第33話 蘇る記憶と願い ——side チコ
わたしは、チコと呼ばれている。
そのわたしは、今、大好きな二人……リィトとマエリスと、ディアトリアの廃墟の地下にやってきている。
ここに来て、わたしはこの二人と会った時の記憶がはっきりと蘇った。
精神と実体がバラバラになった時から、ぼんやりとしていた記憶——。
わたしが、チコではなく、誰かから《グリッチ=コード》と呼ばれていた頃。
今から、十年前のある日のこと。
ある晴れた日のこと。
————
わたしの見た目は、人間の六歳くらいの女の子に見えるらしい。
その容姿を利用され、わたしは警戒されずにいろんなところに送り込まれていた。
その日。
——わたしは、村の中心部に向かえという命令を受けていた。
この、ディアトリアと呼ばれる村の中心部に。
昼間の村はとても賑やかだった。
いろんな人の話す声が聞こえる。
「やあ、いらっしゃい」
「今日は良い天気だね〜! この肉団子はどうかね?」
「じゃあ、マエリスに買っていってやるか」
晴れ渡る空に、色塗られ、飾られた建物。
今日、この村はお祭りをしているようだ。
「わーい!」
「わーいわーい!」
子供たちが走り回っている。
わたしは、彼らに声をかけることはできない。
魔法で、強制的に。
喋ると、体に痛みが走るのだ。
もっとも、例え痛みが走っても、顔に出さない程度には我慢が出来るようになっていた。
——わたしは、この村の中心部に向かえという命令を受けていた。
そんなわたしに……。
「ねえ、君! 見かけない顔だね?」
「リィトぉ、どうしたの?」
六歳くらいの男の子と女の子が話しかけてきた。
くりっとした瞳と明るい色の髪の毛の男の子。
少し長い髪の毛で、落ち着いた感じの女の子。
でも、わたしは答えられない。
口をうごかそうとも思わない。
「ねえ、どうしてそんなに綺麗な髪をしているの?」
「もう、リィト、
「なんぱ? マエリス、なんぱって何?」
わたしの前に立って、話し始めるふたり。
通せんぼされたように感じる。
だから、無視して歩き始めようとした。
だけど……。
ここでハッとした。
村の中心部ってどっちだ?
分からなくなった。
「どうしたの? キョロキョロして」
「ねえリィト、もしかしてこの子、迷ったんじゃない?」
「それはたいへんだ!」
わたしはしゃべってないのに、この二人は魔法使いか何か?
迷ってしまったことを当てられてしまった。
「えっ?」
男の子と女の子は、強引にわたしの手を取り、引っ張っていく。
どこへいくのだろう?
この時、わたしは二人の指に何かあることに気付く。
男の子と女の子の指にはそれぞれ、お
「ねえ、リィト。どこへ行くの?」
「とりあえず、僕の家に行こう?」
「どうして?」
「お父さんとお母さんにそうだんしよう」
「そうね、それがいいわ」
二人は有無を言わさずにわたしの手を引っ張っていく。
少し引きずられるようにして、わたしは二人の後をついていった。
その道中、わたしは道の端で売られている星の形をしたものに目を奪われて、立ち止まった。
男の子がわたしの見ているものに気付く。
「ねえ、マエリス、これ星の形をしてて綺麗だね」
「これは、
「じゃあ、これ君にあげる!」
「じゃあ、私も半分お金出す」
露天商の人から二人はお守りを受け取ると、わたしにくれた。
星の形をしたそれは、私の手の中に収まる。
「それで、私にはないの?」
「あとで、お揃いのを買おう」
「えっ、うん! 楽しみ」
女の子は男の子の言葉にニコニコしはじめた。
わたしは、星の形をしたお守りを胸に抱き締めるように抱える。
不思議な感覚がわたしの奥からじわっと湧き上がった。
温かい。
誰かにこうやって、ものを貰ったのは初めてだ。
——温かい。
「ねえマエリス、これ美味しそうだね?」
「買い食いしちゃダメなのにー」
「今日はお祭りだよ?」
「じゃあ、ゆるす!」
二人は、肉が刺さった棒を買い、わたしに一本渡してきた。
二人の真似をして、口に入れる。
不思議な感覚が、口の辺りに広がった。
「おいしいね」
「うん、おいしい」
これが、おいしいって感覚?
口がとろけそうになり、驚いた。
でも、それは決して嫌なかんじではなくて。
わたしはまた口にしてみたいと思った。
——温かい……。
「君……とても笑顔が良いね」
「リィトぉ。なんぱはだめだよぉ?」
「マエリスも、そう思わない?」
「……かわいい。思う」
二人がわたしを見つめて、笑顔になっている。
なぜだろう。
体の中心が、ぽかぽかする——。
——温かい。
この男の子と女の子は……この心地よい感じを与えてくれる……やっぱり魔法使いなの?
「じゃーん。ここが村の中心でーす」
「村の中心!」
「僕の家はもうすぐだからね」
村の中心——。
——わたしは、村の中心部に向かえという命令を受けていた。
そうだ。
わたしは……。
わ た し は……。
——わたしは、村の中心部に向かえという命令を受けていた。
中心に到達したという事実が起点となり、わたしの【
イヤだ。
でも、どんなに拒否しようとしても、わたしの口から呪文が漏れ出す。
わたしは初めて【
しかし、口を押さえても何をしても止まらなかった。
「【
「《グリッチ=コード》」
「【
「《グリッチ=コード》」
わたしが発動した呪文により、晴天だった空が突如暗くなる。
そして、山のように巨大な無数の火の玉が、村に降り注いだ——。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ドォォォォォォォン!!
何倍にも強化された魔法は、村を焼き尽くし破壊を尽くした。
建物をバラバラにし、人を爆風で焼き、命を奪っていく。
火の手があちこちから上がり、村の景色が一変した。
あちこちから、悲鳴が聞こえる。
イヤだ……イヤだ!
わたしは魔法的存在だ。
だから、周囲がどのような状況でも影響は少ない。
でも無情に……時だけが過ぎていく。
わたしはさっきまで接していた人々が燃え尽きるまで、ただただ、突っ立ったまま、その景色を眺めていた。
眺めることしか出来なかった。
こんな光景は何度も見たことがある。
わたしは……イヤだった。
イヤだったのに。
時が経ち——。
地獄の炎が去り、雨が降ってきた。
わたしは雨の中、呆然として立ち尽くしていた。
星の形をしたお守りを胸に抱いて。
涙なのか……雨なのかわからないものが、わたしの頬を伝う。
「あれ……?」
目の前に、六歳くらいの……男の子と女の子の
いつからあったのだろう?
男の子と女の子は、寄り添うように抱きあって最後を迎えていた。
男の子と女の子の繫いだ指には、お
「うわあああああああああああああああああああ!!」
————
「【
「《グリッチ=コード》」
「起動に失敗しました」
「【願い】」
「《グリッチ=コード》」
「起動に失敗しました」
「【願い】……」
わたしは——古代魔法の一つ、「【
世界を書き換え、願いを叶える魔法。
起動する確率が低すぎて、破棄された魔法。
わたしは——ただ、その魔法を唱えるだけの存在になっていた。
「【願い】」
「《グリッチ=コード》」
「起動に失敗しました」
「【願い】」
「《グリッチ=コード》」
「起動に失敗しました」
「【願い】……」
大変な力を持つ魔法使いが一生に一回だけやっと起動できる魔法だ。
でも、わたしは魔法的存在だ。
何度でも唱えることができる。
呪文を唱える度に、躾が発動した時のような痛みが毎回走る。
その痛みのおかげで少しは胸の痛みを少しだけ忘れることができた。
わたしは呪文を何日も何日も唱え続けた。
まるで、亡きものに手向ける祈りのように。
そして……。
ついに……。
「【願い】」
「《グリッチ=コード》」
「起動に成功しました」
無限に続くと思ったその詠唱も、やっと終わりを迎えた。
わたしは早速、願いを思い浮かべる。
ついに古代魔法【
《グリッチ=コードにより、二回分の願いを叶えることが可能です》
「わたしを、いなかったことにしてください!」
わたしは、願いを込めて言った。
しかし……。
《魔力が足りません。
「そんな……」
絶望なんてしていられない。
だったら——。
「せめて……あの男の子と女の子が……あの日、安全なところに行くようにしてください。おねがいします。どうか、どうか——!」
せめて、これだけは——。
《魔力が少し足りません》
そんな……そんな!
絶望に飲み込まれそうになる。
《ですが、あなたの精神と実体を分解し魔力に変え、過去の男の子と女の子に提供し、二人を操ることで、願いを叶えることが可能です。よろしいですか?》
なんと、条件つきで叶えられるという。
やったぁぁぁ!
二つ目の願いが叶えられる!
わたしがどんな形になったとしても。
またあの男の子と女の子に——!!
「YES!!!」
その瞬間から、わたしのからだが時間をかけて魔力に還元されていく。
痛みはない。
願いが叶うなら……わたしなんてどうなっても——。
そしていつか。
最初の……ううん、最期の願い。
「わたしを、いなかったことにしてください」
この願いが叶えられたら。
あの日、あの最悪な魔法もなかったことになる。
男の子と女の子の両親も、村の人も。
みんなが生きていることになる。
そうしたら
いつのまにか、消えてしまえたら。
————
あともう少し。
願いは、きっと叶うんだ。
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