第38話 エピローグ 幸せな食卓 ——side チコ
わたしはチコと呼ばれていた存在。
たぶん、もうすこしで……この存在は消える。
頭がぼんやりしていき、消滅していくことを感じ始めたとき。
わたし自身を引き戻そうとする何かを感じた。
《【願い】は、叶う前に戻されました》
えっ?
どういうこと?
わたしは確かに、【願い】の呪文を唱え魔法を起動した。
だけど、それがなかったことに?
前に戻ったのなら、もう一度唱えればいい。
そう思い口を動かそうとしたとき、わたしの意識は深い闇の底に落ちていった。
————
「チコ…………チコ」
わたしの好きな声が聞こえる。
ハッキリとしていて、でも少しだけ低くて、響く声。
リィトの声。
「チコ、朝だぞぉ。起きろぉ」
優しく肩に触れ、優しく揺すってくれて。
これがきもちいいから、余計眠くなるの。
「はぁ、一体誰に似たんだか」
リィトが困っている。
しょうがない、起きよう。
「ン……リィト……おはよ」
「チコ、おはよう」
眩しい光が、瞳に飛び込んでくる。
空気は、ほんの少しだけ冷たくて気持ちがいい。
「もうすぐ朝ご飯の準備できるから、着替えたらおいで」
そう言って、リィトは部屋を出て行った。
ここは……私の部屋……?
着替えて、顔を洗って……。
この家は、どこかで見たような気がする。
ああ、そうだ。
リィトの家だ。
「あら、チコ。おはよう」
「おはよう」
挨拶をして椅子に腰掛ける。
テーブルには、七人分の朝食が準備されていた。
——七人?
えっと、目の前の優しそうなおじさんは……ああ、そうだ。リィトのお父さんだ。
隣にいる綺麗で優しそうな女の人は、リィトのお母さん。
その隣には、マエリスのお父さんとお母さん。
そして、マエリスとリィトが仲良く座っている。
確かにわたし含めると、七人だ。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
朝ご飯を食べ始める。
サラダに、パンに、たまごに……。
「チコ、足りるかい?」
「うん!」
「おいしい?」
「美味しい!」
みんながわたしのことを見守って、気にしてくれる。
話しながら、楽しく食べる食事はとてもおいしい。
ああそうか。
全てうまくいったんだ。
リィトもマエリスも、すごく笑ってて、幸せそうで。
お父さんもお母さんも生き返って。
ああ、よかった。
本当に……よかった……。
「ごちそうさまでした」
わたしはきれいに全部、朝食を食べ終わった。
「じゃあ、私がお皿片付けるね」
「マエリス、ありがとう。うん、それが終わったら、リィトと外で待っててくれないか? チコと話がある」
「うん。分かった」
テーブルには、リィトとマエリスの両親、そしてわたしが残った。
リィトとマエリスがわたしに言う。
「じゃあ、チコ。お話が終わったら、外に出ておいで。マエリスと待っているから」
「チコ、また後でね」
「う、うん」
リィトとマエリスは、仲良く外に出ていった。
室内がしんと静まりかえる。
「——チコちゃん。君には、感謝している」
唐突に、リィトのお父さんが言った。
「感謝?」
「うん。リィトの成長した姿を見られて……本当によかった」
成長した姿。
成長した姿?
わたしが首をかしげていると、マエリスのお父さんが言った。
「だから、君はリィトとマエリスと共に
ああ……。
そうか。
全部理解してしまった。
わたしは、ディアトリアの村の人々を生き返させることができなかった。
わたしは、「わたしを、いなかったことにしてください」という願いを叶えられなかった。
涙が、頬を伝うのを感じる。
「いくら古代魔法でも……十年も前の私たちを救うことはできなかったし、君の最後の【願い】は、リィトがなかったことにした」
「…………どうして? わたしは、いちゃいけないの。いたら、あなたたちの命を奪ってしまう。ううん、奪ってしまった。だから、この世界にいちゃいけない。もう一度、【願い】の呪文を——」
「いや、それではだめなんだ」
「どうして?」
わたしはこぼれる涙も拭かず、顔を上げて聞いた。
死者蘇生の古代魔法で生き返らせることができなかったのはしょうがないこと。
でも、【願い】の魔法をなかったことにしたのは、なぜ?
「それはね、きみがいなくなっても、私たちの死という事実は変わらないからだ」
「え……?」
「もし君がいないなら、第二、第三の君が用意されるだけだ。あの村は、そういう運命だった」
そんな……。
「じゃあ、わたしは……わたしのしたことは、全部無駄だったの?」
「そんなことはない。君がいたから、リィトとマエリスを救うことが出来た」
わたしは、それを聞いて俯く。
「チコちゃん、私たちはね、リィト君とマエリス二人の成長した姿を見て嬉しかった——」
マエリスのお母さんは、そう言って、声を弾ませた。
「十六歳になったマエリスを見る事なんて、不可能だった。でも、君のおかげで……彼らと話すことすら出来た。これこそ、【
マエリスのお父さんが言った。
でも……でも。
この人たちの命を奪ったのは……わたし。
「わたしは……わたしは……あなたたちの命を奪ってしまった。わたしだけ、リィトやマエリスと一緒にいて良いなんて——いいわけがない。そんな、幸せなこと」
リィトのお母さんが、わたしの頭に触れ、そっと撫でてくれた。
「チコちゃん。あなたが、二人と一緒に生きてくれるなら、ううん。あなたがいたいと思ってくれている間、二人の側に、いてくれるなら文句はないわ」
「だから、二人の元に戻りなさい。そして、幸せになりなさい」
「でも……でも……。いちゃいけない。いなかったことにしないといけない」
わたしは混乱する。
彼らにとって、わたしは仇なのだ。
なのに、感謝されている。
彼らの大切な息子と娘と一緒にいてくれと言われている。
「今の、リィトとマエリスがいるのは、あの出来事があったから。だから、避けられないことだった。なかったことにはできない」
じゃあ、私はどうすればいいの?
わたしは、涙が止まらなくなった。
「あの二人の子供になりなさい。二人は君を受け入れてくれる。全てを知った上で、君といたいと思っている。だったら、それに甘えても、バチは当たらないだろう?」
「君に罪はない。罪があるとしたら、それを命令した者たちだ。その者たちは、既に滅んだ」
みんなが、わたしを説得しにかかっている。
「だから、私たちも、安心してこの世を離れることが出来る」
「君が救ってくれたから、二人は生き残ることができたのだ。感謝している。君がどれだけリィトとマエリスを救うために頑張ったのか、私たちは知っている」
涙がとまらなかった。
彼らが言っていることを、わたしは少しづつ、理解しはじめていた。
「ありがとう。もう、何も心配することはない」
「古代魔法で与えられた、ほんの一時の復活。それも、もうすぐ終わって私たちは消える。君は……二人の元に行けばいい」
理解するのだけど、それでも……。
わたしは——。
「でも、わたしは魔法的な存在だから」
リィトもマエリスも、だからどうしたと言うのだろう。
それでも、この事実は変わらない。
「本当に魔法に自我が生まれるのだろうか? もしかしたら、この世界のどこかに……君の本当の体があるかもしれない。君は、魔法的存在じゃないかもしれない」
「もし必要なら、二人に頼みなさい。私からも話しておく」
「わたしの本当の体……はい」
外で待っていると言っていたのに、リィトとマエリスが部屋に戻ってきた。
二人はわたしに手を差し出してくる。
わたしは、少し遠慮したけど……しっかりと二人の手を掴む。
「じゃあ、さよならだ。三人とも元気で」
「ああ。父さん。母さん。ありがとう」
「さようなら、お父さん、お母さん——」
奇跡が積み重なった刹那の夢の中で。
わたしたちは……その幸せな食卓を後にした——。
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