言ってくれた。


そして二人はそれぞれ格子付きの馬車に乗せられ連れて行かれた。






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